66.そういうこと
人間ひとりなら簡単に入れそうなほどの広さを持つ出入り口に、何体もの化け物がみっちりと詰まる。ぶよぶよの皮膚が互いの体にめり込んだ様は、まるでひとつの塊だ。
奴らは互いに押し合いながら、我先に出ようとする。
「なんなんだコイツらはっ」
そして、誰よりも早く動いたパーヴァートさんが槍を引いた瞬間、塊が弾け飛んだ。
「アアアアアアッ」
地下の暗く湿った空気を纏った化け物たちが、目についた者へ向かって走り寄る。ひたひたと耳にへばりつく足音、頭を振り乱して迫っていく姿に、僕は生理的な嫌悪感を掻き立てられた。
「ひっ……」
「マルカ、下がって!」
マルカたちの元へ向かった一体が、突然体を真っ直ぐにして飛びかかった。マルカに近づくにつれて、化け物は歪に並んだ牙をじわじわと覗かせる。
口角を上げ、歯茎を剥き、目尻を下げる動作はまるで笑っているかのようで、怯える少女の姿を楽しんでいるように映った。
「大盾」
危ういところでアレクシアが間に入り、言葉を唱えると同時に現れた盾がマルカを守った。さらに駆けつけた衛兵隊が、化け物を斬り伏せる。
新たに現れた敵も、総司令の防御と隊員の攻撃によるコンビネーションの前には歯が立たないようだった。
(あっちは大丈夫か……)
僕は立ち上がって辺りを見回し、状況を把握した。
幸い、僕のところに化け物は来ていない。奴らが飛び散った時、数体は僕の頭上を超え、後ろのオウミさんたちへ向かっていった。
つまり今の戦線は、自分を中心に円を描くようにして広がっている形だ。
「はっ!」
パーヴァートさんが凄まじい槍さばきで敵を貫くのが見えた。両側から挟み撃ちにかかった化け物は、2体ともほぼ同時に胸を抉られ、絶命した。
「死ねオラッ」
その近くでは、慣れた様子で子分の二人が敵の攻撃を受け止め、アニキがとどめを刺す。こちらもベテランなだけあって、複数を相手に非常に安定した立ち回りを見せていた。
(あっちは⁉)
背中に気を払いながら後方を振り返る。
目に入ったのは、胸から血を流して跪くオウミさんの部下だった。
「このボケがあっ! ウチの若いのに何さらしとんじゃコラァっ」
オウミさんたちは銃を構え、一斉に弾く。しかし彼らが相手にしている個体は、狡猾にしゃがみ、さらに爪を盾にして身を守った。
「ああ⁉︎ なんじゃコイツぁ!」
あの化け物が銃という武器を知っていたのかは分からない。だけどとにかく、奴は弾を防ぎ切った。
想像だにしていなかった反応に、オウミさんたちの行動が遅れる。ただでさえ発展途上な彼らの銃のリロード速度は、化け物の前で大きな隙を生んだ。
「ギィィィィッ」
奴は誇らしげに右腕を掲げる。すると、赤く染まった爪が腕を巻き込んでグムグムと急成長し、槍のような形状に変化した。
リロードに手間取っている相手を見て、嫌な笑みを浮かべる化け物。
妙な人間臭さを感じさせる素振りに、肌が粟立った。
アレを生かしておくわけにはいかないと、僕の兵士としての性が叫ぶ。
(ここからなら)
奴は今、僕に背を向けている。どれだけ奴の知性が高くても、ここからの銃撃は避けられないはずだ。
味方に当たらないよう細心の注意を払い、両手で銃を固定し、トリガーに指をかける。
弾道に呼気を乗せるイメージで息を吐き、体のブレを収め、指に力を込めた時────、
射線上を、ひとつの影が横切った。
「やーっ!」
化け物の背中目掛けて走ったマルカが、その細腕には似合わない力で剣を振り下ろす。
完全に不意を突かれた化け物は、後頭部から背中をバッサリと切り開かれ、何が起きたのかも理解できてないないような顔で死んでいった。
「はあっ……私だって戦えるんです!」
返り血に顔を歪めつつも毅然と振る舞う少女の姿に、ヤクザたちは賞賛の声を送った。
「助かったぜ。お嬢」
真っ先に礼を述べたのは、化け物にやられて胸から血を流していた彼だった。
「そ、その傷……」
「俺は頑丈さが取り柄なんだ。しっかり鍛えてるからなぁ」
出血量の割には元気そうに振る舞う彼。そんな部下の強がりを、オウミさんはしっかり注意する。
「なにカッコつけとんじゃ死に損ないが。さっさと手当てしとけぇよ」
言葉は棘だらけだけど、オウミさんは安堵して笑っていた。
(ひとまず落ち着いたけど……第二波が来るかもしれない)
僕は再度視界を一周させて、次の行動を考えた。
パーヴァートさん、アニキ、アレクシアたちの方は、戦力的には問題ないはず。
ならば、僕が付くべきはオウミさんの方だ。あちらの主武器はプロトタイプの銃、近接戦闘には向いていない。
僕も使用するものは銃だし、こんな姿になっているせいで大した格闘もできない。だけど、犠牲者を出す確率は減らすことはできる。
「よし」
「ま、待って……」
彼らの元に行こうとする僕。その手を、弱々しく握る者がいた。
「カオル……」
僕を引き止める彼女の瞳は潤んでいた。
ここから離れてはいけない、そんな思いが、僕の胸に広がっていく。
(そうだ、僕がカオルを守るんだ)
もしこのまま僕が離れて、そのまま戦闘になったらどうなる?
この円を描くような陣形は、中心を守ることに適したものではある。だけどもし、奴らがみんなを無視してカオルに狙いを定めたら。もしくはどこかが突破されて、円の中に入られたら。
カオルはまともに動けない状態で、さらに逃げ場もなくなる。
彼女は頼りになる人だけど、決して強い人じゃないんだ。
「大丈夫。僕がついてる」
僕はカオルの手を握り返し、彼女の目を見てそう言った。
~~~~~
「くぅ……取り乱してしまったよ。ごめんねユウくん」
結局、第二波が来ることはなく、心配も杞憂に終わった。
「気にしないで。ケガがなくて良かった」
カオルは照れ臭そうに顔を赤らめ、冷静な姿を装って立ち上がる。
埃払いをするその手足は、まだ少し震えていた。
「今にも泣きそうってツラだなおい。素人がしゃしゃり出るから痛い目見んだよ」
戦闘が終わった途端、アニキはいつもの調子に戻り、意地悪く絡む。
それが逆にカオルに勇気を与えたのか、彼女は背筋をシャキッと伸ばし、ズバッと言った。
「あっはっは、返す言葉もない! 私は普通の戦いじゃポンコツだからね!」
「……は?」
「だけど、アニキみたいな男なんかには絶対負けないっ」
「……おう」
「い、今のセリフはちょっと……」
開き直ったり粋がったり、カオルの感情は忙しい。これが彼女なりの精神安定方なのかもしれないけど。
とにかく傍から見ればカオルの態度はめちゃくちゃで、アニキは「やってらんねえ」と肩をすくめ、アレクシアは何やら顔を背けていた。
「それに、何かあってもユウくんが守ってくれるしね。さっきのカッコよかったよ〜、もう大好きっ」
呆れられようとカオルはお構いなし。人目も憚らずに触れ合おうとしてくる。
いつもならすぐに引き剥がすところだけど、この時は何故かカオルが小さく見えて、僕は彼女を受け入れたくなってしまった。
「ユウくんがいれば大丈夫だね〜」
「……うん、任せて」
そう呟いて、僕はカオルの頭をなでた。
〜〜〜〜〜
「よっしゃ進むぞ、地下探索だあっ」
カオルは懲りずに音頭を取り、リーダー気取りで皆を促す。だけど彼女がいるのは列の真ん中、前後をしっかりと守られたポジションだ。
「アタシたち全員がこの人を支える……ある意味”最強”ね」
「確かに。攻撃はもちろん、防御においても総司令殿がいれば敵なしだな! よもや魔法まで使うとは恐れ入ったぞ」
前方からアレクシアが、後方からオウミさんが自慢げに喋る。みんな化け物と戦ったばかりだというのに、恐れることなく地下へと向かって歩を進めた。
「でも万が一があったら困るわね……あ、そうだ! そこのアンター」
「へ? あっしですか」
途中、アレクシアが立ち止まり、最後尾にいたヤクザへ声をかけた。
「ホールにぃー、あのオッサンの仲間が転がってるからぁー、拾ってきてー」
いかにも妙案を思いついたという声が、アレクシアの性格を表すかのように、ねっとりと響く。
「転がって……? わ、わかりやしたぁー!」
彼は何のことか分かっていない様子だったけど、ひとまず言われた通りにホールへ戻っていった。
転がっているというのは、おそらく最初にアレクシアが殴り飛ばした男のことだ。パイルで殴られた後、僕に絞め落とされた男。
しばらくすると、予想通りに、ヤクザに担がれたあの男が姿を現した。
「ハイありがとー。そいつ人質にするから大事に抱えといてー」
「ひ、人質⁉︎」
「念のためよ、マルカ。何かひとつでも交渉カードを持ってれば優位に立てるかもしれない」
未だに気絶している彼は、その間に手を縛られ、人質へとランクアップさせられてしまったのだ。
「むっ、この辺りは空間が広くなっているな」
松明を持って先頭を歩いていたパーヴァートさんが、手を後ろにやって皆に警戒態勢を取らせる。
僕たちは即座に武器を構え、暗闇の先を見据えた。
「……なぜ、全員起きているのですか。やはり私の調理が間違っていた? まさか。何があったというのだ……ッ」
向こうから現れたのは、逃げたと思われた旦那だった。血管をいくつも浮かび上がらせた憤怒の表情は、彼のプライドがかつてないほど傷つけられたことを感じさせた。
「いいえ、アンタの腕は完璧だったわ。私の自動防御がすぐには反応しなかったくらいだもの。その技術と、逃げずに姿を見せたことだけは褒めてあげる」
アレクシアは髪を払って旦那に答える。
「でも、相手が悪かったわね」
言い切ると同時に、彼女の雰囲気が変わった。
衛兵隊総司令が、目の前の犯罪者を直々に捕らえようとしている。
この気迫の主がこんなに可憐な少女であると、一体誰が信じられるだろう。
もはや旦那はヘビに睨まれたカエル。そのはずなのに──、彼は笑っていた。
「そうですか、私の料理は失敗ではなかったと。それは重畳。ああ、本当に良かった。しかしね、こうして破られてしまったことは、生涯の汚点と言わざるを得ないのです」
にこやかな顔、薄らと開けられた瞼、けれどその奥に見える瞳だけは、決して笑っていなかった。
「ムグゥッ、ンンーッ、グゥーッ」
(なんだ⁉︎)
突如聞こえた声。その方向に目を向けると、旦那の後ろに人影が見えた。手足は縛られ、目にも口にも布が巻かれていて、それでもその人は僕たちの方に少しずつ向かいながら、呻き声を上げる。
「あの服は……」
彼の着ている服には見覚えがあった。
次第に彼を灯が照らし、みんなもそれに気付き出す。
彼が着ているのは、旦那の仲間たちが来ていた服。つまり、この宿の制服だ。
おそらく彼は正規の従業員。アイツらに店を乗っ取られて、ここに監禁されていたんだ。
「お静かに。あなたはもう助かりませんので」
僕たちが彼を救うより先に、旦那が彼の耳元で囁き、口元の布をズラす。
「たすけ──ングっ」
必死に掠れた声を上げる彼に、旦那は一切容赦のない手つきで、怪しげな薬を飲ませた。
薬の入っていた小瓶が落ち、ガラスが散らばる音が耳を貫く。
「そんな灯りでは目が疲れるでしょう」
旦那は客をもてなすように、手に提げたランプに火を付け、それを何個か壁にかけた。
「ソイツは……そういうことかよ、クソっ」
「ええ、そういうことです」
ランプの温かな光に包まれる中で、薬を飲まされた彼が変異していく。
アニキですら悪態をつくほど、醜く、恐ろしく。
全身の毛が抜けて、膨らんだ皮膚が衣服を破く。
食いしばられた歯は砕け、残った欠片を押しのけるように牙が生える。
四肢は異様に伸び縮みし、指が繋がり、あるいは裂ける。
急激な変化に悲鳴を上げる彼をよそに、血飛沫を上げて、新たな爪が腕を突き破って現れた。
「グゥゥゥ……ゴアアアアアアアッッッ」
従業員の彼は消え、上で見た個体よりもおぞましく変化した怪物が、僕たちの前に立ち塞がった。




