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65.縋り付くように

 一階に降り、壁のランプに火を灯しながら、ホールの奥の厨房へと向かう。

 厨房には(たる)や木箱が綺礼に並べられていて、中には比較的新鮮な食材が入っていた。


「すごいね、シンクに水滴ひとつ無いよ。その旦那ってやつはけっこうキレイ好きだな」


 カオルは調理場の方を見渡しながら、伝えられた情報を確認するように呟いた。


「なんか妙に料理人としてのプライド持ってるみたいなのよね。ああいう人って、思いもよらないものが地雷だったりするから危険よ」


「一見普通なのが逆に怖い。油断は禁物だよ」


 旦那の異常さをハッキリと見た僕とアレクシアは、改めて彼の危険性を述べた。カオルだけでなく、全員に周知するように。


 だけどみんな気が緩んでいることもあって、あまり真に受けはしなかった。特にあの3バカは。


「ふぅん、だがそういう手合いは型にハマりさえすれば(くみ)(やす)いものだ!」


「上等だ。このままやられっぱなしは気に入らねえからな! ぶっ殺してやる」


「この私が側にいる限り、君には傷ひとつ付けさせないとも。だからもうちょっとくっついてくれカオル」


 警戒どころか、むしろ燃え上がらせてしまった気がする。世の中には、得体の知れない相手と対峙することに快感を覚える人種がいるという。この人たちはそのタイプかもしれない。


「傷ひとつ、か。さっきだいぶ危なかったんですけどー。眠ってる間に乱暴されたらどうすんだまったく! 今度はちゃんと守ってくれたまえ!」


 盛り上がる彼らを尻目に、カオルはパーヴァートさんを叱責する。冗談めかした言い方であっても、その内容は重く、僕は身につまされる思いだった。


「────うん」


「いやなんで君が返事をするんだ。頼まれたのはこのパーヴァートだぞ!」


「あ、いや」


 カオルを危険に晒してしまったことが重くのしかかり、つい僕が返事をしてしまった。


(自意識過剰だと思われたかもしれない……)


 慌ててカオルの反応をうかがう。


 僕の不安とは裏腹に、カオルはとても嬉しそうに顔を輝かせていた。


「うんうんそうだよねぇ〜! 私にはユウくんがいるもんね! 他の男にうつつを抜かすなんてバカだったよ」


 カオルは心底愛おしそうに、その気持ちがしっかり伝わってくるくらいに、激しく頬擦りしてきた。

 パーヴァートさんも少し引き気味。


「じ、()()()相手にそこまで……」


「姉弟ってのはこういうもんなんですー。ね、ユウくん」


 言い終わりに「たぶん」と付け加えたのを、僕だけが聞いていた。


 下手に否定するとややこしくなるので、僕は頬を押されながら頷いた。


「仲が良いのは結構。だが、あまりだらしない姿を見せるものではないな! 君は商会のイメージガールであることを忘れるな、ブランドに傷を付けられては困るぞ」


 僕たちが姉弟の親睦を深めていると、だらけきった空気を引き締めるようにオウミさんが一喝した。


「アッ……すいやせんス、ウス……」


 商会から多額の割引サービス等を受けている今、彼の言葉に逆らうことはできない。カオルは平身低頭だ。


「そういえばカオルさんって表では()()()()()で通ってましたねぇ」


「黙ってればただの美人なのにねこの人」


 マルカとアレクシアが悪意なく追い討ちをかける。”本当はマトモじゃない”という事実を彼女たちが裏付けし、それを全員が共有するハメになってしまった。


「おいおい、私は常にまともな美人でしょうが」


 誰もフォローはしなかった。



「で、連中はどこ行ったんだ?」


 どんどん苛立ちを募らせていくアニキが、絶句しているカオルを急かす。彼女はわざとらしく涙を拭う演技をしてから、部屋の隅を指さした。


「フン、こういう時は積まれた箱を退()かすと良いって相場が決まってる! 私は最初から分かってたよ」


「なら最初に言えやボケ!」


「あたっ、お尻蹴らないで! アザでも残ったら恥ずかしくてユウくんに見せられなくなる」


「見せなくていいよっ!」


 まったく、この人のマイペースさには脱帽だ。

 旦那との戦闘を予想して色々考えていたのに、頭の中にすぐカオルが入り込んでくる。


「まあまあ、姉心をわかってよユウくん。さて……みんな、周囲の確認は済んだかな? 我々は一度不覚を取っているわけだし、安全確認を怠るわけにはいかない。進むべき場所が見えているからといって、突っ込めばいいってもんじゃないよ」


 カオルは僕をからかった後、いきなり真面目モードになった。


 ひとつひとつを確かめるようなセリフは、せっかちなアニキへの当て付けのように聞こえた。


「それじゃ箱を退かそうか。アニキはせいぜい私のお尻でも見て油断してるといい」


「……うるせえ」


 モデルのような歩き方で、腰をくねらせお尻を振りながら歩くカオル。アニキの代わりにパーヴァートさんが釘付けになっていた。


 そして、全員が彼女の動きを見守った。箱を退かすのは誰がやってもいいはずなのに、なぜか誰も動かなかった。

 カオルはまたもマイペースに、場の空気を支配したんだ。このカリスマ性、これも彼女の魅力のひとつだ。


 ──と思っていると、カオルは急に立ち止まり、数世代前のゲームのような動きで、カクカクと方向転換した。


「え、何やってるんですか?」


 マルカがきょとんと聞く。その隣ではアレクシアが吹き出していた。


 奇異の目で見られる中、カオルはまたカクカクと向きを変え、積み重ねられた木箱にもたれ掛かり、押し始めた。


「ふんっ、ふんっ」


 掛け声に合わせ、ズリズリと箱が動いていく。するとカオルの予想通り、地下室へと続く大きめな扉が現れた。おそらく扉の下にハシゴなり階段なりがあるのだろう。


 だけど今、みんなの関心はカオル本人へ向けられていた。


「いやー、やっぱやりたくなるねコレ」


「バカね、バイ〇ハザードのネタなんて伝わるわけないじゃない」


「警戒しろとは言ったけど、みんな肩に力入れすぎだったからね。ちょっとしたジョークだよ。リラックスできただろ?」


 やっぱりカオルはゲームの真似をしていた。かなり昔の名作、仲間がプレイしていたのを覚えている。けれど当然ながらこの世界じゃ知名度はゼロで、カオルの細かすぎるネタが伝わることはなかった。各々がカオルに対して「なんだコイツ……」という気持ちを抱いたのが分かる。


 でも確かに、緊張と弛緩(しかん)のバランスは適度なものになった気がする。


「つってもまあ、こっちはこれだけ人数もいる。注意さえしてりゃ勝ち確定だな!」


「なにフラグ立ててんのよ」


 カオルは嫌な予感が漂うセリフを吐きながら、床についた扉を開ける。



 ────予感は、的中した。



「…………ァァァ」


「え? なに?」


「ゴアアアアアアアアッッッ!!!」


「ひゃあああああああっ⁉︎」


 扉を開けた途端、地下の空気を重く震わせながら、見たこともない人型の化け物が階段を駆け上がり、カオルに飛びかかった。


「ッ!」


 張り詰めた息を飲み、同時に地を蹴る。姿勢を一気に前傾にして、最速で、最短で、カオルの元へ。


 化け物の鋭い爪が届くより先に、僕はカオルを押し倒して回避させた。


 着地の瞬間銃を抜き、後方へ向ける。


 全てがスローモーションになった。


 慌てて武器を取るみんなの姿が見える。カオルの冷え切った息遣いが聞こえる。


 弾道が視える。


 咄嗟に放った一撃は、まるで狙い澄ましたように、化け物の左目を貫いた。


「ギッ……」


 仰け反る化け物の後頭部を、瞳の潰れた眼球と脳漿(のうしょう)が突き破る。


 一瞬硬直した化け物は、短く唸った後、前のめりに倒れて動かなくなった。


 ドクドクと流れ出る血液が、毛の無いブヨブヨとした皮膚の上に広がっていく。病的なまでに白い皮膚と、血に染まった部分のコントラストがおぞましく輝いた。


「な、なにアレ! はぁッ、はぁッ……ユウくん、ユウくん助けて!」


 不意を突かれ腰を抜かしたカオルが、ギュッと抱きついてくる。いつものような抱擁じゃない。自分の身を支えるように、弱々しく、(すが)り付くように。


「大丈夫、もう倒したから。大丈夫。カオルは僕が守るから」


 僕も呼吸を整えながら、自分とカオルに言い聞かせるように呟いた。


「チッ、油断してんじゃねえ!」


 アニキが叫ぶ。さっきの仕返しだとか、そんな感情はこもっていない。プロとしての言葉。


「くっ、だから私の側にいろと言ったんだ!」


 パーヴァートさんが槍を抜く。言葉ではカオルを責めつつも、その顔にはむしろ自責が表れていた。


「こ、声が聞こえます! たくさん!」


「足音も……来るわ!」


 マルカとアレクシアが言い終わると同時に、階段の奥から何体もの化け物たちが顔をのぞかせた。


「アアアアアアアアッッッッ」

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