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64.どちらかといえば好き?

「もうお嫁に行けないっ!」


「行く気もないくせに何言ってんだか……」


 起きざまに全員の視線にさらされたカオルは、柄にもなくシーツにくるまって(もだ)えていた。

 そんな可哀想な先輩へ、後輩は冷たい態度を取った。


「みんなを連れてきたのは誰」


 白い塊の中から、くぐもった震え声が聞こえる。隠れきらない(とげ)に刺されたマルカは、おそるおそる手を挙げた。


「私です……」


「どうして先に起こしてくれなかったんだよぅ」


「いや起こしましたよ! 何度も! ダメだったからユウくんを呼びに行ったんです。そしたら皆さんもいました。そこは私のせいじゃないです」


「そんな」


 その場の雰囲気が、マルカの言葉が偽りでないことを示していた。


「で、でも連れてきたのは事実じゃないか! 私がこんな格好だって知ってたくせに……これじゃ私が変態だって思われちゃうだろ!」


「怒らないでくださいね、元からそんなもんじゃないですか」


「ぐうっ、うぅぅ〜」


 (みにく)く抗議するカオルにさすがのマルカも呆れたのか、冷めた表情で言葉の棘をお返しする。


 行き場を失った矛先は、いたたまれなさから逃げるように僕へ向かった。


「ユウくんもさぁ、もうちょい起こし方ってもんがあるじゃんかぁ。ああいうのは2人きりの時にやってよ」


 もぞもぞ(うごめ)くシーツから、カオルが本気で恥ずかしがっているのが伝わってきた。確かに、あれは人前でやるべきじゃなかったかもしれない。そこは反省だ。


「でもあれが1番早かったんだよ」

 僕はそう答えるしかなかった。


 そうして僕がほんの少しの申し訳なさを感じていると、そんなの気にしちゃいないというふうにカオルが聞いてきた。


「てかさてかさ、夢の中のユウくんすごく積極的だったんだよね〜。もしかしてそういう願望ある? 君の意識がこっちに伝わった的な? 今もほとんど裸だしね。へへ……見えそ」


 せっかく人が心配してあげたのに、結局この淫魔は人前で下品な話を始めだした。


「そ、そんなわけないだろっ。願望持ってるのはそっちじゃないの」


「『俺に抱かれたがってるのはお前の方だろ』って? いいね……ユウくん素質あるよ」


 くるまったシーツの中から顔だけをヌッと覗かせ、口の端をゆがめて笑うカオル。

 僕は久々に彼女のことを気持ち悪いと思った。


「ほら起きた起きた! 正直今それどころじゃないのよ!」


 ベッドの上でクネクネしている塊を夢から覚ますように、アレクシアがシーツを引き()がしにかかる。まるで朝に弱い娘を起こす母親のようだ。


「待って待って! まだ服着てない! さすがに恥ずかしい!」


「そうだった。アンタら全員出なさい! さっきは不可抗力だったけど、これ以上この人の体見たら逮捕してやるわ!」


 カオルの必死の訴えで全員が現実に戻り、衛兵隊総司令様の唐突な職権濫用(らんよう)に不満を述べる間もなく、部屋を追い出されてしまった。


 カオル=サキヤという妙齢の──少なくとも見た目はそう見える──女性のあられもない姿を見たこと、そのカオルがドア一枚隔てた向こうで着替えていること、そんなのに言及する者は誰もいない。カオルにベタ惚れのパーヴァートさんでさえも。


 カオルとアレクシアの心配をよそに、僕たちはこの危機的状況下でドタバタと騒いでいることを楽しんでいたんだ。

 アニキは地下室の連中のことを考えてイライラしていたけど。


 そして、余裕が出てきたことで、僕は逆にタオル一枚の格好が一層恥ずかしくなってきた。

 そそくさと部屋へ戻って着替えて、またそそくさと戻る。我ながら早技。それでも戻ってくる時にマルカと目が合ってしまって、お互い苦笑いを交わした。


 〜〜〜〜〜



「ハイお待たせ〜っと。やっぱ多少は着込んでた方が落ち着くね」


「なら寝る時も着ててくださいよ……」


 いつもの白衣と、キャミソール風の服にジーンズ姿になったカオルが部屋から出てきた。

 自分から露出度を上げているくせに矛盾したことを言う彼女。マルカも辟易(へきえき)だ。


「それがさあ、夜中は急に体温上がるんだよ。長年の研究生活のツケだ」


「あー、徹夜とかザラだしね」


「そ。夜更かし続けて自律神経イカれるとこうなるんだ。マルカもユウくんも気をつけるんだぞ」


 カオルが何の話をしているのか、マルカは分かっていない様子だった。だけど隣で昔を懐かしむように(うなず)くアレクシアを見て、ひとまず納得していた。


「まあコイツは置いといて、マルカまでこんな淫乱露出狂にはなってほしくないわね。下手すりゃ逮捕案件よ」


「ンフフ……ひどい言われようだな。まあ事実だからしょうがないけど」


 カオルはボロクソな評価を受け流し、僕に目を向ける。その目はどこかギラついて、慈愛のような温かさも、獲物を狙う獣のような冷たさも感じられた。


「でもね総司令サマ、大好きな人がそれを望むなら、私は喜んで(みだ)らになるよ」


(え?)


「は?」


 カオルの言葉に僕が面食らっていると、僕以上に動揺したアレクシアから、凄まじい怒気が放たれた。


「まあお年頃だからねー。ユウくんが私を求めちゃうのも無理はない」


「……ふーん。コイツが、ね」


 僕は何も言えなかった。カオルの瞳は僕の奥底を見透かしているようで、僕自身すら気づいていない本音を読み取られている気がした。


「ユウくんって『服を着て』と言いはするけど、そこで止まっちゃうんだよねぇ。本当は見たいんじゃないの〜? あ、それとも触りたい?」


「…………。」


「あれ?……ユウくん?」


 見たいとか触りたいとか、そういうのを考えたことは……ない。自分が認識している範囲では。

 でも、カオルのそんな姿を見せられる度にやっぱりドキドキするし、彼女の事を魅力的だと感じることはある。慣れてきたとはいえ、その気持ちは拭えない。


(それはつまり、僕はカオルのことをそういう目で見ているってことになるんじゃないか?)


 改めて考えてみるとそんな気がしてくる。


 それを認識した途端、体がじわじわと熱くなってきた。僕も自律神経がおかしくなってしまったのかもしれない。


(だけど、そんな……っ)


 決して脱いでほしいとは思わない。少なくとも人前では、むしろ脱がないでほしい。それでも、今僕が持っている感情では、カオルの言葉を否定できそうになかった。


「ユウくん……? も、もしかして嫌だった⁉︎ 本気で嫌がってた⁉︎ ごめんね、もうしないから。寝る時熱いのも我慢するし、抱きついたりしないから! 人前で押し当てたりしないから!」


「え⁉︎ いや、そんなこと……」


 ひとりで色々考えていたせいで、カオルの声が聞こえていなかった。気づけば目の前には、今にも泣き出しそうな顔でかがみ込んで、必死に僕と目を合わせようとするカオルがいた。


「ほんと? ほんとに嫌じゃない? ……どちらかといえば好き?」


 ちゃっかり回答を誘導してきたのはさておき、カオルはとても不安そうだった。ふざけているような言葉も、きっとカオルなりに心を落ち着けようとしてのことなんだ。


 僕は、その不安を消してあげたくなった。


「イヤでは……ないよ」


 どう答えればいいのかはわからなかった。これが今の僕に言える精一杯だった。


「ううっ、ああ〜! ありがとう! 今ホントに怖かった! ありがとねユウくん、これからもいっぱいイチャラブしようね!」


「うぷっ」


 とりあえず目的は達成した。カオルに押し潰されそうになりながら、僕は心の中で微笑んだ。


「はいそこまでー、離れてー」


 生暖かい目や刺すような視線に見守られていたところで、アレクシアがカオルを離しにかかった。さっきまでの怒気は鳴りを潜め、至って淡々と。


「ああん、剥がしが早いよスタッフさん」


「はいはい。アンタ、大丈夫だった?」


「……うん」


 急にアレクシアが心配してくるものだから、僕はまた戸惑ってしまった。


「おやおや、きみがユウくんを心配するとは珍しい。ついさっきはツインテが逆立つ勢いだったのに」


「いやなんか……どっちが被害者かわかんなくなってきたから……怒涛のセクハラだったし……」


「セ、セクハラ? なんのこったよ」


「とぼけないで。はあー、崎谷薫(さきやかおる)ってこんな人だったかなー、ショタコンではあったけどここまでかぁー? コイツに求められてるってのも怪しくなってきたわね」


「あ、それ私も思いました」


 こちらの印象に反して、アレクシアは思ったよりも冷静な人物だったらしい。敬愛する先輩に対してもズバズバと言葉で斬りかかる。

 さらにマルカのアシストもあって、カオルの立場はどんどん危うくなっていった。


「おいおいおいおい、じゃあお2人はこう言いたいんですかァ〜? 私がだらしない格好してんのはユウくんに体を見せつけて誘惑するためで、他の男に露骨な色仕掛けをするのはユウくんを嫉妬させて焚き付けるためだと、そう言ってるんですかァ〜」


「そこまで言ってないし……というか自分でそこまで言っちゃってるし……」


「一応自覚はしてたんですね」


 カオルは追い詰められた末に、聞かれてもいないことをベラベラと喋りだした。まあ、なんとなく知ってたことだけど。


「どうしよ。コイツは気に入らないけど少年に手ェ出すのはね。淫紋(アレ)のこともあるし……」


「ちょっと待った! ユウくんは嫌じゃないって言ってたよ⁉︎ 私もユウくんに喜んでもらえて嬉しいし、WIN-WINでハッピーハッピーな関係じゃん!」


(嫌じゃないとは言ったけど、喜んでるとは言ってない)


「おい、惚気(のろけ)話はもういいか? それどころじゃないんだろ衛兵さんよ」


 内心で文句を言いながら、下手にややこしくしないように黙っていると、痺れを切らしたアニキが僕の代わりに突っ込んでくれた。アレクシアの部下たちも、ここで足踏みしていて良いのかと無言の圧で訴えている。


「そう、そうね。先輩聞いて」


 本来の目的を思い出したアレクシアは、素早くカオルに情報を伝えた。


「はあ⁉︎ 何それ超ヤバいじゃん! なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!」


「私もさっさと教えたかったけど、先輩と話してたら肩の力抜けちゃって……」


「そ、それは申し訳ない。とにかく、連中を放っとくわけにはいかない。薬を盛ってあーだこーだしようなんて、私にそれをやっていいのはユウくんだけなんだよクソっ!」


「こいつバカか? 俺はこんな女にやられたのか?」


「ユウくん、今に見ていろ。いずれこの白槍の名を君とカオルの脳に焼き付けてやる」


「……早く行こう」


 そしてイマイチ締まらないまま、僕たちは地下室へ足を進めることになった。

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