表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/90

63.タフな女

「喰らえっ、パイル・バンカーっ!」


 アレクシアは、大きく振り上げた鉄の拳を雑に叩き付ける。けれどそれは床を揺らすだけに終わった。旦那は呼吸ひとつ乱さずに後ろへ飛び退き、何事もなく攻撃をかわしてしまっていた。


「こ、このっ!」


 追い打ちをかけようとするアレクシア。焦って放った一撃は、案の定またかわされた。彼女は攻撃には向いていなかった。


「あれっ」


「遅い!」


 後退し開いた距離を一気に縮めるように、旦那が踏み込む。同時に(ふところ)から引き抜かれた手には、鋭いナイフが握られていた。


(この速度……っ)


 アレクシアは姿勢を崩したままだ。今すぐに体を起こさないと、間違いなく刺される。

 僕が間に入ろうにも、もう間に合わない。


 風を切り、最短距離で刃が向かう。


 肉を引き裂く音────の代わりに聞こえたのは、無機質な防御音と、金属が砕け散るような音。


「ぐはっ」


「ふん、ただのナイフなんて掠りもしないわっ」


 目を向けると、そこには顔から血を流す()()がいた。弾かれて砕けたナイフが、顔に刺さったんだ。


「バっ、バカな!」


 さっきとは一転、上ずった声を出し、歯を食いしばりながら旦那が引き下がる。


 アレクシアは構え直したパイルを突き出し、次は当てると言わんばかりに威圧感を放ちながら、ゆっくり近づいた。


「くうっ」


 旦那は新たに取り出したナイフを苦し紛れに投げつける。でも、


 ────”ヴゥン”


 突如として空間が揺らぎ、ナイフを弾いた。


(これは!)


 この光景には見覚えがある。満と……、元老院第七席、六道満(りくどうみつる)と戦った時に見たものだ。


 満の時は、彼が纏ったローブに防御の効果が備わっていたようだった。でもアレクシアのそれは異質だ。どうやって発動しているか()()()()()。予備動作も、痕跡もなく、自然に発動し、そして消える。


『アタシの力は防御特化なの』

 彼女の言葉が思い出される。初めて合った時も、敵が放った大きな火球を容易に防いでいた。

 アレクシアは、確かに防御に秀でている。


「…………チッ」


 まともにやり合うことは不可能だと判断したのか、旦那はその素早い身のこなしで厨房に姿を消した。おそらく地下室へ逃げる気だ。


「……気配が消えた」


「よし、まずはみんなを起こすわ。アンタも手伝いなさい」


 物音がしなくなったのを確認すると、アレクシアは寝ている人たちの方を見た。旦那を深追いする気はないらしい。僕もそれに賛成だ。地下室には彼の仲間があと数人いるはずだし、人質を取られたまま乱戦に入るわけにはいかない。


「全員起こすにはかなり時間がかかるかも」


「まあ見てて」


 改めて寝ている人たちを数えてうんざりする僕を横目に、アレクシアはその場で両手を正面にかざした。すると彼女の足元からドーム状の光が現れ、宿全体へと広がっていった。


「どんな薬か知らないけど、これでどうにかなるはず」


 きっと、アレクシアが自分の体から薬の効果を消し去った魔法を、みんなにも使ってくれたんだ。


「う、うう……ん」


 心配が杞憂に終わって人心地が付いたその時、一人の男が立ち上がるのが目に入った。


(効くのが早いな────いや、違う!)


 それは仲間じゃなく、アレクシアが最初に殴り飛ばした男だった。


 男がいる場所は、アレクシアからは死角になっていた。今対処できるのは僕しかいない。余計なことをされる前に仕留める。


 男の背後に回り込み、地面を蹴って首に飛びつく。打撃の心得はあるけど、それだけで倒せるかは分からない。だから絞め落とす。


 ただ、それを確実にするためには、やらなければいけないことがあった。


(……っ)


 意を決して、僕は腰のタオルに手を伸ばし、引き剥がした。


「な、なにやってんのアンタ!」


 彼女に見られたくはなかった。でも背に腹は代えられない。


 タオルを男の首に巻き付け、それを利用し思いっきり締め上げる。


 もしかしたら、素手で十分だったかもしれない。全裸になる必要はなかったかもしれない。だけど、防御専門の女性ひとりと武器を持たない子どもひとりでは、この方が確実だったんだ。


「ぐ……かっ……こ、このガキ」


 哀れにもこの男は、殴り飛ばされようやく目覚めた瞬間、また気絶した。


「ふう」


「ふうじゃない! さっさと隠せ! あ……あと……()()なに⁉︎」


 アレクシアは顔を手で隠しながら僕を指さす。

 そして僕も気づいた。裸よりも、もっとマズイものを見られたことに。


 僕の下腹部に刻まれた紋章が、いやらしく灯りを反射する。


「っ!」


 咄嗟に手で隠し、これ以上ない速さでタオルを巻き直す。

 自分でも驚くほど、あどけない声が出た気がする。


「そ、それ、淫紋ってやつ? え? マジ?」


 無言で頷くと、アレクシアは引きつった顔を僕に向けた。


「趣味……なわけないか。じゃあ、先輩が?」


 一瞬迷って、また無言で頷いた。カオルが悪いと言っているようで気が引けたけど、実際これはカオルが原因だ。


「やっぱり。もうそれくらいしか連想できないもん。シールとかじゃないわよね? 本物? ちょっと触らせ……やっぱいいわ。いやー、えー? 先輩、ほんとにサキュバスなんだ……」


 彼女は何とも言えない顔でしばらく佇んだ。その心中、察するに余りある。先輩に対するイメージが崩れたのか、それともイメージ通りだったことにショックを受けているのか、とにかく何とも言えない。


「はーっ、これは気にしても仕方ない! うん! 今どうするかを先に考えるわ!」


 そう言って、アレクシアはホールを見渡した。みんなが起きるのを待つか、地下室へ乗り込むか、二つに一つだ。


「あのオッサン、戻ってくる気配が無いわね」


「うん……あっ、地下室から外に通じる道があるのかも」


 だとしたら、あの異常者たちを逃すことになる。それは彼女としても避けたいところだろう。


「それは困るわね……でも、あいつらもそう遠くへは行けないはず。それに、今は頭数を揃えるのとみんなを守ることが先決よ。下手を打てば余計に危うくなる」


 冷静な声で述べる彼女には、確かな意志があった。


「とりあえず。ほらっ、起きなさい」


 アレクシアは近くに転がっていたパーヴァートさんをペシペシ叩き、目覚めを促した。


「薬の毒素は消せるけど、起こすのは手作業だから面倒ね」


「う〜ん、カオル……もっと叩いて……」


「チッ」


 寝ぼけたことを言うパーヴァートさん。そんな彼の頭に、鈍い一撃が降りかかった。


「いっっっっだぁ! え⁉︎ 何⁉︎ 何が起きた⁉︎」


 パイルで叩かれた頭をさすりながら、彼は現実に戻ってきた。


 状況をまるで理解できず、彼はアレクシアに質問を浴びせかける。しかしアレクシアはそれを意に介さず、「いいから手伝いなさい」と一蹴して作業に戻った。


「せっかくいい夢見てたのに……」


 しょんぼりとうなだれるパーヴァートさん。それでもみんなを起こすべきだと察したのか、テキパキと周りに声をかけていった。



 〜〜〜〜〜



 そんなこんなで、ホールにいた全員を起こし終わった。あとは2階だ。


「おい、俺たちで地下室の連中ぶっ殺してくるから、お前らは上行ってこい」


 一通り落ち着き、状況の説明を受けたアニキは早速暴れ回ろうとする。

 確かに彼は戦力として十分だ。でも、総司令は努めて冷静だった。


「ダメよ、誘い込まれてる可能性もあるの。また人質取られたらたまったもんじゃないわ。だからまずは全員で集まること! わかった⁉︎」


 気の強さを全面に押し出して、アレクシアは正面から向かいあう。これじゃ平行線だ。


「なあ、アイツらは一緒じゃないのか?」


 会話が途切れかけたところで、アニキの横から気まずそうな声が聞こえた。声の主はピート、アニキの子分の1人だった。アイツらというのは、マルカたちのことかな。


「マルカは上だよ。カオルもそこにいる」


 それを聞くと、ピートはあからさまに2階へ行きたそうな顔をした。ついでに大人2人も。


「なんだって⁉︎ 起こさないと危ないじゃないか! 早くカオルの寝顔を見に行くぞ!」

「それは急がなければな! 恩を売るチャンスだぞ!」


 パーヴァートさんもオウミさんも、人としてどうかと思う反応だ。だけど勢いをつけるには適任だった。


「はいはい、いいから行くわよ!」



 アレクシアが(きびす)を返したその瞬間、2階から(くだん)の少女が駆け降りてきた。


「わっ! マルカ⁉︎」


「助けてくださ〜い! カオルさんが……カオルさんが!」



 〜〜〜〜〜



「起きないんです」


 全員でなんだなんだと階段を駆け上がったところ、そこにはだらしない顔と格好で眠るカオルがいた。


「私、何分か前に目が覚めたんです。そ、そしたらなんか宿の雰囲気が変わったように感じて、だんだん怖くなって! カオルさんを起こそうとしたけど起きなくて! それで、下の方からみなさんの声が聞こえてきたので……」


 涙ながらに説明するマルカ。けれど彼女の痛ましさも、ベッドの上に転がる淫魔を前に(かす)んでしまう。

 布団をはだけさせて、最低限の衣服で眠る美女。しかしながらありがたさは一切ない。


「あっ、そこはダメだよユウくん。そんな、人前で……」


 本当に、人前で何をやってるんだろう。しかも僕まで巻き込んで。


「はぁ〜ごめんなさいカオルさん! 私も頑張ったんです! 決してあなたの姿を(さら)したかったわけではありません!」


 マルカは真摯(しんし)に、祈るように謝罪する。その必死さがむしろバカバカしかった。


「うーむ、これは眼福。ではないな! なんだこのザマは!」

「なんで夢の中にこの子がいるんだよ! カオルの夢を見ていたのはこのパーヴァートだぞ⁉︎」

「こんな状況で……タフな女だな、コイツも」


 みんな幻滅しちゃってる。それも当然なくらい、情けない姿を晒す女がそこにいる。


「というわけでして。ユウくんが起こしてくれませんか? たぶんユウくんが必要なので。……そ、それと、その格好は?」


「俺も気になってたぞ。よくそれで出てこれるなぁ、変態かお前。まあコイツにはお似合いだけどな」


「色々あったんだよ……気にしないで」


 今思うと、僕もカオルのことを言えないくらい情けない様を晒している。もう弁明するのも恥ずかしい。アレクシア以外には紋章を見られていないだけ、まだマシというものだ。


「カオル、起きて、早く、お願い」


 適当に言っただけでは効果がなかった。


 僕は仕方なく彼女に近づき、耳元で声をかけることにした。


「みんなに見られてるよ。それとも見せたいの? どうしたらいいか……カオル、わかってるよね?」


「エッッッッッ!…………あ、あれ?」


 彼女と出会って何度目かのモーニングコール。体が勝手にコツを掴み、すらすらと言葉が出てきてしまうのが悔しい。



 そうして、腰布一枚の少年と下着の女がベッドの上で目覚めを共にする、そんな光景を仲間たちに見られながら、全員集合が完了してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ