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61.人狩り

「ユウくーん、こっちこっち!」


 階段を降りてホールに出ると、既に座って待っていたカオルが呼びかけてきた。

 それに応えるように、僕は急ぎ足でそこに向かう。前を歩いていた大人気ない大人3人を追い越して。


「なに満足気な顔してんのよ」


 促されるままカオルの隣に座ると、同じテーブルにいたアレクシアが、僕を怪しむように突っかかってきた。そんなつもりはなかったけど、顔に出ていたらしい。


「そりゃ私と再会できて嬉しいからに決まってるだろ」


「どこから来るんですかその自信……」


「まぁアタシと再会した時の方が先輩は嬉しそうだったけどね」


 カオルとマルカはいつも通りに小ボケをかまし、アレクシアもそこに加わる。


 その空気に、今度は自分で分かるくらいには顔が緩んだ。

 それを見逃さなかったカオルは、すかさず僕の頬をムニムニ揉んで強調する。


「ほらほらほら、見ろこの表情! これが証拠!」


 彼女は横から抱くように近づき、その香りの中に僕を引き込んだ。


 相変わらずの遠慮の無さ。みんなの視線が痛い。

 ただ、その中にあった男たち3人の視線に気づいた時、僕は得体の知れない歓喜を味わったのだった。


「だから何ニヤついてんのよエロガキ!」


「まあまあ、ユウくんはそんな子じゃないですから……」


「う、うんっ!」


 妙な雰囲気になる前に、僕は自分からカオルを引き剥がした。普通なら人前ではここまでさせないのに、今日は味わってしまった。

 ……部屋であんな話をしたせいだ。


「お待たせしゃっしたー」


 少し場が(よど)んだところで、まるで会話が一段落するのを待ち侘びていたかのように、気だるげに料理が運ばれてきた。


 誰からともなく照れ隠しに咳払いをして、僕たちは皿に向き直る。


 湯気が立ち昇り、思わず声が漏れた。

 なかなかに見事なステーキだ。

 客も従業員も減って大変らしいのにこんなものを用意できるなんて。意外とサービスが保たれている。


「ねね、人狩りってさ、捕まえた相手をどこかに売り飛ばすって言ってたよね。これ何の肉だろうね」


「食べる前にそんなこと言わないで下さい……」


「食べた後に言う方がキツいだろ?」


「そういうことじゃないです……」


「さすがにそんなことはないでしょー」


 ブラックなネタを笑い飛ばし、彼女たちは食事を始める。マルカもしばらく手を止めていたものの、すぐに頬袋が膨らんでいった。


(けど本当に、この状況でどうやって仕入れたんだろう)


 ありえないとは思うけど、絶対に無いとも言えない。

 でも周りの人たちもみんな食べているし、今から考えても仕方がない。


「うん、いける」


 意を決して口に運ぶと、柔らかな食感と肉汁の香りが広がった。

 特別なスパイスでも使っているのか、少し独特な味がして、それが肉の味を引き立てていた。


「そういえば、先輩って何しにファクタまで行くの?」


 食べながら、アレクシアは僕たちの旅の目的を聞いてきた。


「何しにって、そりゃアレクシアに会うために……あっ」


「言われてみれば、目的達成しちゃってましたね」


 そうだった。僕たちはカオルの後輩に会うために、彼女がいるというファクタまで行く予定だった。

 だけど肝心の彼女が向こうからやってきてしまったので、これ以上オウミさんに同行して移動する必要はなくなったんだ。


「いや良いんだ。私は自分のルーツを探しに()()へ来た。どの道いろんな街へ行くことになる」


「ルーツ、ね。先輩はサキュバス……なのよね? でもこの世界では聞いたことないわ。ホントにいるの?」


「それな! マルカもそう言ってた。けど先祖がここ出身な以上、何かヒントはあるはずなんだよ。差し当たって、とりあえずデカい街へ行きたい。特に『娼館』とかありそうなとこ」


(そうきたか)


 確かにサキュバスなら、そういう場所にいてもおかしくない。『サキュバス』という名称ではないだけで、カオルと同じような性質を持った人がいるかもしれない。彼女自身がそれをどう思うかは別として。


「しょうかん?」


「マルカにはまだ早かったか。まあ大きな声じゃ言えないが、男を手玉に取って巻き上げる、私みたいにキレイなおねーさんがいる所さ」


「え⁉︎ 男の子大好きな女の人がいっぱいいる場所ってことですか⁉︎」


「今のはツッコむとこよマルカ。でもいいかもね、情報収集。こいつも連れてったら捗るんじゃない? 先輩みたいなのが大勢いるとこなんだし」


「…………。」


 話がこじれそうだから黙っていたのに、無理やり表に引きずり出された。

 アレクシアの心底楽しそうな嘲笑が腹立たしい。

 じっと(にら)んでみても、少年の眼差しでは何の効果もなかった。


「ダメダメ危険すぎます! ユウくん帰ってこれなくなっちゃいますよ!」


「確かに彼を差し出せば情報はいくらでも手に入るだろうが、それはダメだ。他の女に渡してたまるか」


 大きな声じゃ言えない話は、どんどん熱を上げていく。それに反比例するように、周りの空気は凍りついていった。


 僕はいたたまれない気持ちになって、また無言で食事に戻った。

 少し冷めたステーキの味は、あまり覚えていない。



 〜〜〜〜〜



 食後は再び自由時間になり、その間に各自でお風呂に入ることになった。

 シャワー室もそれなりの大きさだから、全員が入り終えるまでにそれほど時間はかからない。


「戦いの後で疲れただろ? お姉さんが洗ってあげよう」


「先輩はこっち! 自重しなさい淫魔」


「うっさいピンク! ユウくん、後でね〜」


「色を言っただけなのに酷い罵倒に聞こえますねぇ」


 ご飯を食べたばかりにも関わらず、彼女たちはワイワイと(かしま)しく去っていく。


「はいはい、後でね」


 僕もまた部屋に戻り一息ついた。


 そして僕はお風呂が空き始める時間を待って、ついでに、部屋でこっそり装備の手入れを始めた。

 大人たちは下で飲み会を開いて盛り上がっているし、女子は女子で固まっている。1人で落ち着くチャンスだった。


「そろそろいいかな」


 手入れも粗方終わり、階下から聞こえてくる声も収まった頃、僕はお風呂に入ろうと部屋を出た。


 さっきまでと打って変わって、宿の中はしんと静まり返っていた。


 ホールに出ると、飲んでいた人たちがテーブルに突っ伏しているのが目に入った。中には床に寝転がってしまっている人までいる。


(そんなに疲れてたのかな)


 夢の中でカオルとイチャついているパーヴァートさんを一瞥して、僕はシャワー室へ歩く。


 少しだけ足元がおぼつかない。なんだか、急に眠くなってきた気がする。僕も疲れが溜まっていたのかもしれない。


「……っと」


 脱衣所で服を脱いだ途端、急激な尿意に襲われた。これは尋常じゃない。

 急いで服を着直してトイレに駆ける。宿の中には、僕の足音だけが響いた。


「危なかった」


 ようやく本当に落ち着くタイミングが訪れ、改めてお風呂に入る。

 相変わらずこの世界の水回りは発展していて、温かいシャワーがさらに僕の眠気を誘った。


「ふう、汗が……」


 温度に反応したのか、僕の体は勢いよく発汗を始める。

 だらだら、だらだら、だらだら、だらだら。

 ────だらだら。


「なんだ……これ⁉︎」


 いくらなんでも量がおかしい。汗が止まらない。

 心臓が激しく脈打つ。耳の中に響く鼓動が、脳に危険信号を出している。


(そういえば、ずっと前にもこんなことが)


 何年も前の毒ガス訓練のことを思い出す。


 あの時教官は「これは万が一に備えての訓練だ」と言っていた。本来、僕たちデザインチルドレンには、毒物、薬物に対する訓練は必要ないと。


(僕たちには、毒を強制的に排出する機能が備わっているから!)


 あの訓練の時も同じような体験をした。異常なまでの排尿と発汗。人体の濾過システムをフル稼働させる機能。あの時以来忘れていた! こうなってるってことは──


「薬を盛られた⁉︎」


 ゆっくり汗が引いていき、目も頭も覚めてきた。

 そうだ。今思えば静かすぎる。これだけの人数がいて、僕以外に起きている人がいないなんてあり得ない。眠らされた。


 騒がしかった女性陣の声も聞こえない。それにカオルは、普段からお風呂上がりには僕にちょっかいかけてくるんだ! 今日はそれが無かった!


 誰が何のために眠らせる? 誰を狙っている?


 真っ先に思い浮かんだのは──人狩り。


「くそッ」


 タオルだけ巻いて、すぐにホールへ出る。

 眠ったままのみんながそこにいた。さっき確認した人数は、変わらずそこにいる。


(部屋の方は⁉︎)


 ホールにいるのが全員じゃない。部屋に戻った人たちもいる。カオルたちもそうだ。


「まずは誰か起こさないと……っ」


 ひとまず戦力が必要だ。僕は前方にいたアニキたちに手を伸ばす。


 けれどその手は空を切り、僕は突然現れた人物に差し止められていた。


「いけませんよ、せっかくお眠りになっていただいたのに」


 静かな部屋によく似合う、落ち着いた声。バーテンダーのような服装。


 見上げると、白髪混じりの、軽くしわの入った壮年が、紳士的に微笑んでいた。

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