60.男子トーク
「いらっしゃい」
宿に入ると、奥の方から低く渋い声が届いた。
現れたのは、バーテンダーのような格好をした壮年の男性。白髪混じりの頭と、軽くしわの入った顔が、ダンディな声によく合っている。
大勢で押しかけた僕たちとは反対に、宿の中には彼の声だけがこだました。どうやら他のお客さんはいないらしい。
「貴方がオーナーだろうか。見ての通り大所帯だが、宿泊は可能か?」
後から入ってきたオウミさんが、部下をズラッと従えて質問する。こうして見ると、まるでヤクザが経営の立ち行かなくなった宿へ取り立てに来てるみたいだ。
「構いませんよ。こちらこそ見ての通り、他のお客様なんていませんので。私と従業員だけです」
オーナーさんがそう言うと、後ろの厨房らしい場所から数人の男性が出てきた。
(これで全部……?)
お客さんがいないのはともかく、この宿の大きさで従業員がこれだけだなんて、少し想像がつかない。だけど他の人の気配もしない。
「最近盗賊だの人狩りだので客足がさっぱりでしてね、店員もほとんど逃げ出しちまった」
「ふむ、だがあなた方はこうして店を守るために残ったわけだ! 敬服するぞ!」
疑問に思ったことを、ちょうどオーナーさんが答えてくれた。それなら納得だ。
「そういや人狩りなんてのもいるんだったね。衛兵隊はそれも追ってるんだっけ?」
盗賊に続く不穏な言葉。カオルがアレクシアに耳打ちするように聞くと、彼女は静かに頷いた。
「…………。まあー、細かいことは置いといて! せっかくなんでくつろぎましょうかね〜」
アレクシアの雰囲気を感じ取ってか、話を変えるようにカオルが前に出る。
それを皮切りに、各々がホール内の椅子に座りだした。戦闘の後だということもあって、みんな疲れていたんだ。
〜〜〜〜〜
「そんで人狩りって何? 私たち盗賊のことしか聞いてないんだけど」
「そういう噂があるのよ、人を攫ってどこかに売り飛ばす連中がいるって」
「……思ったより殺伐としてんなぁこの世界。なんのために転移したか分からなくなってきたよ」
一息つくと、彼女たちはホールの端にあった4人がけの席で、コソコソと続きを話し始めた。
僕とマルカも向かいに座り、席を占領する。これで他の誰かがこの席に着くことは阻止できた────と思っていたのも束の間。
「さすがに衛兵も情報を掴んでいたか! 裏が取れるまでは黙っているつもりだったのだが!」
「うわビックリした! も〜黙って隣に立つのやめてくださいよ。てかなんでその見た目と性格で気配消すのうまいんですか」
初めて会った時と同じように、いつの間にかカオルの側にオウミさんが立っていた。ツヤツヤした髪と絹の服が眩しく光る。
本当に、なんでこの人はこのなりで気配を消せるんだろう。
「……知ってて黙ってたんですか?」
マルカが非難の色を強くして彼を見る。当然だ。知っていたなら教えてくれればよかったのに。知ってさえいれば、じっくり対策を練っていたかも知れないのに。
そんな僕たちの気を読んでいたかのように、オウミさんは語気を強めて答えた。
「当然迷った! だが、危険が大きすぎると君たちが出発を延期する可能性があったからな。一刻も早く行商に赴き、かつカオル=サキヤと共に行く、これを同時に行うには情報の秘匿もやむなしというわけだ」
やはり読まれていた。子ども1人に女2人という面子なら、人狩りとかち合うのは絶対に避ける
「そのくせ『盗賊』に関してはご丁寧に教えてくれちゃって。さすがですねー」
カオルは背中をイスに預け、やれやれといった仕草をする。
僕たちが盗賊と人狩り、両方の情報を入手していたなら、確実にオウミさんと一緒には行かなかっただろう。けれど彼は盗賊についてだけ教え、さらに護衛を買って出た。
彼はギリギリどうにかなりそうなシチュエーションを想像させることで、僕たちの意識を偏らせたんだ。……してやられた。
「踊らされたと気づいてなおその気勢。いい女だな君は」
「……ッ、で! 先ぱ、彼女に何の用?」
いやらしさを隠しもせずにカオルを見つめるオウミさんを見咎め、後輩が噛み付いた。
「おっと、そう怖い顔をしないでほしいぞ総司令殿。私はただ話を聞きたいだけなのだからな!」
そう言うと、彼は自ら持ってきたイスに座り、カオルの隣で質問攻めを始めてしまった。
「せっかちな人だなあもう。そんなに私のことが気になりますか……?」
カオルはいたずらな笑みを浮かべて、オウミさんの質問を時にはぐらかし、時に高く売りながら、自分たちが使用した武器や盗賊が今際の際に放った魔法について議論する。
その向かいではアレクシアが、さらに遠く離れた席からはパーヴァートさんが、嫉妬の目を向けていた。
〜〜〜〜〜
その後は、それぞれの部屋に分かれて夕食まで休憩ということになった。
最初は全員で泊まるのかと思ったけど、さすがに盗賊たちの遺体ごとというわけにはいかないので、衛兵隊のうち何人かは先に町へ向うことになり、人数的には余裕があった。
とはいえ、相部屋にしないと収まりきらないことに変わりはなく────。
「おっ、意外と広いじゃねえか」
「クッ……なぜカオルと一緒の部屋じゃないんだ……」
「なんだなんだ! 私と同室では不満か!」
僕が一緒に泊まることになったのは、アニキ、パーヴァートさん、そしてオウミさんだ。
今回女性陣は女性陣だけで固まるらしい。当然のことではあるけれど、ちょっとだけ寂しくなった。
「やかましいのがいなくて良いだろうが白槍の」
先にズカズカと部屋に入ったアニキは、何の遠慮もなくベッドに飛び乗る。この豪胆さ、これが彼の強さの秘訣かもしれない。
「ところで君、カオルとはどういった関係なんだ?」
「え?」
僕が自分のベッドを確保し腰を下ろした時、パーヴァートさんが何かを見定めるように話しかけてきた。
「いや、弟だとは聞いているが……どうも違和感がある。具体的に言うと、カオルが君に向ける目は、弟に対してのそれではない」
「ふ、普通だと思うけど」
「普通? あれが普通?」
うまく躱そうとして、逆に踏み込まれてしまった。
けれど、彼の反応は予想だにしないものだった。
「いいなぁ〜! じゃあいつも弟のことが好きすぎる彼女と一緒に過ごしてるわけだ! はぁ〜⁉︎ 子どものクセに何だオマエ。アッッ、いいなぁ〜!」
握り拳を開いたり閉じたり、地団駄を踏みながらパーヴァートさんは叫び、暴れ出した。これじゃどっちが子どもだか分からない。
「わかる、わかるよパーヴァート。彼女はいい女だからな。だが、余計なマネはしないことだ」
「なんだオウミ、彼氏面か?」
「フゥン、私と彼女はパートナーだからなぁ!」
「な〜にがパートナーだ! 貫いてやる!」
「んなことで槍出すなバカ! それにあんなアバズレはオススメできねえな。……いやホント、やめといた方がいい」
「その口振り、君もカオルと何かあったのか⁉︎ 一線を超えたのか⁉︎ ぶっ殺してやる!」
パーヴァートさんが壊れるのと同時に、後の2人もおかしくなってしまった。みんな口々にカオルへの評価を述べていく。
そのどれもが身勝手な意見に聞こえて、彼らがカオルをそういう風に見ていると感じて、僕はあまり心地よくなかった。
「何もわかってない」
気づけば声が漏れ出していた。
そう発した時の僕には何の意識もなく、本当に、ただ、こぼれてしまった言葉。
それでも、彼らを沈黙させるには十分すぎるものだったらしい。みんな我に帰ったように僕を見ていた。
「あ、いや……」
自分でも何が言いたかったのか分からない。
彼らがカオルのことを意識しているからといって、それが何だというのか。そもそも、僕だってカオルのことを理解しているとは言い切れない。
だけど僕の心は、口を挟まずにはいられなかったんだ。
「ふっ、はっは! 弟君に言われては返す言葉も無いな! だが、我々がこうなるのは無理もないことだと理解してほしい! 君の姉はそれほどの相手だ」
「ああ、彼女の尻に敷かれたいと思っている男は他にも大勢いるはずだからね」
口を押さえて自分の言葉に驚いていると、2人が場を取り繕うように続けてくれた。パーヴァートさんに対しては言いたいことがあるけど、それは置いておこう。
「このバカどもは……ウチのピートみてぇだ」
少しイラついた様子で、アニキがベッドにもたれかかる。
(ピート?)
「あのバカがよぉ、どうにもマルカに惚れてる臭いんだよな」
ああ、彼の舎弟のことだ。薬草栽培に精を出していることをマルカに褒められて、顔を真っ赤にしていたあの人。
「あまり勘違いさせない方がいいよ。マルカは誰にでも優しいから」
「ああ? なんだその自分は分かってるって顔は」
また余計なことを言って、アニキに睨まれてしまった。
でも、これは本当のことだ。だから譲らない。
もしピートが勘違いしきってマルカに振られでもしたら、せっかくマシになった関係が悪化するはすだ。もしかしたら、またいじめが始まるかもしれない。
そして彼女は、優しくしたせいでその結果を招いてしまったと自分を責めるだろう。そんなのは絶対にダメだ。
全部僕の想像だけど……。
お互いに黙ったまま、ゆっくりと時間が流れていった。
「チッ……にしてもよ、お前んとこの女どもは男を狂わせる力でも持ってんのか?」
「えっ」
しばしの沈黙の後、アニキはバツが悪そうに頭を掻いて話を進めた。彼が空気を読むような行動をするとは思わなかった。驚きだ。
(それよりも!)
男を狂わせる力だって……? まずい、偶然だけど、アニキが感づいてきている。いや、アニキは一度直にカオルの技を食らっている。当然の発想だ。
どうする? どうやって躱す? 今日の僕は口を滑らせがちだ。マルカのために、そしてカオルのために、これ以上余計なことは言えない。でもここで何も答えなければ肯定と取られるかもしれない。ひとまず否定しないと。
「まさかそんな──」
「いいや持ってるよな、特に姉の方! おい、頼むからマジで説明してくれ。アイツは何なんだ⁉︎ あの時俺は何をされた⁉︎」
止められなかった。
本当にどうしよう。このままじゃ、うちの2人が常に疑いの目を向けられることになる。万が一異世界のことまで知られてしまったら手のつけようがない。せめてカオルが自分の口から明かすまでは、秘密を守り通さないと。
「どういうことだ?」
今度はパーヴァートさんが混ざってきた。
今思えば、この空間にはカオルに対して強めの興味を抱いている人しかいなかった。
「だからあの女がよ」
「そこじゃない、あの時って何だ! やっぱりカオルと何かあったんじゃないか! ずるいぞクソ野郎ッッッ」
(ああ、この人はこういうタイプだった)
パーヴァートさんはアニキに掴みかかる勢いで捲し立てる。荒ぶっているご様子だけど、とにかく助かった。このまま流してもらおう。
「ふぅん、気になるなその話! 私にも聞かせてもらおうか!」
商売に敏感なオウミさんも便乗して、次第に話題はズレていった。アニキがあまり語らなかったこともあって、結局みんな女性の魅力についての話に戻ってしまった。
カオル、マルカはもちろん、アレクシアにまで言及して、最後は自分の好みを語り合うことになった。
そういえば、昔はこうして仲間たちで寝る前に語り合っていた。かつて平和だった世界に想いを馳せて、そこでどんなことをしたいか話したものだ。
でも、恋愛について語ったことは無かった。あの時の僕たちは、誰もそんなことは考えられなかった。
今こうして、僕は男たちに混ざって、こんなくだらない話をしている。懐かしいけど新鮮な感覚だ。
「で、君は? 恋敵になるというなら容赦はしないぞ?」
「なっ、何を」
いきなりこっちに振られて、つい狼狽えてしまった。
一気に体が熱くなる。パーヴァートさんが聞いているのは、つまりそういうことだ。
確かに僕はカオルに対して、ある種の好意を抱いているとは思う。でもそれは「信頼」だ。邪な感情じゃない。
一緒にされないよう力説したいところだけど、今の状況でそれは悪手だ。
「おくつろぎ中のところ失礼します。お食事の用意が整いました」
その時、部屋の雰囲気を整えるようにノックが響いて、ドア越しにスタッフさんの声が届いた。話し込んでいるうちに、もうそんな時間になっていたみたいだ。
「まあ、無理に言わせるものでもないか」
そう言うと、パーヴァートさんはドアの方へ向かっていった。
去り際に見せた微笑には、「子ども相手に大人気ないことをした」という色が浮かんでいた。彼はあくまで僕をからかっていただけで、そもそも相手にしていなかったんだ。
(悔しい)
なにも本気で恋敵になりたかったわけじゃないし、その予定もないけど、ここまで子ども扱いされるとさすがに悔しい。
「ガキが色気づいても仕方ねえしなぁ」
「初めて年相応な顔を見せたな少年!」
後の2人も、好き勝手に述べて部屋を出て行ってしまった。
「〜〜〜〜〜っ」
言葉にならない呻きを上げて、深呼吸してから、僕は彼らの後を追った。
こんな感覚は初めてだった。




