59.だって寂しかったんだもん
アレクシア=ヴァーンスタインとの邂逅を果たした後、僕たちはその場にいる全員で今後の動きを話し合った。
その結果、衛兵隊もファクタまで同行してくれることになった。元々調査で向かう予定だったらしい。
「総司令、わざわざ足並みを揃える必要は無いかと……」
隊員たちはオウミさんの一行に対して警戒心を露にする。相手も同様だ。
「これでいいの! 総司令命令!」
しかしながら、一触即発の空気はアレクシアの職権濫用によってなりを潜めた。
〜〜〜〜〜
「お〜、衛兵隊の馬車ってのもまた内装しっかりしてんねえ」
僕たちは今度こそ安全を手に入れて馬車に乗り込む。中に入るのは、僕、カオル、マルカ、そしてアレクシアだ。
カオルとアレクシアが会話をするにあたって、人払いが必要だったのでこうなった。
案の定、カオルに労ってもらおうとしていたパーヴァートさんや、スナイパーライフルを見て興奮していたオウミさんはぶーぶーと文句を言ったけれど、衛兵隊に逆らうことはできず、男所帯の馬車の方へ戻っていった。
「あの、僕もあっちに……」
「こ〜ら、勝手に離れようとしないで。ユウくんはお姉さんと一緒!」
「あたしは別に出て行ってくれてもいいんだけど」
僕はどさくさに紛れてオウミさんの方に逃げようとした。だけどそれはカオルによって阻まれてしまった。アレクシアの視線が痛い。
「わ、私はユウくんが居てくれると助かりますっ」
「ほら、マルカもこう言ってることだし」
「…………うん」
女3男1の状況はとても気まずい。でも僕が消えたら、マルカはきっと孤立してしまう。それはもっと気まずいし、何より辛いはずだ。
彼女のためにも、僕は耐えることにした。
僕の決心に呼応するかのように馬がいななく。妙な緊張感を携えて、馬車は走り出した。
「さっきの間でキミが何を考えたのか、手に取るように分かるよ。私は優しい男が好きだぞ、ユウくん」
馬車の中、カオルは僕を撫でながら、アレクシアを見てそう言った。まるで彼女をからかっているみたいだ。
マルカも同時に、ニコニコと僕を撫でる。こっちからは、ただ純粋に感謝の気持ちが伝わってきた。
「……ふんっ」
(やっぱり気まずい……)
「それにしてもさぁ〜総司令さんよ、おたくの隊員どうなってんの? あのアドラとかいう男、登場する世界間違ってるだろ。もしかして杜王町出身か? 思わずノッてしまったよ」
僕の気を知ってか知らずか、カオルが空気を変えてくれた。
「ああ、アドラね。ちょっとこっちの文化を教えてあげたらすぐに影響されちゃって」
アレクシアは僕を睨むのをやめて、その話に興じる。
「先輩こそ、うちの隊員に何したの? アドラすごく怯えてたけど。オタクくんには優しくしなきゃダメよー」
「ハッ、オタクに優しいギャルってやつ? さすがに古いよ、200年前の流行りじゃん」
「…………それ。200年前って何? 先輩今いくつなの?」
カオルがさらっと年月の経過を口にすると、アレクシアは眉をひそめて目の色を変えた。
てっきり後輩さんには色々教えていると思っていたけど、そんなことはなかったらしい。
「あーそうだそうだ。その話がまだだったね」
混乱するアレクシアとは対照的に、カオルは慣れた口調で話し始めた。
〜〜〜〜〜
「先輩がサキュバスで……第三次世界大戦で……異世界転移で……」
怒涛の情報量を前に、頭を抱えてブツブツと呟くアレクシア。ご自慢のツインテールまで萎びてしまったように見える。
「私も初めて聞いた時はびっくりしました」
「一回では理解できないよね」
僕とマルカはお互いに微笑み合う。
しばらくして、アレクシアはその顔を忌々しげに上げた。
「妙な男連れてると思ったら、そんなことまで……どうしてそんな奴に⁉︎ 先輩の命を狙った相手なんでしょ⁉︎」
彼女の剣幕に、場が静まり返った。
(そうか、だからアレクシアは……)
カオルと一緒に過ごしているうちに、僕は彼女の雰囲気に呑まれて気にしないようになってしまっていた。
だけどアレクシアの言う通り、僕は一度、カオルの命を脅かした。
殺すつもりなんて無かったし、殺さないよう指示されてもいた。だけどそんな言い訳は通じない。
ただでさえ慕っている先輩が見知らぬ男を連れている上に、親友である自分にすら明かされていなかった情報を、その男の方が先に知っている。
しかもその男は、一度先輩を手にかけようとした。
そんなの、納得できるはずがない。
「よりにもよって、こんな男に……中身18才のクセに見た目は子ども? 意味わかんないわ」
「ごめん……なさい……」
「アンタに謝られたってしょうがないの。しょうがないのよ…………」
「そうだね。ユウくんが謝ることじゃない」
叱るでもなく、宥めるでもなく、カオルはただそう言った。
まるで、咎を受けるべきは私の方だと諭すかのように。
カオルの気迫に押されて、アレクシアは僕から目を逸らした。
「マルカに話したのはいいわ。現地人の信頼を得るために素性を明かす、当然よね。……でも、あたしにだって教えてくれてもよかったじゃない……」
「迷ってはいたんだよ。万が一にも危険に巻き込むわけにはいかないし、私自身、出自について把握しきれていなかったのもある。不確定な情報を伝えるのは憚られるからね」
「でも、そいつには伝えたんでしょ。しかも一緒に旅なんて」
彼女の眼が鋭くなる。
「それは……」
「私には何年も黙ってたことを、出会ってすぐのそいつに」
「………………もん」
「え?」
「だって寂しかったんだもん!!!」
再び場が静まり返った。全員、めちゃくちゃな表情でカオルを見る。
仲裁に入ろうとしていたらしいマルカが、前のめりになってずっこけた。
「私だって明け透けに喋るつもりなんてなかった。でも寂しかったんだよ! 200年ってのはそれだけ長いんだ! そこにこんなカワイくてカッコよくて優しい子が現れたら、全部打ち明けたくなるのは当然だろう⁉︎ 私は悪くない!」
「はあ⁉︎ なに子どもみたいなこと──」
至極冷静だったはずのカオルは、堰を切ったように心情をぶちまけだした。
(何言ってるんだよカオル……!)
僕のことを褒めてくれるのは嬉しいけど、それ以上に恥ずかしい。むずがゆい。ここから逃げ出したい。
捲し立てるカオルのそばで、僕は耳が熱くなっていくのを必死に我慢した。
「というか教えるも何も、先に消えたのはそっちだろ! いつ話そっかなーって迷ってたら飛行機事故で死にました⁉︎ ふざけんな!」
「そ、そんなのあたしだって──」
「置いていかれた女の気持ちが分かるか⁉︎ 200年、いや正確には228年! それだけ心と身体を持て余した未亡人の前に若くてイイ男が現れたらどうなるか、考えるまでもないだろ!」
「話変わってない⁉︎」
重苦しい気配はどこへやら。2人は子どものようにギャーギャーと言い争いを始めた。
内容もどんどんくだらなくなる。さっきまで嬉し恥ずかしだった自分がバカみたいだ。
結局、僕とマルカはまたついて行けなくなって、2人で苦笑い。
「やっぱりユウくんがいてくれて良かった。私、この空気に耐えられる自信ないです」
「僕は今からでもオウミさんのところに移りたいけど」
「ダメです。ここにいてください」
冗談混じりに喋っていると、少しだけ落ち着きを取り戻したアレクシアが僕に向き直った。
「でもまあ、アンタが先輩を誑かしたってことは分かったわ」
やっとまともな話ができると思ったら、とんでもない言いがかりをつけられてしまった。アレクシアまでカオルの雰囲気に呑まれてしまったのかも。
「なーにを言うか、ユウくんは私が私の意志で選んだ相手だぞ?」
「ふんっ、どうだか」
「すまないユウくん、彼女を許してやってくれ。こいつぁ大人気もなくキミに嫉妬してるんだ」
カオルに言われて、ようやくアレクシアの気持ちを理解できた。
さっきから違和感はあったんだ。怒りでも憎しみでもない感覚、それがずっと彼女から伝わってきていた。
「そっか、嫉妬してるんだ、アレクシア」
「こっ……このオスガキ……ッ!」
「あ、ごめんなさい……」
つい思ったことを口にしてしまった。これはマズイ。
「ぶぁーはっは! そうそう、その通り! 嫉妬剥き出しで恥ずかしいねェ〜」
「くっ……見てなさい、すぐに奪い返してやるから」
「どうだかなぁー、長いこと放ったらかしにされたからなー、寂しかったなー。好感度で言ったらマルカの方が上になっちゃったかなぁー」
「私を巻き込まないでくださいよ! でもちょっと嬉しいですっ」
「ぐぬぬ……」
また雲行きが怪しくなっていたところ、カオルの挑発によってことなきを得た。その代わり全員が子どもじみた争いに参加することになったけど。
「とにかくアンタが悪いのよ、ユウ。色々話したいこともあるし、宿に着いたら覚悟してなさい」
「う、うん」
「気をつけてよユウくん、部屋に引き込んで何かするつもりだ。昔からピンクは淫乱って言われてるからね」
「うるさい! ショタコンサキュバスに淫乱とか言われたくないわ!」
アレクシアがピンクのツインテールを振り乱して喚く。ちょうどその時、馬車が止まってドアが開いた。
「総司令、到着いたしました。……総司令? 何かあったのですか?」
「なんでもない、ご苦労様」
外に出ると、オウミさんたちの方もゾロゾロと降りてきた。オウミさんの部下たちの黒スーツと、衛兵たちの白い鎧が同時に並んでいる様はどこか異様だ。
そして僕の前には、そんなオウミ商隊と衛兵隊が全員泊まれそうなほどの大きな宿が建っている。今日は全員でここに泊まる予定みたいだ。
「入るわよ」
アレクシアは僕をチラッと見下ろしてから、ズンズンと宿の方に進んで行った。
「部屋は分けた方がいいかもしれませんね……」
「ま、あの子だって根は優しいから大丈夫だよ。ユウくんともすぐに打ち解けるさ」
「うん。なんとなく、話せば分かる人って感じがする」
期待にも不安にも似た気持ちを抱えて、僕はアレクシアの後を追って宿に入った。




