58.ツインテ後輩とピシガシグッグッ
「アレクシア……っ、会いたかった……ずっと、ずっと!」
突如現れた少女に、カオルは脇目も振らず抱きついた。大粒の涙をいっぱい流して、だけどはじけるような笑顔で。
対する少女も、カオルを優しく受け止め、「私も会いたかった」と微笑む。
命の危機から一転、熱い抱擁を交わす女性2人を前に、誰もが戸惑っていた。
「もぉ〜どこ行ってたんだお前! せめて形見くらい置いていけー!」
「ゴメンゴメン、あたしもこんな事になるなんて思わなかったから」
「ほんっと寂しかったんだからな〜! 200年も放ったらかしやがって!」
「へ、200年?」
唐突にカオルの口からこぼれた数字に、アレクシアは間の抜けた声を出した。
「ああ、そういえば言ってなかったっけ。私は──」
カオルは勢いで自分のことを言おうとして、留まった。
周りをよく見ると、オウミさんやその他冒険者たちが一斉に耳をすましている。このまま色々と語るのは危険だ。
「先輩?」
「──今はそれどころじゃないな! とりあえずこのチンピラをどうにかしようじゃないか! ホラホラみんなも、後片付けに集中集中!」
その言葉で、みんな渋々と作業に戻る。
ただ1人、オウミさんを除いて。
「聞き逃せんなァ〜。『200年放ったらかし』だと? ならお前は200年待ったのか? その若々しい姿で? 不可思議な人間だとは思っていたがこれほどとは」
「いや、あの……」
まずい、非常にまずい。
彼は自分の利益のためなら何でも利用する人だ。そのための洞察力も持っている人なんだ。
カオルの正体を探られるのは、僕らにとって不利益にしかならない。
なぜなら、散々強請られて利用されるのが目に見えているから。
連鎖して僕のことも探られるかもしれない。何かの拍子に僕が造られた理由がバレてしまったら……カオルの研究が世界を混乱に陥れたことがバレてしまったら、カオルはこの世界でも危険人物として追われることになるはずだ。
それだけは、絶対に避けなくちゃいけない。
そう思っていると、アレクシアが2人の間に入り、カオルを庇ってくれた。
「何ヤらしい顔してんの。変なマネしたら逮捕するわよ」
「む、逮捕だと?」
物騒なワードに、オウミさんは一歩後ずさる。
アレクシアは「自分にはその権利がある」と言わんばかりに胸元からペンダントを取り出し、彼に見せつけた。
「あのペンダントは……」
マルカがほんのり苦い顔をしながら呟く。僕とカオルも、以前の事を思い出しながらそれを見た。
そのペンダントは、炭鉱の帰りに僕たちを襲った男、アドラ=アバローナが所持していたものによく似ていた。
十字架のような形で、アレクシアのものは装飾が豪華だ。
「ほ、本物の衛兵のようだな……」
さらに後ずさるオウミさん。
アレクシアは嘲笑するように口角を上げ、森の奥へ向かって手を振った。
「ご無事ですか総司令!」
「総司令!」
鎧に身を包んだ人たちが数名、アレクシアのことを総司令と呼びながら走ってくる。
オウミさんは目を見張った。
「総司令…………だと?」
「そういうこと。分かったら大人しくしてなさい!」
開いた口を塞ごうともせずに、オウミさんは仲間の元へと帰っていく。それもそのはず、警察が睨みをきかせている状況では、ヤクザはなす術がないということだ。
「ありがとうアレクシア。いや、ここではエルゼか」
「人前ではそっちの方がいいかな? まああんまり気にしなくていいけど。それより、問題はこっち」
アレクシアは、地面に転がっている、魔法を放った男へ近づいた。部下もそれに続く。
その場にいたアニキたちが、冷や汗をかきながら場を譲った。
「見ない顔ね……貴族らしくもないし……だけどあの魔法は」
「総司令、どうしますか」
「ひとまず連行。そっちで調査しといて。もしかしたら人狩りと関係があるかもしれない」
「はっ」
彼らはテキパキと盗賊たちを整理する。まだ息のある者、すでに息絶えた者、それらを瞬時に判断し、衛兵隊のものらしい馬車に分けて乗せていった。
「こんなもんか…………で、誰? アンタたち」
片付けが一段落すると、アレクシアは僕とマルカの方を向いていきなり質問してきた。
心なしか、僕を睨んでいる気がする。
「わ、私はマルカ=リムネットと申します! お二人とは最近知り合って、一緒に旅を……。えっと、いつもお世話になっております……!」
アレクシアの態度に気圧されたのか、マルカはガチガチに凝り固まった返事をする。
アレクシアは苦笑しながら「大体わかったわ」と言って、今度は僕を見た。
やっぱり、僕を見る時は目が険しい。
「そっちの名前は?」
「僕は……ユウ」
そこで一度口をつぐんだ。アレクシアが急かすように眉を吊り上げる。
「フルネームで」
僕は迷った。何をどう伝えればいいのか分からない。彼女がなぜ怒り気味なのかも理解できない。
たかが自己紹介をするというだけのことなのに、少しでも間違えれば自分の運命が大きく揺らいでしまうような気がした。
僕は助けが欲しくて、カオルを見上げた。すると彼女はなぜかニヤニヤして、「早く言っちゃって」と言外に促してきた。
「僕の名前は……ユウ=サキヤ」
カオルの意に沿って、フルネームを伝える。だけどこんな嘘に意味はないと思った。アレクシアは昔からカオルのことを知っているのだから。弟だと言ったところで、すぐに見破られるはずだ。
「サキヤ……サキヤ……崎谷⁉︎」
どんな文句を言われるかと身構えていたら、彼女は驚愕の表情で、バッとカオルを振り返った。ツインテールが鞭のようにしなる。もはや僕なんて眼中にない素早さだ。
そしてカオルは、さらにニヤついた顔でアレクシアを見下ろしていた。
「崎谷って……弟? いやでもそんな話は……まさか息子⁉︎」
「ンッフフ〜、いいねその顔! いやしかし息子か、それもアリだな。ユウくんユウくん、ちょっとママって呼んでみ?」
後輩の混乱をよそに、カオルはひとりで大はしゃぎ。僕もなんとなく流されてしまった。
「え? マ……ママ?」
「ぐあ〜っ! やばい、クる、クるよこれ。んーでもやっぱ名前呼びかお姉ちゃんが良いかなぁ」
カオルは赤らんで悶え、そんな彼女にアレクシアが「どういうこと⁉︎ 他人なの? なんなの⁉︎」と詰め寄る。
「先輩がショタコンなのは知ってるけど……でも本当に手を出すような人じゃなかった。アンタ、本当に先輩?」
「オイオイオイオイオイ、疑うなんてひどいじゃあないか。私の後輩はそんな人間ではないよ。君こそ、本当にアレクシアか?」
僕が名前を告げた結果、2人の間に亀裂が走った。やっぱり言わないほうがよかったんだ。
マルカも心配そうに、「何があったんでしょう」と寄り添ってきた。
僕たちは気を引き締めながら、沈黙する2人を見守る。
先に口を開いたのはアレクシアだった。
「────2018年の映画、『ペンギン・ハイウェイ』の原作者は?」
「森見登美彦」
唐突すぎる問答。だけどカオルはそう来ると分かっていたかのように答える。
「少年兵と武器商人が主人公の漫画のタイトルは?」
「『ヨルムンガンド』」
戸惑いも躊躇いもなく答えるカオルを見て、アレクシアは観念したように肩をすくめて笑った。
「やれやれ、本物みたいね。こんなこと、この世界で即答できるのは……」
「そっちこそ、こんなことをこんな風に聞くのは……間違いなく本物だな」
2人はピシガシグッグッと独特な握手をしてから、もう一度抱擁を交わした。
「ユウくん、なんなんですかねコレ?」
「わかるような、わからないような……」
僕たちは置いてけぼりだ。
ただ、とりあえずアレクシアが仲間になった……と、思う。
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