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56.汚させない

 馬車の窓から、周囲の風景を確認する。

 真っ先に目に飛び込んでくるのは、鬱蒼(うっそう)と茂った木々。どう見ても森の中だ。


 人の体程度なら簡単に隠せる太さの幹を持った木がズラッと並んでいる、待ち伏せ(アンブッシュ)にうってつけの場所。


「てめぇらオウミの手下だな? 勝手にシマ荒らしやがって」


「ああ⁉︎ なんの話だよ⁉︎」


 外からは例のライバルグループらしい盗賊の声と、交戦するアニキの声が。

 他にも怒号が飛び交っている。どうやら相手方は、なりふり構うつもりはないらしい。


「ほ、ほんとに来ましたっ!」


「フゥン、思ったよりは早かったな……」


「はぁ、ヤクザに関わると本当にロクな目にあわない。で、どうしますオウミさん、私たちも協力した方がいいですか?」


「ん、戦えるのか? いや、だとしても万が一があってはならん。君たちは中で待機していてくれ」


 冷静で頼もしいカオルの申し出を断り、彼は僕たちに待機を命じる。


 カオルは理知的な表情のまま、僕と同じように外を見やった。


「といっても、4人揃って中に居続けては肝心な時に対処できませんよ。外を把握するにも、この窓からじゃ限度がある。護衛たちだって、ここに付きっきりってわけにはいかないでしょう」


「せめて1人、外に出た方がいいかもね」


 僕がそう言うと、カオルは一瞬ためらうように口元を歪め、小さく頷いた。


「ああ。この中で一番戦闘経験があるのは…………ユウくんか」


「ユウくんを外に⁉︎ 危険ですよ!」


「待て待て待て! この少年がか⁉︎ 馬鹿を言うな、そして勝手に話を進めるな。とにかく君たちはここで待機、護衛の腕を信じろ。いいな!」


 よほど責任感が強いのか、オウミさんは必死に僕たちを引き止める。


 するとそれに応えるように、馬車のドアを叩く音が響いた。


「カオル! 無事か⁉︎」


 この熱狂的な声は、パーヴァートさんだ。

 カオルもすぐに気付いて、馬車のドアを開ける。


「心配してくれてありがと、白槍くん。ご覧の通り無事だよ」


「良かった! すまないが少しだけ待っていてくれ。連中、思ったより数が多い!」


 それだけ言うと、彼は素早くドアを閉めて、戦線に戻っていった。

 走っていく彼の後ろ姿には、出発前の変態性はもう無い。それだけの状況ってことだ。


 飛び交う声は大きくなり、次第に剣戟の音も激しさを増す。


 他の護衛らしい人たちも、みんな必死の形相で戦っている。


 深い傷を負う者が増えて、流れる血の量も増えていく。


 この小さな窓越しに匂いが伝わってきそうなほど、生々しい戦い。


「はぁっ、はぁっ……人が……人が……」


 戦いを見ていたマルカは、ひどく顔色を悪くして、弱い吐息を漏らしている。


 きっと今までの人生の中で、人が殺し合う場面を見る機会なんて無かったはずだ。

 マルカの性格なら、この光景はことさら残酷に見えてしまうだろう。


 そう思っていた矢先、マルカの生気をさらに奪う出来事が起きた。


「死ねやオウミィィィィ!」

「させるかッ!」

「ぐげぁっ」


 オウミさんがこの馬車の中にいるのを突き止めた盗賊の1人が、鬼気迫る表情で駆けてきて──その背を、パーヴァートさんの槍が貫いた。


 大量の血を吐きながら、窓にへばりつく盗賊。彼は苦痛に歪んだ顔のまま、ずるずると落ちていった。


「う……ぷっ……」


 マルカは口を押さえて、限界の寸前で吐き気に耐える。

 すかさずカオルは彼女を抱きしめて、背中をさすった。


「マルカ、無理しなくていい」


「……いえ、大丈夫です。こういうこともあるはずだって、覚悟してましたから……。大丈夫、大丈夫……っ!」


 精神力を振り絞るようにして、マルカはカオルに応えた。


 今にも死にそうだった彼女の目に、再び強い意志が宿る。


 正直に言うと、何度も人の死を見てきた僕でも顔をしかめる出来事だったから、僕は彼女の姿に驚いたし、そして安心もした。


 でもだからと言って、この戦闘をマルカに見せ続けるのは避けたい。


「オウミさん、これ以上は……」


「私も血生臭いのは苦手なんで、早めに終わらせてほしいですね。できるだけ殺しはナシで。敵だからって殺しまくったら、あなたのイメージも悪化するでしょう?」


 僕がオウミさんに(すが)ると、カオルがそれを後押ししてくれた。


 オウミさんもやり過ぎるのは得策ではないと感じたのか、間を置かずに頷いた。


「それはもっともだ。仕方ない……」


「何か策が?」


 カオルが質問すると、オウミさんはポケットから(くし)を取り出し、ゆっくり髪を整えた後、静かに呟いた。



「私が出る」



 次の瞬間、彼は馬車の外へ飛び出し、ヒラヒラと舞う衣服の中から何かを取り出した。


(銃……?)


「お前らあ! ハジキ持ってこい!」


 彼のその言葉を合図に、他の馬車のドアが開け放たれ、一斉に人が出てくる音が聞こえた。


「他の連中に配る前に試し撃ちじゃ! 冒険者どももよう見とけ、これからは銃の時代じゃけえ!」


 ドアから顔を出して辺りを見ると、オウミグループの構成員らしい人たちが横一列で銃を構え、敵に向けていた。


 彼らが手にする銃は、町の店に売られていた物よりも小型で、持ち運びに特化していることが分かる。

 それと、銃そのものの仕組みも違うみたいだ。


(あの形はフリントロック式かな。もしあれをオウミさんが1人で開発したなら、彼はかなりの才能を持った人ってことになるな……)


 銃の進化が、銃の時代が人間にどんな影響をもたらしたか、考えるだけでも震えてしまう。


 でも今は、速やかに戦闘を終わらせることが目的だ。

 剣や斧しか持たない敵が相手なら、こちらがそれなりに優位に立てる。今の状況に、銃は適しているはず。


「言い忘れたがぁー、連中は生かしておけよ。上客からの頼みじゃけえのお!」


 言い切って、彼は遠慮なく銃を()()()。その弾丸は、離れた場所にいる敵の太ももを撃ち抜き、その場にうずくまらせることに成功した。


「う、アアアアアア!!!」


 この銃初の犠牲者になったと思われる彼は、悲鳴を上げずにはいられなかったようだ。


 彼の近くにいた数名は、悲鳴に戦意を削がれたのか、へたりこんで武器を手放した。


 それを見逃さず、オウミさんと冒険者たちが乗り込んで、打撃で敵を気絶させていった。


「これなら!」


 余計な血を流さずに終わらせることができると思い、僕は心の中で拳を握る。


「いや、まだだね。ヤクザってのは面子で生きてる連中だ。このまま引き下がるはずがない」


「そんな……」


 カオルの言う通り、盗賊たちは逃げ惑いつつも、うまく木に隠れたりして銃撃をやり過ごし、しばらく経った頃には反撃してくる者まで現れた。


 不運にも、ここは森の中。簡単に隠れられるという事実が、相手に冷静さを取り戻させてしまったのかもしれない。


「このままじゃ、またただの殺し合いになる……」


 僕は唇を噛んで、窓にべったりと付いた血を見た。再びあんなことが起きれば、今度こそマルカは耐えられないかもしれない。


「くっ、何が銃の時代だ!」


(っ!)


 外から焦りに満ちたパーヴァートさんの声が聞こえた。


 もう一度ドアを開けてみると、段々とオウミさんに迫っていく盗賊たちの姿が見えた。


 辛うじて護衛の冒険者たちが退けているけど、殺さないように戦い続ける余裕は少しずつ失われていっている気がする。


 横に目を向けると、あたふたと銃を構える構成員たちが目に入った。


 彼らが持っている銃にはまだ連射機構が無いようで、一発撃つごとに銃口側から弾を込め直している。


 そのリロードの合間を縫って、盗賊たちは動いていた。


 しかも、森の中にはかなりの人数が潜んでいたようで、奥から増援まで出てきていた。


「ジリ貧だ……」


「少しマズイな。よしユウくん、出番だよ」


「出番?」


 振り返って聞き返すと、カオルはリュックから銃器のパーツらしいものを取り出し、組み立て始めた。


「これを使って」


 手渡されたのはライフル。それも、銃身の長いスナイパーライフルだった。

 カオルがそれなりに武器を所持しているのは知っていたけど、まさかこんなものまで出してくるなんて。


「でも」


「それ、銃ですか? ユウくんに、人を撃たせるんですか……?」


 未だに吐き気を引きずる声で、マルカが抗議する。


「問題ない。使用するのはゴム弾だ」


「ゴム?」


「人を殺さないで済む弾丸だよ。かなり痛いが死にはしない」


 一緒に渡された弾を確認すると、確かにそれはゴム製だった。非殺傷性なのは間違いない。ただ──。


「当たりどころが悪かったら死ぬこともある」


「そこは、ユウくんの腕を信じてる」


 嘘偽りのない目で、カオルは銃ではなく僕を見た。


 こんなことを言われれば、普通ならかえってプレッシャーになって腕が鈍ると思う。


 だけどカオルに言われると、むしろ感覚が研ぎ澄まされて、絶対に失敗しないという自信が湧く。


「ユウくんのかっこいいところ、お姉さんに見せて」


「了解」


 ガシャアアアン


 僕は血に汚れた窓を銃床で叩き割り、視界をクリアにした。


「これ以上、汚させない!」

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