55.ヤクザじゃん
メンバー全員と顔を合わせる暇も無く、オウミ商隊は町を出ることになった。
僕たちはオウミさんと同じ馬車、アニキたちとパーヴァートさんはその前の馬車に乗る。これはオウミさんの決定だ。
出発の直前までパーヴァートさんはカオルと同じ馬車に乗ると言い張っていたけど、カオルが一言「めっ!」と叱ると、素直に離れていった。
「よし、全員乗ったな! 発車ァ!」
物々しい馬の群れが、蹄を鳴らして走り出す。
〜〜〜〜〜
「人払いも済んだところで、話の続きだな」
他人が聞いていないことを確認すると、オウミさんは間髪入れずに目の色を変えた。
馬車に護衛を同乗させなかったのは、他の人に話を聞かせないためだったみたいだ。それは僕たちへの配慮か、情報を独占するためか……
「慌てない慌てない。せっかちな男は嫌われますよ〜」
「フン、私は好きだぞ」
カオルが『技術書』を取り出し、自分でページをめくって見せる。きっと、すぐに本を閉じられるようにするためだろう。
軽口をたたき合うような会話でも、2人は一歩も引かない。
「そこだ。うん…………他には? ほう……」
適当にめくられるページに合わせ、オウミさんは多様な反応を見せる。
彼の瞳の奥でどんな商いが行われているかは想像もつかない。ただ、明らかに目つきが変わる瞬間があった。
「カオル」
こっそり囁き、目くばせする。カオルもオウミさんを不審に思っていたのか、眉をひそめて頷いた。
「ところでオウミさん、今日はどんな商品を運んでるんですかね。荷物の内容を聞いても?」
「主に銃だな」
彼は本から目を離すことなく、さも当然といったように返答する。
マルカの体が強張るのが分かった。
(やっぱりそうか……)
さっきからオウミさんが注目していたのは、武器に関するページ、あるいは武器に転用できそうな技術が書かれているページだった。だからこの人は、絶対に武器を扱っていると思ったんだ。
「銃……ですか?」
マルカが冷や汗をかきながら、「なぜそんなものを?」といった様子で聞き、カオルもそれに続く。
「失礼ですが、売れるんですか? そんなもの。今の主流が剣なのは明らか。それが分からないはずはないと思いますけどねえ、武器商人さん」
「今は、な。だが、いずれ銃の時代がやってくると私は確信している」
オウミさんは表情を崩さず、何もかもを見通したように語る。
銃の時代を身に染みて知っている僕は、彼に恐れを抱かずにはいられなかった。
「いずれ……ね」
冷たい声色で、カオルは本を閉じる。きっと彼女も、オウミさんの行く末を危険に思ったんだ。
オウミさんは何も言わず顔を上げ、カオルと向き合う姿勢になる。
しばらく無言で見合った後、再び口を開いたのはオウミさんの方だった。
「と言っても、まだまだ先の話だとは思うがな。『剣を手にしてこそ勇敢なる冒険者』という風潮もあって、銃を使うのは臆病な初心者くらいのものだ。逆に言えば初心者には人気の商品だな、ついでに猟師か」
「そこまで理解していながら、あなたほどの商人がわざわざ銃を捌いているんですか? 本当に利益出てますぅ?」
カオルは背もたれに体を預け、気の抜けた調子で探りを入れる。確実に彼を怪しんでいる素振りだ。
僕の目にも、オウミさんは何かを隠しているように見える。
「なっ、なんてこと聞くんですかカオルさん」
「いや、いい。むしろ好印象だぞ、素晴らしい洞察力だ!」
マルカの注意を遮り、楽しそうに観念して、彼は本音を語り出す。
「確かに銃を運んではいるが、それを売り歩いているわけではないのだ」
(……?)
どういうことだろう。商隊を使って運んでいるのに、商品じゃない?
「なら何のために?」
「どこから説明するか……まあ、『配るため』だな。ここ最近、ライバルグループとの抗争が起きてな。言わば縄張り争いだ。そのため、傘下店を見回りつつ、必要があれば銃を渡して警備を強化させている」
「んん?」
カオルの表情が変わった。というより変になった。まるで、頭の中で組み立てていた計算式が前提から間違っていたことに気づいたような。
「あのババア、人のシマ荒らしよって────おっと、独り言だ、気にするな」
「…………オウミさん、ちょっとお聞きしたいんですがね、もし、もしですよ? 私があなたのお店の近くで勝手に新しいお店を開いたとしたら、どうします?」
カオルは妙に腰が引けた雰囲気で、へりくだって質問する。
オウミさんは即答した。
「潰す。私に何の挨拶もせずに勝手なマネをさせるわけにはいかん。当然だ」
それを聞いて、カオルはさらに腰を引いて縮こまった。決して広くはない馬車の中、彼女はメチャクチャな体勢になっている。
「ど、どうしたんですかカオルさ──」
「ヤクザじゃん!」
小さくなったかと思ったのも束の間、彼女はオウミさんに掴みかかる勢いで身を乗り出し、叫んだ。
「カオルさん、ヤクザって何ですか?」
「あ〜えっと! なんて言えばいいのか……とにかく、マルカみたいにピュアな子は絶対に関わっちゃいけない相手! それがヤクザ!」
「ええええ⁉︎ 思いっきり関わっちゃいましたよ⁉︎」
(ヤクザ……聞き覚えがあるな)
これもかつてデータで見たはずだ。ヤクザ、裏社会で生活する集団。昔のそれは仁義を大切にする組織だったのに、時代と共に暴力と犯罪に染まっていき、最終的には反社会勢力の代表になってしまったとされる存在だ。
まさかオウミさんがヤクザだなんて。信じられないけど、しっくりくる。
「オウミさん、あなた……まさかとは思いますが金融業とか営んでらっしゃる?」
「おお、なぜ分かった⁉︎ 本当に素晴らしい洞察力だ!」
「はい確定ー! 武器商人かと思ったらそれよりタチが悪かった! ああ〜ヤクザとズブズブになっちゃう〜! 助けて桐生ちゃん!」
「カオル、落ち着いてカオル。あと桐生ちゃんって誰?」
「こんなカオルさん初めて見ました……」
ヤクザに何の因縁があるのか、カオルは情けない声を出して身をよじる。
オウミさんは彼女の反応の理由が分かっていないようだけど、なんだか楽しそう。一体、自分がしていることをどう思っているんだろう。
「もしかして盗賊とかいうのもオウミさんの手下だったりします? こうして私たちみたいな連中を騙して売り飛ばしたりとか」
「えっ、そ、そんな……私たち、売られちゃうんですか……?」
「人聞きの悪いことを言うな! まったく、人を悪党のように言いおって。むしろ、そういうことをするのは相手の方だろうな。奴らは手段を選ばん」
「そういう人たちと喧嘩になる時点でお察しなんですけどねぇ……!」
「心配するな、そのために護衛も雇っているのだ。顧客に傷をつければ私の名にも傷がつく。君たちは確実に送り届けるぞ」
そう言うオウミさんの姿は、商人としての自信とプライドに満ち、悪党らしさは微塵も感じられなかった。
この人は昔気質の、仁義を重んじるタイプなのかもしれない。どっちにしろヤクザだけど。
「はぁ。信じますからね、オウミさん」
一息ついて落ち着いたカオルが、肩の力を抜いて微笑みかける。
しかしそれは、外から聞こえてきた御者さんの声に遮られた。
「と、盗賊だああああ!」
カオルの微笑が苦笑に変わる。さすがのオウミさんも気まずそう。
「う、噂をすればだな! だが安心しろぉ!」
「信じますからねぇ……オウミさん……っ!」
怯えいななく馬の声を皮切りに、戦闘が始まった。




