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54.白槍の貴公子、参上

 リムネット家での時間は瞬く間に過ぎてしまった。


「それじゃあ、いってらっしゃい」


「カオルちゃん、娘をよろしくお願いします。ユウくんも気をつけてね」


「任せてください」

「はい。お世話になりました」


 1日、たった1日過ごしただけで、「もうこのままここに居たい」と思ってしまうほど、マルカの家は温かかった。


 それでも旅を進めるため、甘えた気持ちを振り払い、前を向く。


「行ってきます!」


 はつらつとしたマルカのかけ声で、僕たちは家を発った。



 〜〜〜〜〜



「待っていたぞカオル!」


「はいはいお待たせしました〜っと」


 ちょうど正午になろうかというタイミングで、僕たちは厩舎(きゅうしゃ)に着いた。


 オウミさんの商隊はなかなかの規模で、厩舎前の道には、荷物を積んだ馬車はもちろん、護衛を乗せるための馬車もたくさん並んでいた。


 そして護衛の中には──


「……なんでテメェがここにいんだよ、護衛が務まるようには見えねェな」


「ん〜? 私がいちゃ悪いかな?」


 マルカをいじめていた犯人の、アニキたちがいた。


 当然、その隣には取り巻きたちも。


「ガキもいるじゃねえか! 何しに来たんだお前ら!」


「ひっ……」


 一度克服したとはいえ、こう凄まれるとマルカは未だに怯えてしまう。

 ここは、昨日偶然掴んだネタの出番だ。


「──薬草栽培は楽しい?」


「なっ、お前どうしてそれを!」


「オイ待て、どういうことだ?」

「いや違うんすよアニキ、誤解っす」


「アニキ、そういやコイツが1人でババアの家に行くとこ見ましたよ」

「テメっ、余計なことを!」


 僕の一言で、彼らの矛先が一気に逸れる。


 お父さんが昨日僕を連れ出してくれたおかげで、強力なカードが手に入った。ありがとうお父さん。


「そんなこと……なさってたんですか?」


 僕の後ろに隠れていたマルカが、震えながらひょっこり顔を覗かせる。その声色はとても嬉しそう。


「すごいです! 何かを育てるのってすごく大変ですよね、でもその分やりがいもあって。あなたの育てた薬草も、きっと誰かの役に立つはずです! そういうの、カッコいいと思います!」


「え、いや……」


「頑張ってくださいね!」


「…………おう」


 数秒前とは正反対だ。キラキラグイグイ迫るマルカに、取り巻きの彼は何も言えずにいる。

 いかに性格の悪い男といえども、明るく優しい美少女に応援されては赤面するしかないんだ。


「テメェなに惚れたようなツラしてんだよ」

「は? そんなことないが?」


 マルカの場合は天然無自覚で落としてしまうから恐ろしい。カオルとはまた違ったタイプの男性キラーだ。


「仲が良いようで何より! 護衛と客人の信頼関係は大事だからな!」


 僕たちと彼らの関係を見て何を思ったのか、オウミさんは満足げ。


「仲良いように見えましたかねえ? 商人の目は節穴ですか?」


「仲良いわけねえだろ依頼主さんよ。てか今客人つったか?」


「その通り! カオル=サキヤ一行は私の大切な客人だ! 傷をつけることは許さん!」


 満足げな顔のまま、オウミさんが大げさな身振りでカオルを紹介する。彼女が商人との太いパイプを築いていたことに驚いたのか、アニキは目を点にした。


「フッフーン。どうだすごいだろー」


 胸を反らし、偉そうな態度を見せるカオル。依頼主であるオウミさんが味方に付いている以上、こちらが絶対に有利だ。


「……だから私のこと、ちゃんと守ってね?」


 今度は態度を一変させ、上目遣いで懇願。これをやられてグッとこない男なんていないはず。

 ──でも、アニキは違った。過去の経験から、カオルの危険性を学習していた。


「はぁー……オウミだったか? あんたもこうやって騙されたんだな。大方この乳に釣られたんだろ。バカな野郎だ」


「断じて違うッッッ!」


「声でけえよバカ!」


「君の言いたいことはよく分かる。だが違う、違うのだ」


「見苦しいわ。報酬金に釣られて引き受けたが、こんな連中の護衛なんてな。アホらし。帰るぞお前ら」


「まっ、待て! 話を聞け!」


 アニキの指摘にオウミさんがムキになってしまった結果、なんとアニキは出発直前で降りると宣言してしまった。


「ユ、ユウくん大変ですよ! 護衛がいなくなったら、私、私!」


「お、落ち着いてマルカ……護衛の人は他にもいるから」


 いじめっ子が消えたことを喜びもせず、むしろ不安がるマルカを宥めながら、僕は考える。


 彼らがいなくなれば余計なトラブルは避けられる。でもマルカの不安通り、護衛が減ることによるリスクは跳ね上がるはずだ。


 アニキたちが腕利きの冒険者だというのも痛い。悔しいけど、他の素性が知れない人たちよりは当てにできる。


(困ったな……)



「う〜ん、今のは私が悪いか。すまないマルカ、ユウくん。ちょっとアニキたちに謝ってくるよ」


「ごめん、お願い」


 僕たちを気遣ってくれたカオルが、彼らを追って歩きだす。


 それと時を同じくして、反対側から、白い槍を携えた鎧姿の男がこちらへ向かってきた。


「ほう、君たちは降りるというのか。結構結構、それでこそ私が彼女に近づけるというもの」


「あ?」


 彼はやけにキザなセリフを言いながら、アニキとすれ違う。粗野なアニキと違って、彼の歩く姿はとても美しい。


 そしてカオルの前まで来たかと思うと、騎士が主に忠誠を誓うかの如く、跪いて彼女の手を取った。


「初めまして、ではないねカオル。私を覚えているかな?」


「え?」


「ああっ! やはり私程度では君の瞳に映ることなどできないのか。だがそれで良い、それでこそだよカオル」


 覚えられていなかったのに、何故か息をハァハァさせて喜ぶ彼。その姿にみんな引いていた。


「……あ、あの、マジで誰?」


「ムッ、彼を知らんのかカオル! 彼こそは『白槍の貴公子』として名高き、パーヴァート=ヴィエンタだ! ……こんな変態ではなかったと思うがな」


「あ〜白槍さん、なんか聞き覚えあるかも」


「私の名を聞いてもその反応……良いっ、良いよカオルっ! やはり君は他の女とは違う……」


(あっ、そういえば!)


 誰かがカオルのことを「白槍の貴公子でも落とせなかった」と噂していた。それを聞いた時は、一体何のことだか分からなかった。


 だけど思い当たる節はある。

 カオルを落とすといえば、この間のオークション。


 炭鉱から帰ってきて、男たちからお金を回収した時、その中に彼がいたはずだ。この端正な顔、間違いようも無い。

 確かあの時は槍を持っていなかった。だから噂を聞いても分からなかったんだ。


「護衛を引き受けたのは、君が乗るという話を聞いたからだ。ああカオル、私の女神」


 何があったかは知らないけど、白槍の貴公子パーヴァート=ヴィエンタさんは、カオルに心酔しているご様子。


 それを見たアニキたちは、呆れ顔を一層強めながらも僕たちの前に戻ってきた。引き留める手間が省けてラッキーだ。


「おい目ェ覚ませ白槍の。こいつは女神なんかじゃねえ、悪魔だ。油断してると痛い目見るぜ」

「「そうだそうだ」」


「フンッ、これだから見る目のない男は。君たちには彼女の魅力が分からないのか?」


 事情を知っている身からすれば、アニキの言い分にはこの上なく説得力がある。


 だけど白槍さんたら聞かずに喋る。


「初めて君に声をかけ、感謝を伝えたあの日、君は他の男にするのと同じように私をあしらった。あんなことをされたのは初めてだ! 男を冷たく見下すあの瞳、最高だった」


「お前頭大丈夫か? こんな奴のどこが良いんだ」


「全てだ。だが特に尻が良い。あの尻に潰されながら(さげす)まれたい!」


 ……思ったより白槍さんは重症だ。カオルは反応に困っているし、マルカも幻滅した表情。彼がイケメンなだけに、その落差は尋常じゃない。


「ケッ、乳に釣られる奴の次は尻かよ」


「断じて違うッッッ!」


「うるせえ! お前は黙ってろやオウミ!」


 こっちはこっちでメチャクチャな空気。



「カオル、私が君を守り通すと約束しよう。だから私を尻に敷いてくれ」


「──嫌です♡」


「あはァん!」


 ギャーギャー言い合うアニキたちを横目に、カオルは早速白槍さんを服従させている。きっとこれが最適解と判断してのことだ。


 普通ならこんな相手は確実に持て余すけど、カオルがいるなら心配ない。


「さすがですねカオルさん。そしてパーヴァートさんも」


「さすがだね」



「ハァ、ハァ、最高……」


 ──この日、僕たちは変態との邂逅を果たした。

「pervert」、「变态」これの読み方わかりますか?

答えは「パーヴァート」と「ビエンタイ」。変質者という単語をそれぞれ英語と中国語に訳したものです。

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