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53.いろんな世界を、みんなで見てきなさい

「これ、結局何なんでしょう」


「わっかんないなあ」


「僕にもまるで分からないよ」



 淫紋についてそれぞれが考え込み、無言になる。


 後ろには美女、前には美少女という構図に、僕の精神は耐えられそうになかった。


 かつての訓練でハニートラップへの対策はそれなりに学んできたけど、警戒心を持つ必要がない2人の前では、うまく気持ちを切り替えられない。


(やっぱりここは、話を変えるべきだ)


「そういえば、アレクシアさんってどんな人なの?」


 思い出したようなフリでカオルに聞く。内容自体は真剣な質問だ。


「美女2人に挟まれてる状況で他の女の話とは。ユウくんは()()()の素質があるな」


「今のはひどいと思いますよー」


「そういうつもりじゃなくて……っ!」


 残念ながら地雷を踏んでしまった。マルカですら、ふくれっ面になっている。というか、のぼせてる?


「まあ今のうちに話しておくべきかもね。そろそろ会うことになるんだし」


 ────カオルは一息ついた後、彼女のことを語り始めた。


「アレクシア=ヴァーンスタイン。大学で知り合った私の後輩で、唯一の親友と言ってもいい。ドイツから短期留学で来た子だったんだが、日本文化に染まってそのまま居着いてしまった」


 昔を懐かしむ口ぶりで、ぽつりぽつりと情報が紡がれていく。


「特にゲームが大好きで、徹夜で付き合わされたこともあったよ。あ、ちなみに『エルゼ』というのは、彼女がよく使ってたユーザーネームだ」


 マルカは何のことか理解できていないようだけど、しっかり話を聞いている。


「アレクシアは物作りの天才でね、その辺も気が合ったなあ。一緒にバカな発明を繰り返してた」


 カオルの見た目が若いせいで、彼女の大学生時代はつい最近のことのように聞こえるけれど、おそらく実際には200年以上も前の、まだ21世紀の頃の話だ。


「卒業が近づいてきたあたりかな、アレクシアはちょっと里帰りするって、ドイツ行きの飛行機に乗った」


 カオルの表情が曇る。


「……その飛行機が墜落したんだ。乗員乗客は全員死亡。アレクシアに至っては、髪の毛の一本すらも残らなかった」


「でもそれは」


 残らなかったんじゃない、残せなかったんだ。彼女は──


「ああ。きっとその時点で、アレクシアはここに飛ばされていたんだ。神様とやらのおかげでね」


 色々と訝しむ雰囲気はありながらも、カオルは安心した顔を見せる。

 僕はアレクシアさんのことを全然知らないけど、彼女がここで生きていてくれたことに心から感謝したいと思った。


「その人に、これから会いに行くんですよね」


「その通りだマルカ。この家を出て、この町を離れて、私たちはアレクシアに会いに行く」


 普段からまじめなマルカが、今までの中でも1番まじめな顔で口を開いた。


 僕たちからすれば、この家もアグトスの町も、ほんの少しの付き合いしかない。

 だけどマルカは、ここでずっと暮らしてきたはずだ。ご両親と一緒に、この町で。


「はい、分かってます。私も2人についていきます!」


 マルカは迷うことなく、ブレない答えを返してくれた。

 立ち昇る蒸気を払い、彼女の声が凛と響く。


「いい返事だ! はぁー、実を言うとね、マルカが『やっぱり残る』って言わないか心配だったの」


 反対に、カオルはへなへなと本音を漏らした。冗談でもなく、本気の心配事って感じの声。


「ここ、居心地いいもんね」


「そうなんだよー! いやもうヤバいよここ。抜け出せない」


「もー何言ってるんですか。でも、この家の娘としては嬉しいです!」


 でこぼこだけど相性は抜群。やっぱり、マルカは一緒にいてくれた方が絶対に良い。



「それじゃあ、ご両親に話さなきゃね。……その前に、もうちょっとだけユウくんを堪能しよう。ほらほらユウくん、ぎゅ〜〜〜」


 シリアスな空気だったのに、それを押しつぶすかのように、カオルは僕を抱きしめる。

 火照った彼女の柔らかい身体が、容赦なく当たった。


「相変わらずですねぇ……」


「ぼ、僕もう上がるから!」


「そんなこと言わずに。ユウくんも触っていいからさ。私が体を許す男になんて他にはいないぞ〜」



 〜〜〜〜〜



「さて、挨拶といこうか」


 お風呂から出た瞬間、カオルは冷静さを取り戻し、キリッとした表情で言った。


「はい」


 当然、マルカも真剣だ。


 あの優しいご両親に話すんだから、きっと良い返事を貰えると思う。でも、2人がマルカを大切にしているからこそ、ここで切り離される覚悟もしておかなければならない。


「あら、上がったのね〜。お湯加減どうだったかしら?」


「3人で入ったのかい? ハハハ、本当に仲が良いんだな」


「あ、あのね、お母さん、お父さん。話があるの」


 余計な前置きはせず、マルカが切り出す。それだけ本気という訴えだ。


「──それは、『旅に出る』という話かしら?」


 しかし、マルカが本題に入るより先に、お母さんに見抜かれた。


「えっ……どうしてそれを」


「それくらい見てれば分かるわ。ねえ、あなた」


「うん。カオルさんとユウくんを連れてきた時に、もう分かったよ」


 ──親というものはすごい。すごすぎて言葉にならない。

 子供の何もかもを見通して、そして受け入れ、包み込んでくれる。そんな存在なんだ。


「そ、それで!」


「良いに決まってるよ」


「ふふ、当然ね」


 2人は穏やかな笑みで答えた。ずっと前からそうすると決めていたかのように。


「今回はファクタまで、およそ2日の道のりです。ですがその後どうするかは、私たちも決めていません。ここに戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。それでも?」


「ああ。君たちになら、娘を任せられると思っているからね」


「カオルちゃん、ユウくん。マルカのこと、よろしくお願いします」


 カオルの言葉にも、2人は全く動じない。

 お父さんが僕を見て目を細めた。昼間に彼と話した時と同じ顔だ。


 僕はゆっくり頷いて、彼に応える。

 今度は冗談なんかじゃない。僕たちは任された。


「私たちも昔は旅をしてばかりだったものねえ。旅はいいわよ〜」


「マルカ、いろんな世界を、みんなで見てきなさい」


「うん……うんっ!」


 マルカはいかにも子供のように、涙を流して決意を示す。けれどそれは、親から離れて旅立っていく、立派な大人の姿だった。



 〜〜〜〜〜



「無事に挨拶も済んだし、これでいよいよ出発できるな!」


「そうだね」


「そうですね〜」


 今日の最重要課題である挨拶を完了して、僕たちは客室として用意してもらった空き部屋で眠る準備をしていた


「……で、どうしてマルカがここに?」


「1人で寝るの寂しいんです!」


 もうここまでくると、マルカも全く遠慮しない。心を完全に開いてくれているようで嬉しいけど。


「ベッド1つしかないよ」


「3人ならギリギリ入ります!」


 譲らない態度に、カオルは笑うしかない。でも、彼女もマルカがここにいることを喜んでいるように見えた。


「それじゃあここは様式美、川の字だな! もちろんユウくん真ん中ね」


「やっぱりそうなるんだ……」


「カオルさんの胸で潰されそうになったら、私の方に逃げてきていいですからね」


「なんだその言い草は! マルカを潰してやろうかオラー!」


「キャー! ユウくんあげるから許してください!」


 冒険の旅路というよりは旅行のような雰囲気で、出発前夜が更けていく。

 こういうのも、悪くない。

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