外法様 【人にて人ならず】
「オカルトハンター豪?動画サイトの?」
「そう」
つゆりと合流して向かったおばあさんの家で、デリバリーのピザを頂きながら話を聞いた。年配の女性とデリバリーピザがなんともミスマッチだが、おばあさんは二枚のピースをぺろりと食べた。
そしてお腹が落ち着いてきた頃、事情を聞いたつゆりだったが、おばあさんからの答えに思わず聞き返していた。
「もう、彼は更新していないはずだけど」
「以前の動画だよ。心霊スポットで何か映るのかとか」
「加茂さんが出てるやつ?」
「違う、それのもっと前に投稿されたもの」
おばあさんはスマホを操作して、その動画サイトの目当ての動画を再生した。手慣れたものだ。
「これって、どこかの山?」
「そう。村で殺人事件があって、やがて廃村。そこに幽霊が出ると噂になっているという触れ込みだね」
「ふーん」
俺はつゆりの後ろから動画を覗き込んだ。無論、俺は「見えない」ので、取り敢えず見ているだけだ。
動画ではオカルトハンター豪君が、辿り着いたその村の中の民家に勝手に侵入して、あれやこれやとコメントしている。結果、特に何も起きずに終わり、幽霊が出るなんて出まかせだと彼は結論付けて動画は終わった。
「何も、映ってないよね?」
「ああ」
つゆりがそう言って、おばあさんが肯定する返事をしたと言うことはそうなのだろう。
「これが何か問題なの?」
「最後に言ってただろ?」
「え?」
「ああ、情報提供してくれた人の動画へのリンクの話ですね」
「あ、そんなこと言ってたね」
動画の下にリンクが張ってある。いきなりそこに飛ばないで、準を追って説明するために回りくどいことをおばあさんはしているのだろう。そつがない人だと感心してしまう。
「リンクから飛ぶよ」
「うん」
別の動画投稿者の再生数はオカルトハンター豪の動画に比べるとずいぶんと少ないようだ。いわゆるバズっていないのだろう。
「こいつは動画を撮るのが下手で、やたら画面が揺れる。酔わないように気をつけな」
「うん」
おばあさんが並ぶ動画リストから一つを選んで再生した。
「同じ村?」
「そう、オカルトハンター豪が行く数日前だね」
画面がむごく揺れている。歩きながら撮影しているせいかと思ったが、立ち止まってもやたらとカメラを動かすので、確かに注視していると酔うかもしれない。
『間違いない。ここが呪われた村だ。宮崎でも、群馬でも無かった』
動画撮影者が話し始めた。男の声だ。
「呪われた村って、杉沢村?」
「違う」
「何それ?」
杉沢村は呪われた村として、その筋では有名な村だ。しかしおばあさんは否定していた。まあ、他にも呪われた村の話は枚挙にいとまがない。そのうちのどれかなのだろう。
「呪われた村として有名な村だよ」
「ふーん」
しかしつゆりの言い方だと、画面におかしなものは映っていないようだ。
『電気も水道も来ていない。電波はずっと前から圏外だ』
見覚えのある廃屋が出て来て、オカルトハンター豪と同様に、この人物も平気で中に入って行った。
ライトの光量が足りなくて、見にくいことこの上ない。
「もうすぐだ。気付くかね?」
おばあさんがちらっとつゆりと俺に視線を送る。いや、おばあさん、俺は「見えない」から無理ですよ。
『どこだ?どこだ?どこかにあるはずだ』
ぶつぶつと呟きながら男が廃屋を出る。この辺りはオカルトハンター豪の動画では編集されていて映っていなかったところだ。
そのまま彼は村の中を歩いて行く。
「気付いたかい?」
「え?何?何も映ってなかったけど」
つゆりは「見えない」ものを見ようとしていたので、気付かなかったのだろう。俺はそれをあきらめていたので気付けたと思う。
「この村に無いはずのもの、ですね」
「そうだ」
「え、何?何か映ってた?」
おばあさんが動画を少し前から再生し直す。
「えー、映ってないよ。あ、でも上梨にも分かったってことは、そういうものじゃないってことか」
「そうだよ。つゆり。もう一度だ」
おばあさんが再び戻って再生する。
「あ」
つゆりも気付いたようだ。
「電柱だ」
そうなのだ。村の道が少し広くなっている場所。その脇に明らかに電柱が立っていたのだ。
「電気通ってないのに、電柱いらないよね?」
「そうだ。あの電柱は最後の方でも出て来る。よく見ていな」
俺とつゆりは再び動画の続きを見始めた。
『どこかにお堂か、祠があるはずだ。どこだよ、くそっ』
それ以降、ずっとこのような悪態を付きながら村を探索する動画が続いた。全く編集をしないまま出しているのだろう。特に画面内では何も起きないで、ぐだぐだ感がすごい。なるほど、バズらないわけだ。
『ば、バッテリーが上がっちまう。今日はここまでにする』
そう言って引き返すことにしたようだ。多少画面の動きが落ち着く。
その時だった。
何かが破裂するような音がして画面が揺れた。
『な、なんだありゃ』
そう言ってカメラを空へ向けたようだが、カメラの性能が悪いのか真っ暗だ。しかし一瞬光の筋のようなものが映った。
「流星?」
「火球かもな」
流星のうち、結構な大きさで地表まで到達するようなものを火球と言う。この性能のカメラで映ると言うことは相当な明るさだったのではないか。
『ひ、ひいっ』
しかし撮影者は恐慌をきたしたようだ。また画面がぶれて見にくくなる。どうも走っているようだ。前後左右に乱暴にカメラを動かすが、あまり止めてくれないので、画面が流れるようだ。
「見えるよ」
一瞬例の電柱が映る。ここまで戻って来たのか。
そして画面が上へ向く。
当然映るのは電柱の上部。電気の通っていない村なので、電柱はただの柱のようだ。
「わあ」
俺にはただの柱にしか見えなかったが、つゆりには見えたみたいだ。
「何あれ?」
「あれは、外法様さ」
「外法様?」
俺も聞いたことが無い。そもそも何が「見えた」のだろう。
「つゆり、彼に「開眼」してやりな」
「うん、分かった」
つゆりが石を取り出して俺の手を取った。
「開眼」
何も変化は無いが、これで俺にも「見える」ようになる。
おばあさんはまた動画を少し前から再生し始める。
電柱が映り、そして電柱の上部が映った。
さっきは見えなかったものが見えた。
電柱にぶら下がる多くの人々。
いやぶら下がっているのではない。全員が首を吊っているのだ。
そしてその電柱のてっぺんに男が座っていた。
画質が悪く判然としないが、山伏のような服に見える。
髪は長髪でボサボサ。表情は見えない。
「あれが外法様?」
「そう、人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」
「それって平家物語、ですか?」
「ほう、博学だね」
「いえ、高校の先生が詳しくて雑談で。でもそれって確か」
俺は楽しそうに平家物語について脱線する先生の顔を思い出した。そう、外法様なんて名前は出て来なかった。
先生は、確か、こう言ったのだ。
「天狗」