↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖女なんだから当然でしょ?』――は? ふざけんな  作者: NEA_


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第7話 口の悪い治療師



 治療院は、街の中心から少し離れた静かな場所にあった。


 白い壁と深緑の屋根。入口の奥が診察室で、三階まで吹き抜けになった二階が住居だ。日当たりのよい裏庭もある。


「前の先生が亡くなってから空いてたんだけどね。街の者が時々掃除してたから、すぐ使えるよ」


 案内してくれた食堂のおばちゃんが窓を開けると、柔らかな風が通り抜けた。薄く埃は積もっているが、診察台も薬棚もきれいなままだ。


「家賃も安いよ。治療師が住んでくれるなら、もっと安くしてもいいって町長が――」


「相場どおり払う」


「でもねえ」


「そういうのはもういいんだよ」


 無償の奉仕も、善意を隠れ蓑にした押しつけも、もう御免だった。


 アンナは町長を呼び、一年分の家賃をその場で支払った。


「本当に、こんなにもらっていいのか?」


「一年分だ。足りないなら言え」


「いや、多いくらいだ」


「じゃあ数えて次の家賃までしまっとけ」


 町長は金貨とアンナを交互に見比べ、深く頭を下げた。


「よろしくお願いします、アンナ先生」


「先生はやめろ」


「では、アンナさん」


「それでいい」


 アンナはその日のうちに日用品を買い揃えた。資金の心配はない。


 家具屋で最も寝心地のいいベッドを選ぶと、店員が目を丸くした。


「診察台より、こちらを先に新しくされるのですか?」


「当たり前だろ」


 アンナは柔らかなマットレスを叩いた。


「今度こそ、ちゃんと寝るために働くんだよ」


 治療院へ戻ると、食堂のおばちゃんや近所の住民が勝手に掃除を始めていた。


「勝手に入るな」


「手伝いに来てやったんだよ」


「頼んでない」


「こっちも頼まれてないから、お互い様さ」


 昨日治療したばかりの農夫まで箒を持っている。


「お前は寝てろと言っただろ。帰れ」


「そこまで言うか?」


「失った血は戻ってない。倒れたら次は治療代を倍にするぞ」


 農夫は妻に笑われながら追い出された。


 住民たちが磨き上げる傍ら、アンナは壁へ手を当て、建物に残る僅かな穢れを神聖力で浄化した。淡い光が部屋を包む。


「今、光らなかったかい?」


「日の光だ」


「窓と反対側の壁だけどねえ」


 おばちゃんは楽しそうに笑った。


 夕方にはすっかり準備が整った。新しい寝具、磨かれた診察台。裏庭には住民が植えた小さな花が風に揺れている。


 アンナは入口に一枚の紙を貼った。


『治療院。朝から夕方まで。水の日と星の日は休み。夜は緊急のみ。擦り傷で起こしたら追い返す』


「最後の一文、本当に必要かい?」


「一番必要だ」


「夜中に擦り傷で呼び出されたことでもあるのかい?」


「ある」


 おばちゃんは冗談だと思い、腹を抱えて笑った。


 翌朝、扉を開けるとすでに三人が待っていた。


「昨日から急に手がしびれてねえ」


「急にじゃない。数日前から違和感があったはずだ」


 一人目の農家の女の手に神聖力を流すと、女は驚いたように指を曲げ伸ばしした。


「しびれが消えた!」


「今日は畑仕事を控えろ。また無理をしたら、次は治療代を倍にする」


 二人目の子供の熱もすぐに下げた。


 三人目の老人には、傷も病気もなかった。


「最近、肩が重くてな」


「年だ」


「もう少し優しく言えんのか」


「毎朝身体を動かせ。薬は出さない」


「本当に治療師か?」


「文句があるなら帰れ」


 老人はぶつぶつ言いながらも、笑って帰っていった。


 昼過ぎ、朝一番に治療した農家の女が戻ってきた。


「言われたとおり、畑仕事はしてないよ。ただね、畑の端へ様子を見に行ったら、また少し手がしびれたんだ」


「土には触ったのか?」


「少しだけね。あそこだけ何を植えても育たないし、家畜も近づかない。変な病気でもあるんじゃないかと思ってさ」


 治したはずのしびれが、畑へ行っただけで戻った。


 原因がそこにあるのなら、放ってはおけない。


 アンナは女とともに畑へ向かった。


 端の一角だけ、作物が弱々しく枯れかけている。しゃがんで土に触れると、微かな穢れが指先に絡みついた。


「少し離れてろ」


 神聖力を流すと、淡い光が地面を走り、淀んでいた空気が晴れていく。ついでに、畑の周囲へ害獣除けの結界も張っておいた。


「これで様子を見ろ。もう手がしびれることはないはずだ」


「すごい光ったけどなんだい?」


「まじないだ」


「まじないで畑全体が光るのかい? アンナちゃん、あんた、もしかして聖女様だったりするのかい?」


「はあ?」


 アンナは思い切り顔をしかめた。


「こんな口の悪い聖女がいてたまるかよ」


 女は一瞬黙り、声を上げて笑った。


「ハッハッハ! それもそうだねえ!」


「納得すんな」


 空が赤く染まる頃、治療院の入口には食堂のおばちゃんがスープを持って立っていた。野菜や卵の入った籠もいくつも入口に置かれていた。


「治療代はもらったぞ」


「それは余った物を置いていっただけさ。嫌ならあたしがもらってやるよ」


 おばちゃんの言葉に、アンナは「持っていくな」と籠を運び込んだ。


 診療終了の札を出し、扉を閉めようとした時、通りから声が飛んだ。


「アンナさん、肩が少し痛いんだが、今から診てもらえるか?」


「緊急か?」


「いや、明日でも平気だ」


「なら明日来い」


「分かった。また明日」


 男はそれだけ言って帰っていった。


 誰も無理に扉をこじ開けない。


 今すぐ治せとも、治療師だから当然だとも言わない。


 アンナはしばらく扉を見つめ、静かに鍵をかけた。


 二階には、自分で選んだふかふかのベッドがある。


「飯食って、寝るか」


 アンナはもらったスープと野菜や卵を抱え、足取り軽く階段を上った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。