表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/42

第14話 「第三の器」

「まだ起き上がるな!」


兄の怒鳴り声が病室に響いた。


俺は無理やり上体を起こしたまま固まる。


窓の外。


夜空が赤かった。


夕焼けではない。


燃えている。


町そのものが血を流しているような、不吉な赤だった。


「何が起きてるんだ……?」


「第三の器だ」


兄が低く答える。


その一言だけで病室の空気が変わった。


リズの表情が強張る。


クロウだけが窓際で肩をすくめた。


「いやぁ、予想より早かったな」


「他人事みたいに言うな」


「だって半分他人事だし」


「ぶん殴るぞ」


「怪我人が元気だねぇ」


いつもの軽口。


だが誰も笑わなかった。


遠くで爆発音が響く。


窓ガラスがびりびり震えた。


リズが窓際へ歩み寄る。


「避難が始まってる……」


下を見れば、人々が悲鳴を上げながら走っていた。


兵士たちが誘導している。


だが恐怖に支配された群衆は誰の声も聞いていない。


完全な混乱だった。


「そんなに危険なのか?」


俺の問いに兄が即答する。


「危険なんて言葉じゃ足りない」


兄の拳が強く握られる。


血が滲みそうなほど。


俺は少し驚いた。


兄が恐怖を隠せていない。


そんな姿を初めて見た。


「第一の器が災害なら」


兄が言う。


「第二の器は戦争だ」


そして。


「第三の器は終末だ」


背筋が凍った。


言葉に誇張がない。


兄は本気でそう思っている。


「見たことあるのか?」


数秒の沈黙。


兄は静かに頷いた。


「ああ」


「結果は?」


「逃げた」


俺は耳を疑った。


「あの兄貴が?」


「逃げた」


もう一度。


今度は迷いなく。


「勝てなかった?」


「違う」


兄は俺を見る。


「戦うことすらできなかった」


病室が静まり返る。


兄がそこまで言う相手。


想像していた以上に危険だ。


「だからお前は動くな」


「嫌だ」


俺はベッドから足を下ろした。


傷が悲鳴を上げる。


だが止まれない。


「見に行く」


「馬鹿か!」


兄が怒鳴る。


だが俺も引かない。


「俺に関係あるんだろ」


その瞬間。


兄の言葉が止まった。


リズもクロウも黙る。


それだけで十分だった。


図星だ。


「やっぱりな」


クロウが苦笑した。


「気付くと思った」


「何をだ?」


クロウは地図を広げる。


そして一点を指差した。


俺は息を呑んだ。


「……そこは」


俺の生まれた地区だった。


十年前に消滅したはずの場所。


災害区域。


立ち入り禁止区域。


なぜそこに。


「偶然じゃない」


クロウが言う。


「第三の器は最初から君を探してる」


「何で分かる」


「簡単さ」


クロウが笑みを消した。


「君が目覚めた直後に現れた」


ぞくりとした。


偶然では説明できない。


まるで。


俺の覚醒を待っていたみたいだ。


その時だった。


身体がぐらりと揺れる。


「危ない!」


リズが飛び込んできた。


柔らかな腕が俺を支える。


顔が近い。


近すぎる。


金色の瞳が真っ直ぐ俺を見つめていた。


「無茶しないで」


「だ、大丈夫だから」


「全然大丈夫じゃない」


怒っているのに優しい。


それが余計に困る。


「おおー」


クロウがにやにやする。


「新婚夫婦みたい」


「違う!」


「違います!」


声が重なった。


数秒。


沈黙。


さらに気まずくなった。


リズの耳まで真っ赤になる。


「……ばか」


小さな声。


だがしっかり聞こえた。


なぜか胸が妙に騒ぐ。


兄が深いため息を吐く。


「世界が終わりかけてる時に何をやってる」


「兄貴には言われたくない」


「俺は真面目だ」


「今ちょっと笑っただろ」


「笑ってない」


絶対笑った。


少しだけ空気が軽くなる。


だが。


次の瞬間。


病院全体が激しく揺れた。


轟音。


壁に亀裂が走る。


照明が明滅した。


「来たぞ」


兄が窓を見る。


全員が振り返る。


夜空。


その中心。


黒い影が浮かんでいた。


人間の形。


だが人間ではない。


存在しているだけで空間が歪む。


周囲の光を飲み込み。


夜そのものが立ち上がったようだった。


「……あれが」


第三の器。


影がゆっくり腕を上げる。


次の瞬間。


遠方の建物群が消えた。


爆発ではない。


崩壊でもない。


消失。


まるで最初から存在しなかったように。


街並みがぽっかりと欠けた。


誰も言葉を発せない。


理解を超えていた。


「何だよ……あれ」


喉が震える。


兄が低く答えた。


「あれが第三の器だ」


その声に僅かな恐怖が混じる。


俺は初めて知った。


兄でも恐れるものがある。


胸の奥が脈打った。


どくん。


どくん。


第二の器が反応する。


身体の奥。


血の中。


何かが共鳴している。


苦しい。


頭が割れそうだ。


「っ……!」


膝をつく。


「ユウ!」


リズが駆け寄る。


だが。


その時。


第三の器がこちらを向いた。


距離は何キロも離れている。


それなのに。


確かに目が合った。


そう感じた。


全身の毛穴が開く。


逃げろ。


本能が叫ぶ。


だが身体が動かない。


そして。


声が聞こえた。


頭の中に直接。


『見つけた』


ぞわりと背筋が凍る。


兄が即座に剣を抜く。


クロウの笑みが完全に消える。


リズが俺の前に立った。


守ろうとしている。


それでも声は止まらない。


『やっと会えた』


知らない声。


聞いたことがない。


なのに。


なぜか懐かしい。


『久しぶりだな』


意味が分からない。


会ったことなどない。


絶対にない。


そう思うのに。


胸の奥が否定しきれない。


第三の器は笑った。


その笑みが見えた気がした。


そして。


次の言葉で。


俺の思考は完全に停止する。


『十年前』


世界が静まる。


『お前はそこで泣いていた』


心臓が止まりそうになる。


兄が目を見開く。


リズが息を呑む。


クロウさえ言葉を失う。


ありえない。


その光景を知っている人間は。


俺しかいないはずだった。


だが。


第三の器はさらに続ける。


まるで答え合わせをするように。


『母親の手を離し』


『瓦礫の下で』


『助けてと泣いていた』


全身の血が凍った。


誰にも話していない。


誰も知らない。


俺だけの記憶。


十年間封じ込めてきた悪夢。


なぜ知っている。


なぜ覚えている。


なぜ――。


『思い出せ』


第三の器の声が響く。


『あの日』


『お前と交換したものを』


その瞬間。


俺の脳裏で。


忘れていた記憶が。


音を立てて崩れ始めた。

読んでいただきありがとうございます。

感想・評価励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ