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第13話「第二の器」

目を開けた瞬間、白い天井が視界に飛び込んできた。


 身体が重い。


 まるで全身に鉄球でも括り付けられているようだった。


「……起きた」


 静かな声。


 聞き慣れた声だった。


 首だけ動かす。


 ベッドの横に座るリズと目が合った。


 彼女はいつも通り無表情だったが、その瞳には隠しきれない疲労が浮かんでいる。


「リズ……?」


「三日」


「……は?」


「三日寝てた」


「三日!?」


 思わず飛び起きようとして全身に激痛が走った。


「ぐっ!?」


「馬鹿」


 即座に肩を押さえられる。


「起きて一秒で無茶する」


「いや、だって三日って……」


「死にかけてた」


 短い言葉だった。


 だがその一言に、どれだけ心配していたかが滲んでいた。


「ごめん」


「うん」


「心配かけた」


「うん」


「怒ってる?」


「かなり」


 珍しく即答だった。


 思わず苦笑する。


 するとリズが小さく息を吐いた。


「……でも」


「ん?」


「起きてよかった」


 その言葉に胸が熱くなる。


 何か返そうとした瞬間。


 リズがそっと額に手を当てた。


「熱はない」


「医者みたいだな」


「看病したから」


「ずっと?」


「ずっと」


 心臓が変な音を立てた。


「……」


「何」


「いや」


「何」


「なんでもない」


 リズが少し眉を寄せる。


「変」


「変じゃない」


「顔赤い」


「病み上がりだからだ」


「ふーん」


 絶対信じていない顔だった。


 その時。


 扉が勢いよく開いた。


「おおおおお! 生還者だ!」


 クロウだった。


「うるさい」


「感動の再会だぞ!」


「台無しにするな」


「三日間ずっと看病してたリズちゃんの前でよくそんな態度取れるな」


 ぴたり。


 空気が止まった。


「クロウ」


 リズの声が低い。


「はい」


「後で殺す」


「ごめんなさい」


 即座に謝った。


 俺は吹き出した。


「ははっ」


「笑うな被害者」


「お前が悪いだろ」


「俺だけ損してる!」


 病室に久しぶりの笑い声が響く。


 三日前まで死線を彷徨っていたとは思えないほど穏やかな時間だった。


 だからこそ。


 その声を聞いた瞬間。


 空気が変わった。


「……騒がしいな」


 低く掠れた声。


 病室の奥。


 もう一つのベッド。


 そこに横たわる男。


 俺の兄だった。


 胸が強く脈打つ。


 ずっと探していた。


 ずっと会いたかった。


 なのに。


 顔を見た瞬間。


 最初に込み上げてきたのは怒りだった。


「何で」


 自分でも驚くほど低い声だった。


「……」


「何で黙ってた」


 兄は何も言わない。


「何年探したと思ってる」


「……」


「何回死にかけたと思ってる」


 怒鳴るつもりはなかった。


 だが止まらなかった。


「助けるため?」


「守るため?」


「そんなの聞き飽きた」


 拳を握る。


「俺は家族だぞ」


 兄の目が揺れた。


「勝手に一人で決めるなよ……」


 静寂。


 長い沈黙。


 やがて兄は目を閉じた。


「そうだな」


 小さな声だった。


「お前の言う通りだ」


 その言葉に怒りの行き場がなくなる。


「謝って済む話じゃない」


「ああ」


「許さない」


「ああ」


「でも」


 兄は少しだけ笑った。


「生きていてよかった」


 その一言だけで。


 怒りが少しだけ崩れた。


 ずるいと思った。


 兄弟というのは本当にずるい。


 クロウが咳払いする。


「感動の再会は後でやれ」


「……」


「聞きたいことが山ほどある」


 兄の表情が変わる。


 俺も姿勢を正した。


 ここからが本題だった。


「教えてくれ」


 兄を見る。


「俺の力について」


 兄は数秒黙り込んだ。


 そして。


「お前は勘違いしている」


「何を?」


「交換は能力じゃない」


 全員が固まる。


「……は?」


「交換は結果だ」


 意味が分からない。


 クロウも眉をひそめる。


 リズだけが静かに耳を傾けていた。


 兄は続ける。


「お前の力の本質は器だ」


「器?」


「ああ」


 兄は頷く。


「世界には特別な器が存在する」


「……」


「その器は人の姿をしている」


 嫌な予感がした。


「俺は第一の器だった」


 部屋の空気が凍る。


「そして」


 兄の視線が俺へ向く。


「お前は第二の器だ」


 心臓が跳ねた。


「待て」


「事実だ」


「意味が分からない」


「分からなくて当然だ」


 兄は苦笑した。


「俺も最初は理解できなかった」


 そして。


 さらに重い言葉を告げる。


「交換能力は器の副産物だ」


「副産物……?」


「命も」


「才能も」


「記憶も」


「運命も」


「全てを交換できる」


 背筋が冷える。


 今まで使ってきた力。


 助けた人々。


 奪ったもの。


 全部が頭をよぎる。


「そんなもの」


「人間の力じゃない」


 兄が断言した。


「だから狙われる」


「誰に」


 兄の表情が険しくなる。


「影だ」


 その名を聞いた瞬間。


 クロウの顔から笑みが消えた。


 リズも目を細める。


「影は器を集めている」


「何のために」


「完成のためだ」


「完成?」


 兄はしばらく黙った。


 言うべきか迷っているようだった。


 だが結局。


 ゆっくりと口を開く。


「器は十八歳で目覚める」


 俺は息を呑んだ。


「そして二十歳で完成する」


「完成すると?」


 兄の顔が青ざめる。


 それだけで嫌な予感がした。


「世界を書き換える」


 全員が沈黙した。


「……馬鹿な」


 クロウが呟く。


「そんな力が存在するのか」


「存在する」


 兄は即答した。


「だから影は探している」


 第一。


 第二。


 そして――


 兄が突然窓の方を向いた。


 顔色が変わる。


 尋常ではないほど青ざめていた。


「どうした?」


 次の瞬間。


 轟音。


 病院全体が揺れた。


 窓ガラスが激しく震える。


「敵襲!?」


 クロウが立ち上がる。


 リズは即座に剣へ手を伸ばした。


 俺も身体を起こす。


 兄だけが震えていた。


「まさか……」


「何だよ」


 兄は窓の外を見つめたまま呟く。


「あり得ない」


「何がだ!」


 兄の声が震える。


 初めて見るほどの恐怖だった。


「第三の器が……」


 その瞬間。


 夜空を真っ二つに裂くような黒い光が天を覆った。


 巨大な黒い柱。


 禍々しい圧力。


 遠く離れているはずなのに肌が粟立つ。


 全員が息を呑む。


 兄は絶望したように呟いた。


「早すぎる……」


「何が」


「目覚めるのが」


 兄の額を汗が流れる。


 そして。


 震える声で告げた。


「第三の器が動き始めた」


 次の瞬間。


 病院の外から悲鳴が響いた。


 黒い光の中心。


 そこに。


 人影が立っていた。


 まるでこちらを見ているかのように。

読んでいただきありがとうございます。

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