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第11話 「救いたい相手」

「なら証明してみろ」


兄さんの剣先が真っ直ぐ俺へ向けられた。


「お前がまだ人間だということを」


重い石扉が閉まる。


ゴゴゴ――という音が洞窟全体に響き、最後に鈍い衝撃音が鳴った。


退路は消えた。


静寂。


兄さんは動かない。


だが、その場に立っているだけで空気が張り詰めている。


俺は唾を飲み込んだ。


「兄さん……」


「来い」


次の瞬間だった。


姿が消えた。


「っ!?」


視界から完全に消失する。


反射的に周囲を見回す。


背筋が凍った。


後ろだ。


本能が叫んでいた。


振り返る。


しかし間に合わない。


キィィン!!


激しい金属音。


俺の代わりにクロウが剣を受け止めていた。


火花が散る。


「余所見してんじゃねぇ!!」


「クロウ!」


「家族の再会は後にしろ!」


クロウが歯を食いしばる。


だが兄さんの表情は変わらない。


「悪くない」


静かな声。


その直後。


ガンッ!!


クロウの身体が吹き飛んだ。


岩壁へ叩きつけられる。


「がっ……!」


「クロウ!!」


強い。


強すぎる。


今まで出会った敵とは次元が違う。


技術も。


速度も。


覚悟も。


何より――俺のことを知っている。


「どうした」


兄さんが言う。


「会いたかったんじゃないのか」


「……」


剣を握る。


だが足が動かない。


目の前にいるのは敵じゃない。


兄さんだ。


幼い頃。


泣いていた俺を背負ってくれた。


剣を教えてくれた。


憧れていた人だ。


そんな相手を斬れるのか。


「ケイ!」


リズの声が飛ぶ。


「しっかりして!」


「でも……!」


「今のあの人は違う!」


俺は言葉を失った。


兄さんは俺を見ていた。


その瞳は一瞬だけ優しかった。


懐かしい昔の兄さんだった。


だが次の瞬間。


赤い瞳が妖しく輝く。


「それが答えか」


ドンッ!!


地面が砕ける。


兄さんが突っ込んできた。


速い。


見えない。


慌てて剣を構える。


衝撃。


腕が痺れた。


膝が沈む。


「弱い」


「ぐっ……!」


「そんな覚悟でここまで来たのか」


押し潰される。


呼吸が苦しい。


勝てない。


その時だった。


「させない!」


リズが飛び込んだ。


銀色の短剣が閃く。


兄さんが後退する。


距離が開いた。


「ありがとう」


「後にして!」


リズが叫ぶ。


「生き残ったら何回でも聞くから!」


「そんな約束するな!」


「え?」


「死亡フラグだから!」


「今それ言う!?」


緊張した空気の中。


クロウが吹き出した。


「確かに死亡フラグだな」


「笑い事じゃない!」


「だってお前ら漫才始めるんだもんよ」


ほんの少しだけ。


空気が緩む。


そして。


兄さんも小さく笑った。


本当に小さく。


一瞬だけ。


昔の兄さんがそこにいた。


俺は見逃さなかった。



三人で包囲する。


正面に俺。


右にクロウ。


左にリズ。


兄さんは中央。


「作戦は?」


俺が聞く。


クロウが即答した。


「殴られる前に殴る」


「雑すぎる!」


「じゃあお前考えろ!」


「今考えてる暇あるか!」


「ない!」


「ないのかよ!」


リズが肩を震わせた。


「本当に仲良いわねあんたたち」


「どこがだ!」


「完全に夫婦漫才」


「誰が夫婦だ!」


俺とクロウの声が揃う。


「息ぴったりじゃない」


「嬉しくねぇ!」


「俺も嫌だ!」


「お似合いだぞ」


「黙れ!」


三人同時に言った。


なぜか兄さんまで少し吹き出していた。


だがその笑顔はすぐ消える。


「懐かしいな」


兄さんが呟いた。


「昔もこうだった」


その言葉が胸に刺さる。


覚えている。


忘れていない。


兄さんは全部覚えている。


だから余計に辛かった。



「兄さん!」


俺は叫ぶ。


「帰ろう!」


沈黙。


「まだ間に合う!」


返事はない。


「一緒に帰ろうよ!」


兄さんは静かに目を閉じた。


そして。


「無理だ」


短く答える。


「なぜ!」


「もう戻れない」


「戻れる!」


「戻れない」


その声には絶望が滲んでいた。


「俺は交換した」


兄さんが呟く。


「取り返しのつかないものを」


空気が重くなる。


「だから」


赤い瞳が俺を見る。


「お前は来るなと言った」


「……」


「お前まで失いたくない」


その言葉に胸が締め付けられた。


兄さんは今も俺を守ろうとしている。


それだけは分かった。


だからこそ。


諦められない。



「感動の再会は終わったか?」


クロウが剣を構える。


「俺は帰る気満々なんでな」


「クロウ」


「連れて帰るぞ」


当然のように言った。


敵じゃない。


助ける対象。


そう言ってくれた気がした。


俺は少しだけ笑う。


「ありがとう」


「勘違いするな」


クロウが鼻を鳴らした。


「お前が泣き出したら面倒だからだ」


「優しいな」


「殴るぞ」


「やっぱ優しい」


「殴るぞ」


二回言った。


本当に優しかった。



「行くぞ!」


三人同時に飛び出す。


正面。


右。


左。


三方向攻撃。


兄さんは避けない。


代わりに。


赤い光が走った。


「なっ!?」


手の感触が消える。


俺の剣が。


クロウの剣が。


リズの短剣が。


一瞬で消失した。


地面を見る。


代わりに石ころが転がっている。


「交換……」


兄さんが静かに頷く。


「これが本来の交換だ」


武器を石へ。


一瞬で。


戦力を無効化する。


「反則だろ……」


クロウが顔を引きつらせた。


「そんな能力ありかよ」


「だから言った」


兄さんが答える。


「来るなと」



丸腰。


圧倒的不利。


だが。


俺は兄さんの異変に気付いていた。


肩で息をしている。


額に汗。


呼吸が荒い。


能力を使うたび苦しそうだ。


「ケイ」


リズが小声で言う。


「気付いた?」


「ああ」


代償。


交換には必ず代償がある。


兄さんも払っている。


なら。


勝機はある。


力じゃない。


工夫だ。


兄さん自身が昔教えてくれた。


『強い相手ほど頭を使え』


なら今やるべきことは。


倒すことじゃない。


救う方法を探すことだ。


「クロウ」


「なんだ」


「時間を稼いでくれ」


「作戦か?」


「ああ」


クロウが笑う。


「やっと主人公らしくなったな」


俺も笑った。


その時だった。


洞窟のさらに奥。


誰もいないはずの闇から。


声が聞こえた。


「――まだ終わっていない」


全員が振り返る。


兄さんだけが固まった。


初めてだった。


兄さんが恐怖を見せたのは。


「やめろ……」


震える声。


「出てくるな」


空気が凍る。


兄さんが怯えている。


何かに。


俺たちじゃない。


もっと別の存在に。


闇の奥で何かが動く。


ズン。


ズン。


ズン。


地面が揺れる。


兄さんが絶望した顔で呟いた。


「見せたくなかったんだ……」


赤い瞳が揺れる。


涙を堪えるように。


「お前には」


闇の奥。


巨大な影が現れる。


その輪郭を見た瞬間。


俺の全身から血の気が引いた。


ありえない。


そんなはずがない。


なぜなら。


その姿は――


俺たちが最もよく知る人物に酷似していたからだ。


そして闇の中で。


巨大な赤い瞳が二つ。


ゆっくりと開いた。

読んでいただきありがとうございます。

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