第3話 「価値の残骸」
村に入った瞬間、空気が違っていた。
音が一段だけ遠い。
レインは足を止める。
「……ここ、死んでるな」
回収屋は何も答えない。
村の中心に向かうにつれ、人の気配が薄くなる。
いるはずの場所に“いない”感覚だけが残る。
そこに、それはいた。
子供だったもの。
だが“子供”という認識が一度外れかける。
輪郭が薄い。
見ているのに記憶に残らない。
視線を外すと存在したことすら曖昧になる。
【価値低下個体:臨界状態】
視界に文字が浮かぶ。
レインは眉をひそめる。
「何だそれ……」
子供がこちらを見る。
「……だれ?」
その声は音ではなく意味だけが残っている。
レインは一歩近づく。
その瞬間、胸の奥に違和感が走る。
(これはもう“人”じゃない)
(人だった“残り”だ)
レインは小さく言う。
「交換」
空気が止まる。
世界が一瞬だけ静止する。
【対象成立:不安定】
【代償発生】
レインの視界が揺れる。
頭の奥が一瞬だけ空白になる。
「……え?」
何か大事なものが抜けた感覚だけが残る。
だがその代わりに、子供の輪郭がわずかに濃くなる。
存在が“戻りかける”。
回収屋が低く言う。
「やめとけ、それは戻りきらない」
レインは答えない。
もう一度、交換を試す。
「石と……存在安定を交換」
【交換成立不完全】
今度は成立しない。
子供の輪郭が逆に崩れる。
「……なんでだ」
レインの声が揺れる。
その瞬間、視界に光が走る。
「お兄ちゃん……」
一瞬だけ、誰かの声が刺さる。
レインは固まる。
(誰だ)
(今のは……)
次の瞬間、その“意味”が抜け落ちる。
思い出そうとしても掴めない。
子供の存在がさらに薄くなる。
消えるというより最初からいなかったように。
レインは息を止める。
「……今、何か失った」
回収屋が静かに言う。
「それが交換だ」
「救うほど、お前の中の何かが削れる」
レインは拳を握る。
「なら、全部戻せばいいだけだろ」
回収屋は答えない。
ただ村の奥を見ている。
遠くで、風が鳴った。
その音だけが妙に現実的だった。
レインの胸の奥に、声の断片だけが残る。
(お兄ちゃん)
意味は分からない。
だが消えない。
レインは小さく言う。
「……行く理由はそれでいい」
そして歩き出す。
村の外へ。
その先にある“価値の構造”へ。
(第4話へ)
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