第2話 「代償の温度」
森の空気はまだ、戦闘の余韻を残していた。
ゴブリンの死骸は風に溶けるように薄れていく。
現実だけが、少しずつ元に戻っていく感覚。
レインは立ち止まったまま、自分の手を見る。
(さっきのは……確かに“あった”)
その瞬間だった。
視界の端に、違和感が走る。
ゴブリンを倒した“記憶”の一部が、うまく繋がらない。
「……あれ?」
さっきの戦闘の細部が、抜け落ちている。
倒した瞬間の手応えだけが残り、それ以外が曖昧だ。
そのとき、背後で足音がした。
「使ったな」
回収屋だった。
レインは振り返る。
「お前、それ“普通の戦闘”じゃない」
レインは答えない。
回収屋は少しだけ視線を細める。
「交換ってのはな」
「世界の“意味”をすり替える行為だ」
レインは眉をひそめる。
「意味?」
回収屋は地面の石を蹴る。
「例えばだ」
「この石に“重い価値”があれば重くなる」
「軽い価値にすれば軽くなる」
レインは理解しかける。
(物理じゃない)
(価値そのものが現実に干渉している)
その瞬間だった。
森の奥で、小さな声がした。
「……だれ?」
レインの身体が一瞬止まる。
声の方向を見る。
そこに、小さな子供が立っていた。
だが違う。
“いるのに薄い”。
存在が、輪郭を保っていない。
回収屋が低く言う。
「それが最近増えてるやつだ」
レインは一歩近づく。
「おい」
しかし子供は反応が薄い。
まるで、言葉が届いていない。
レインは本能的に理解する。
(存在が“固定されていない”)
その瞬間、視界に文字が浮かぶ。
【対象:価値不安定個体】
【接続不可領域】
回収屋が呟く。
「触るな」
「それはもう“戻す対象”じゃない」
だがレインは動いた。
「交換」
初めて“戦闘ではない交換”。
レインは自分の“記憶の一部”と、子供の“存在の安定”。
一瞬、世界が沈む。
だが何も起きない。
沈黙。
【交換未成立】
【理由:価値の基準不一致】
レインの呼吸が乱れる。
「……できないのか」
そのときだった。
子供が、ほんの少しだけこちらを見る。
そして、かすれた声で言う。
「……おにいさん、だれ?」
その瞬間。
レインの胸の奥が、鋭く軋む。
(知らない?)
だが同時に、何かが抜け落ちる。
名前ではない。
記憶でもない。
“理由”に近い何か。
【代償:感情結びつきの一部消失】
レインは息を止める。
(今、何か大事なものが……)
回収屋が静かに言う。
「それが代償だ」
「交換は“成立した瞬間に何かを失う”」
レインは子供を見る。
存在はまだそこにある。
だが確実に“薄い”。
そのとき。
遠くで鐘の音が鳴る。
回収屋が空を見上げる。
「王都の門が近い」
レインは顔を上げる。
「王都?」
回収屋は短く言う。
「価値が固定された場所だ」
その言葉で、空気が変わる。
レインは子供を見る。
そして、静かに言う。
「……なら、そこに答えがある」
その瞬間だけ。
胸の奥の“抜け落ちたもの”が微かに痛む。
レインはそれを無視して歩き出す。
森の先へ。
王都へ。
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