第9話 「失ったまま進め」
灰色の空。
巨大な怪物。
開いた胸部。
その奥に見えた鎖の人影。
そして。
妹だけが見た巨大な影。
全てが重なり始めていた。
だが。
レインは動かなかった。
怪物ではない。
人影でもない。
記録者を見ていた。
「知ってるんだな」
記録者は答えない。
「俺の記憶を」
沈黙。
レインは一歩前へ出る。
「何を忘れた」
「なぜ忘れた」
「俺は誰だった」
今まで初めてだった。
レインが自分から記憶を追ったのは。
記録者は静かに笑う。
「知りたいか」
「知りたい」
即答だった。
頭が痛む。
妹の声を思い出せない。
過去も思い出せない。
だが。
だからこそ。
知りたかった。
記録者はレインを見つめる。
「なら教えてやる」
その瞬間。
怪物が動いた。
轟音。
胸部が閉じる。
巨大な腕が再生する。
今までより多い。
今までより巨大。
クロウの顔色が変わる。
「まずい」
怪物が変化していた。
今まで破壊された腕。
倒された腕。
その全てが融合している。
腕の一本一本に顔があった。
苦痛。
絶望。
叫び。
閉じ込められた者達。
記録者が集めた記録。
その成れの果て。
リズが息を呑む。
「こんなの……」
記録者は答える。
「忘れられたくなかった」
静かな声。
「消えたくなかった」
「だから残した」
「全員」
狂気だった。
だが。
悲しみでもあった。
その時。
リズが前へ出る。
「違う」
記録者が振り向く。
リズは震えていた。
だが。
もう逃げない。
「私は忘れてない」
空気が止まる。
「仲間を置いて逃げた」
「今でも後悔してる」
「今でも夢に見る」
「でも」
拳を握る。
「だからって縛ったりしない」
一歩前へ。
「失ったまま進む」
それがリズの答えだった。
失わないために閉じ込める記録者。
失っても守ろうとするレイン。
そして。
失ったまま生きるリズ。
三つ目の答えだった。
記録者の表情が歪む。
初めて。
本当に傷付いたように。
「黙れ」
怪物が暴走する。
無数の腕。
全方位。
回避不能。
その瞬間。
クロウが前へ出た。
「交換者!」
レインが振り向く。
クロウは胸部を指差す。
「あそこだ!」
「本体へ続く接続点!」
レインは理解する。
怪物を倒しても意味がない。
中心。
あそこだ。
その瞬間。
頭痛。
猛烈な。
世界が白く染まる。
また記憶。
白い廊下。
幼い自分。
誰かの手。
そして。
声。
『レイン』
世界が止まる。
初めてだった。
誰かが自分を呼んだ。
忘れていた名前で。
レインは膝をつく。
妹が叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
また聞こえない。
声が分からない。
だが。
一つだけ分かった。
あの記憶の人物。
妹ではない。
別の誰かだ。
記録者が目を細める。
「思い出したか」
レインは立ち上がる。
「少しだけな」
額から血が流れる。
だが。
笑う。
「だから取り戻す」
今度は受け身じゃない。
自分の意思。
自分で追う。
記録者の顔から笑みが消える。
初めてだった。
レインが前へ進み始めたのは。
その瞬間。
妹が空を見上げる。
顔色が変わる。
「またいる」
全員が振り向く。
遥か上空。
巨大な影。
今度は消えない。
じっと。
こちらを見ていた。
記録者ですら沈黙する。
クロウも凍る。
そして。
怪物が。
初めて恐怖した。
第二章最大の異変が。
ついに姿を現そうとしていた。
(第10話へ)
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