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第3話 「三年間の嘘」

漆黒の腕。


それは空の裂け目からゆっくりと伸び続けていた。


巨大。


あまりにも巨大。


地平線の向こうまで続いている。


生き物なのか。


世界そのものなのか。


誰にも分からない。


ただ一つ。


本能だけが理解していた。


近づいてはいけない。


リズが叫ぶ。


「走れ!」


全員が走り出す。


灰色の砂が舞う。


背後では漆黒の腕が大地に触れていた。


その瞬間。


何も起きない。


いや。


逆だった。


灰色世界そのものが沈んだ。


地面が歪む。


空間が潰れる。


存在そのものが押し潰されるような感覚。


レインの呼吸が止まりそうになる。


「何なんだよ……あれ」


クロウが低く呟く。


「俺も知らない」


レインが振り向く。


初めてだった。


クロウが知らないと言った。


「知らない?」


「ああ」


クロウは苦笑する。


「元監査官だった俺でもな」


「価値世界は外側を見ようとしなかった」


「いや」


「見られなかった」


レインは黙る。


つまり。


勇者制度すら把握していない世界。


それが今目の前にある。


その時だった。


リズが突然立ち止まった。


「……来る」


レインは反射的に周囲を見る。


だが何もいない。


しかし。


妹だけが同じ方向を見ていた。


「いる」


次の瞬間。


砂の中から何かが飛び出した。


人影。


黒い外套。


痩せた身体。


そして。


顔がない。


そこには何もなかった。


レインは咄嗟に交換を発動する。


対象。


自分と敵の距離。


代価。


足の感覚。


世界が軋む。


一瞬で距離が入れ替わる。


敵の背後へ移動。


そのまま蹴り飛ばす。


黒い人影は転がった。


しかし。


立ち上がる。


何事もなかったように。


そして。


初めて喋った。


「発見」


声は妙に幼かった。


「三人」


「いや」


「四人」


妹を見る。


クロウを見る。


リズを見る。


そして。


レインを見る。


「交換者」


レインの顔色が変わる。


なぜ知っている。


黒い人影は続ける。


「報告対象」


「捕獲対象」


「優先対象」


そして。


首を傾げた。


「嬉しい」


全員が固まる。


感情。


今。


感情を見せた。


黒い人影は笑った。


顔はない。


なのに。


確かに笑ったと分かった。


「久しぶり」


「生きてる人間」


その言葉で。


レインは理解する。


こいつは怪物じゃない。


元は人間だ。


その時だった。


リズが震え始める。


レインが振り向く。


明らかに様子がおかしい。


「おい」


リズは答えない。


目だけが黒い人影を見ている。


そして。


小さく呟いた。


「……嘘だ」


レインが眉をひそめる。


「知ってるのか」


沈黙。


やがて。


リズが口を開いた。


「三年前」


「私は一人じゃなかった」


世界が止まる。


「え?」


リズは笑った。


泣きそうな顔で。


「仲間がいた」


「五人いた」


レインは言葉を失う。


今まで。


三年間一人だった。


そう言っていた。


嘘だった。


「みんな死んだ」


リズは拳を握る。


「……あいつに」


黒い人影が首を傾げる。


「リズ」


全員が固まる。


名前を呼んだ。


「久しぶり」


「まだ生きてたんだ」


リズの顔から血の気が引く。


そして。


レインは初めて見る。


彼女の本当の顔を。


強い少女。


明るい少女。


うるさい少女。


全部違った。


本当は。


仲間を守れなかった少女だった。


その瞬間。


レインの中で何かが決まる。


妹を助けた。


だが。


終わっていない。


失った記憶。


価値世界の真実。


この世界の外側。


全部知る。


全部取り返す。


レインは静かに言った。


「決めた」


クロウが振り向く。


妹も見る。


リズも見る。


「俺は」


「記憶を取り戻す」


「そして」


「この世界の真実を全部知る」


初めて。


第2章の目標が言葉になる。


その瞬間。


黒い人影が笑った。


「面白い」


そして。


空を見る。


漆黒の腕。


さらにその向こう。


何かを見上げるように。


「じゃあ」


「君たちはすぐ死ぬ」


次の瞬間、大地が割れた。


黒い人影の背後から。


さらに巨大な影が姿を現す。


第二章最大の戦いが始まろうとしていた。


(第4話へ)

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