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第12話 「価値の外側」

白い扉が開く。


ゆっくりと。


まるで世界そのものが躊躇っているように。


レインは足を踏み出した。


その先は広い空間だった。


白い。


どこまでも白い。


床も壁も天井もない。


ただ白だけが続いている。


そして。


その中心に、一人の少女が立っていた。


銀色に近い黒髪。


肩まで伸びた髪が静かに揺れる。


少しだけ眠そうな目。


泣きそうなのに笑おうとしている顔。


レインの胸が締め付けられる。


知っている。


知っているはずなのに。


名前以外が思い出せない。


どんな遊びが好きだったのか。


どんな声で笑ったのか。


何を話したのか。


全部失っている。


だが。


少女は微笑んだ。


「お兄ちゃん」


その瞬間。


世界が止まる。


レインの目から涙が落ちた。


なぜ泣いているのか分からない。


それでも。


目の前の少女が大切だということだけは分かる。


「……会えた」


少女が頷く。


「うん」


「待ってた」


その短い言葉だけで十分だった。


ここまで失ったもの。


ここまで積み重ねた代償。


全部が繋がる。


だが。


勇者本体は止まらない。


【最終判断開始】


白い空間全体に声が響く。


【保管対象回収】


【異常個体排除】


妹の表情が曇る。


「まただ」


レインが振り向く。


「また?」


少女は小さく頷く。


「ずっと繰り返してる」


「価値が足りない人」


「不要だと決められた人」


「みんなここから消えていった」


レインは息を呑む。


価値ゼロ。


追放。


監査官。


勇者制度。


全部が繋がる。


これは人を守る制度ではない。


人を選別する制度だ。


その瞬間。


勇者本体が言う。


【選別は合理】


【世界維持に必要】


恐怖も怒りもない。


ただ結論だけがある。


だからこそ恐ろしい。


レインは静かに笑った。


「そうか」


「だったら俺は」


「その世界の外側に行く」


勇者本体が沈黙する。


初めて。


完全な沈黙。


そして。


【理解不能】


レインは妹の手を握る。


温かい。


初めて実感する。


ここにいる。


生きている。


その瞬間だった。


回収屋が前に出る。


「ようやく役目を果たせる」


レインが振り返る。


回収屋は初めて笑った。


「俺の名前はクロウだ」


「元・価値監査官」


世界が止まる。


「何?」


クロウは肩をすくめる。


「昔は俺も、あっち側だった」


「だから知ってる」


「この世界の基準は間違ってる」


そして。


懐から古い鍵を取り出す。


白でもない。


黒でもない。


灰色の鍵。


「価値の外側へ行く扉だ」


勇者本体が初めて反応する。


【危険】


【危険】


【危険】


空間が崩壊し始める。


価値核が震える。


監査官たちが起動する。


世界そのものが排除を始める。


だが。


レインは笑う。


「交換」


対象:価値核の存在固定


代価:妹との最後の思い出


胸が裂ける。


思い出す。


幼い頃。


雨の日。


妹と半分ずつ食べた焼きたてのパン。


たった一つ。


最後まで残っていた記憶。


それが消える。


完全に。


だが交換は成立する。


世界が揺れる。


価値核に初めて亀裂が入る。


勇者本体が叫ぶ。


【理解不能】


【理解不能】


【理解不能】


そして。


白い世界が崩れる。


レインは妹の手を握ったまま走る。


クロウが叫ぶ。


「行け!」


灰色の扉が開く。


その向こうには。


白でもない。


黒でもない。


未知の世界が広がっていた。


妹が笑う。


「お兄ちゃん」


レインも笑った。


「今度は絶対に離さない」


そして三人は飛び込む。


崩壊する価値世界の外側へ。


背後で勇者本体の声が響く。


【異常個体逃亡確認】


【第二監視層起動】


【世界再構築開始】


その言葉だけを残して。


白い世界は閉じた。


第1章 完

読んでいただきありがとうございます。

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