第11話 「忘却の代価」
妹の座標が確定した。
勇者本体の内部。
世界の中心。
価値の基準そのものの中。
レインは立ち尽くしていた。
今まで探していた。
ずっと。
価値ゼロと呼ばれても。
追放されても。
世界そのものを敵に回しても。
全部。
妹を取り戻すためだった。
なのに。
思い出せない。
レインは眉をひそめる。
(……何だ)
胸が痛む。
大事なものを失った感覚。
だが何を失ったのか分からない。
妹。
その言葉だけは覚えている。
だが。
顔が浮かばない。
声も曖昧だ。
どんな笑顔だったか。
何が好きだったか。
思い出せない。
交換の代償。
価値核。
勇者本体。
監査官。
ここまで来るために繰り返した交換。
その積み重ねが。
記憶を削っていた。
回収屋が静かに言う。
「気づいたか」
レインは答えない。
「交換は等価じゃない」
「世界は必ず一番大事なものから持っていく」
レインの拳が震える。
妹を助けるために。
妹を忘れていく。
その矛盾。
初めて。
代償が現実になる。
その瞬間だった。
勇者本体が語りかける。
「理解不能」
いつもの無機質な声ではない。
微かな揺らぎ。
感情に似たノイズ。
「なぜ進む」
レインは顔を上げる。
「妹がいるからだ」
勇者本体が答える。
「記録確認」
「対象の記憶は既に欠損」
間。
「それでもなお執着する理由は何だ」
初めて。
勇者本体が“問い”を投げる。
それはシステムではない。
理解しようとする行為だった。
レインは笑う。
「知らないな」
本当に分からない。
顔も思い出せない。
声も曖昧だ。
それでも。
胸の奥だけが叫んでいる。
助けなければならないと。
勇者本体が沈黙する。
そして。
「非合理」
そう呟いた。
その瞬間。
世界が動く。
【異常個体:排除許可】
塔全体が震える。
価値核が再起動する。
監査官。
価値監査官。
勇者候補。
補佐官。
無数の存在が起動していく。
回収屋の顔色が変わる。
「まずい」
「本気だ」
今までは観察。
評価。
再分類。
だが違う。
今から始まるのは。
排除。
レインの周囲が閉じていく。
可能性が削られる。
逃げ道が消える。
未来が狭くなる。
勇者本体が言う。
「異常値」
「価値体系維持のため排除する」
レインは前を見る。
妹の座標。
あと少し。
本当にあと少しだ。
そして。
交換。
対象:自分と妹の距離
代価:妹との思い出の一部
世界が止まる。
胸が引き裂かれる。
何かが消える。
大切だったはずの記憶。
もう戻らない記憶。
レインは思わず膝をつく。
頭痛。
吐き気。
喪失感。
回収屋が叫ぶ。
「やめろ!!」
だが。
交換は成立する。
妹の座標が急激に近づく。
あと一歩。
その瞬間。
聞こえた。
今までで一番はっきりと。
「お兄ちゃん」
涙が落ちる。
なぜ泣いているのか分からない。
だが。
止まらない。
そして。
勇者本体が初めて感情らしきものを見せる。
「理解不能」
「理解不能」
「理解不能」
世界が乱れる。
価値核が揺らぐ。
レインは立ち上がる。
目の前には。
勇者本体の最深部。
妹がいる場所。
そして。
最後の壁が現れる。
巨大な白い扉。
世界の基準そのものが形になったような扉。
勇者本体が告げる。
「最終隔離領域」
レインは静かに笑う。
「開けるだけだ」
扉の向こうから。
妹の声がする。
「待ってる」
そして。
白い扉がゆっくりと開き始めた。
(第12話へ)
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