〈9-9〉小さな輝き
時計塔の魔力が段々と薄れ、ホラの身体が小さな粒子に包まれていく。
この街の最後の時が来る。
「………………」
リゼットはただその姿を見つめていた。
ホラはやがて微かに笑みを浮かべると、小さく口を開く。
「お前は、何を背負っている」
「………………」
それはまるで、リゼットの心を見透かすような一言だった。
その声に、彼女は目を細める。
「俺ならわかる。その目、なにか大きなものを背負っているな」
リゼットはただ悲しそうに視線を落とした。
背負っているもの、それは自分自身。
まだ誰も知らない、リゼットという少女の過去。
しばらくして、リゼットはホラへと視線を向けて口を開く。
「………………私は───」
誰にも言えない。
自分も、受け入れたくない。
これを受け入れてしまったら、これを知られてしまったら、自分はきっと普通じゃなくなってしまうから。
けれど何故だろう。
少しづつ、自分を受け入れて欲しいとまで思えていた。
そして少しの静寂の後、リゼットは小さく口を開いた。
「そうか…………」
ホラはただ、静かに頷くだけだった。
そしてリゼットは言葉を続ける。
「………………私は、呪われているから」
「それは違うぞ」
「………………え?」
リゼットの一言に、ホラが口を挟む。
「それは、呪いなどでは無い」
「……………………じゃあ、なに」
「いずれわかる時が来るさ……」
そう言い残すと、ホラの姿は淡い粒子となって消えていった。
何も無かったはずの空間の景色が、古びた一室へと形を変える。
きっとこれが、本来の時計塔の内部なのだろう。
今にも壊れてしまいそうな椅子には、一体の白骨が座っていた。
纏っているのは、先ほどまでホラが着ていたものと同じ服。
長い年月によって色褪せ、ところどころが朽ちている。
「………………」
もう、そこにホラの姿はない。
時計塔から溢れていた魔力も、もう完全に消えたようだ。
「……………………」
ホラが最後に残した言葉が胸の奥で巡る。
いずれわかる時が来る。
ずっと呪いだったと思っていたものの真実が、きっと分かると。
「………………呪いじゃない…」
そう呟くと、リゼットは静かに時計塔を降りていった。
そして
止まっていたシャルルマーニュの街の時間が再び動き出す。
今日この日がこの街の最後の日であることなど誰も知らず、人々は普通の日常を過ごしている。
シキたちは変わらずアーカーシャ教団について聞き周る。
そして
「大丈夫。私がついてるわ」
「わ、わかりました」
スピカはルーナに魔法を教えるため、路地裏の奥へと歩みを進める。
初めてであった日に交わした約束。それを果たすために。
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「想像して詠唱する。そして魔力を込めて作り出す。それを頭の中で繋ぎ合わせるだけ。聞くだけなら簡単なように見えるけど、実践するとなると難しいわ。だからゆっくりやっていきましょ」
「はい」
「まずは手本を見せるわ」
スピカは手のひらを前に出すと、そこに小さな氷の塊を作り出す。
「これが魔法よ」
「き、綺麗…………」
スピカの作り出した氷の輝きに、ルーナは目を奪われたようにその瞳を輝かせる。
「そして、射出する」
スピカは小さな氷を壁に向かって放つ。
放たれた氷は壁にぶつかり、粉々に砕け散った。
「ルーナ、まずはやってみましょ」
「は、はい!」
それからスピカとルーナの魔法の特訓が続いた。
「もっと集中して」
「はい!」
「想像力が足りないわ。何を作り出したいのか、それをイメージするのよ」
「や、やってみます!」
「段々上達してきてるわ。これを繰り返して、形にしていきましょ」
「わかりました!」
スピカはただひたすらに魔法を出そうとするルーナに、過去の自分を重ねる。
あの日の師匠もきっと、今の自分と同じ気持ちだったのだろう。
何度失敗しても、もう一度と言われた。
何度倒れても、立てと言われた。
あの頃は、ただ厳しい人だと思っていた。
けれど、今なら少しだけ分かる。
あの人はきっと、自分ならできると、最後まで信じていたのだ。
何度も何度も失敗して、どれだけ倒れそうになってもひたすらに魔法を繰り出そうとする。
そんなルーナの、本気で夢の先を見つめる瞳に、スピカはただ静かに微笑んだ。
しかし、ルーナの魔法は何度繰り返しても形にならなかった。
手のひらに魔力を集めることはできる。
けれど、そこから先へ進めない。
「あっ……」
形になろうとしていた氷が再び霧散する。
「もう一回……!」
「ルーナ、少し休んだ方がいいわ」
「大丈夫です!」
「無理は良くないわよ」
「それでも、それでもやりたいんです!もう一回やらせてください!」
ルーナは再び手を前へ出した。
その姿に、スピカは言葉を失う。
何度失敗しても、何度できないと言われても、諦めない。
「なんだか、似てるわね……」
「え?」
「いいえ、なんでもないわ」
スピカはルーナの隣へ立ち、彼女の小さな肩に手を添える。
「一緒にがんばりましょ」
「はい!」
繰り返し、繰り返し、何度も何度も繰り返し
そして気がつけば夕暮れ時になっていた。
そして
「す、す、スピカさん!!」
「ええ。ちゃんと見てたわよ」
ルーナの手のひらには小さな氷が形成されていた。
それは、ルーナにとって他の何よりも眩しい輝きを放っていた。
「出来た……出来ました!!」
初めての魔法に目を輝かせ、それを見つめるルーナ。
それはほんの小さな氷の塊だったとしても、彼女にとっては大きな一歩だった。
「見てくださいスピカさ……」
その途端、スピカがルーナの体を抱きしめる。
「す、スピカさん……?」
「よく頑張ったわね。よく、諦めなかったわね。凄いわ。本当に本当に、本当に偉いわ。ルーナ」
スピカはルーナの頭を優しく撫でると、静かにその姿を見つめて微笑む。
まるで、あの日師匠から受けた不器用な愛を返すかのように。
「これが…魔法…………」
輝きの止まない瞳でルーナは自分の作り出した氷をただ見つめていた。
ここからもっと上達したい。
もっと魔法を使えるようになって、いつかデリタスにも負けないくらい強くなりたい。
その夢のために、もっと頑張りたい。
ルーナがそう思った
その時だった。
「えっ…………」
「る、ルーナ!?」
ルーナの身体が小さな光に包まれ始める。
その瞬間、ルーナの中に様々な記憶が流れてきて、そして彼女は全てを知った。
今日この日、この街は滅ぼされたのだと。
そしてその崩壊の中で、自分は既に死んでしまっていたことも。
「スピカさん、ごめんなさい……」
ルーナは全てを話した。
「……………………」
スピカはただその言葉を黙って受け止めた。
静寂の中、ルーナの身体が小さな粒子となって消え始める。
「でも、最後にスピカさんに出会えて、ずっとずっと夢見てた魔法を使えるようになって、本当に嬉しかったです」
「……っ!」
スピカの瞳から思わず涙が溢れる。
「今日この日、私はあなたに救われました。日陰で過ごすしか無かった私を変えてくれたのは他でもない、スピカさんです。だから、だから今日のことは死んでも忘れません」
「ありがとう、ルーナ」
「お礼を言うのは私の方です。それと……」
ルーナは少しだけ視線を落とし、再びスピカを見つめる。
「もし私みたいな人がいたら、救ってあげてください。スピカさんならきっと救えるはずですから」
ルーナの言葉に、スピカは静かに瞳を閉じて頷く。
そして
「スピカさんに支えてもらえて嬉しかったです。ありがとうございました!」
その言葉を最後に、ルーナは粒子となってその姿を消した。
周囲の街並みも崩壊したものになり、さっきまで見ていた景色は全く違うものへと変わる。
「私はきっと、誰かを支えられる人になれたのかしら……」
スピカは静かに空を見つめる。
一雫の涙が、そんな彼女の頬を伝った。
「ありがとう、ルーナ」
彼女は小さな粒子が舞う空を見つめ、ただ小さく呟いた。




