〈9-7〉時の選択
リゼットが開いた扉の先。
そこに広がっていたのは、辺り一面が白に囲まれた、まるで無の世界。
しかし同時に、間違いなく魔力はここから溢れている。
「………………」
リゼットは小さく息を飲み、一歩足を踏み入れる。
何も無い世界をただ一人歩く。
リゼットはふと後ろを振り向くが、扉は確かに遠ざかっていくことを確認。
「…………巻き戻しは、発動してない」
リゼットはそれを認識すると、まるでどこまで続いているのかすらわからない空間を一人歩き続ける。
何十と歩いても変わり映えのない景色に、リゼットは魔法で宙へと浮かぶ。
しかし、どれだけ高く飛んでも天井に当たることは無く、周囲を見渡しても同じ空間が広がるだけ。
下を見ても、自分が立っていたはずの白い地面がどこまでも続いていた。
「………………」
空中でリゼットは考える。
永遠に続く白い空間、ここから放たれる魔力。
時間が巻き戻る魔法は、時間停止で上書きしているため巻き戻っていることはまず有り得ない。
本当に、ただ何も無いだけなのか。
リゼットは静かに地へと降り、扉の前へと戻ろうとする。
この部屋に入ってからどのくらい歩いただろうか。
時間停止の魔法を使いながらだと余計に体力を消耗する。
彼女が扉へと足を進める最中、ふと違和感に気が付く。
「…………………距離が、縮まらない」
ここへ来た時は巻き戻しの影響は受けていなかった。
事実、扉はリゼットの遠く後方にある。
けれど、まるでこの世界に閉じ込められたかのように戻ることができなくなっていた。
「……………………」
リゼットは目を細め、再び考え始める。
白い世界、時間魔法、時計塔、そして巻き戻し。
この世界には今彼女一人しかいないはずだ。
何度も何度も思考を巡らせ、そして
「……………………魔法」
ここから溢れる魔力の存在に気付く。
リゼットはこの部屋の中に魔導書があるか、もしくは魔術師がいるのだと思っていた。
だが、違う。
この世界そのものが魔法で構成された世界。
言うならば、永遠の時の世界とでもいったところだろうか。
そしてここは現実の世界とは全く違う別の世界。
所謂、心象世界と呼ばれるもの。
この世界を突破する方法はただ一つ。ここにかかっている魔法そのものを解けばいい。
「………………」
リゼットは手を前に出す。
「………………演算反転」
そして、魔法そのものを逆算してうち消そうとしたその時
「消すのか?」
「………………っ?」
どこからとも無く聞こえた不思議な声。
リゼット以外誰もいないはずの場所から突如として聞こえたその声に、彼女は周囲を見渡す。
「この魔法を、消すつもりか?」
声のなる方向。
リゼットは後ろを向くと、そこには一人の青年が腰掛けていた。
「…………だれ」
リゼットは突然現れたその姿に動揺しつつも、彼が誰なのかを尋ねる。
「名などどうでもいい。お前はこの魔法を打ち消すつもりか」
「………………うん」
「この街が壊れると、知ってもか?」
「………………え?」
この街が壊れる。それは、リゼットが考えもしていなかったことだった。
彼女はただここに眠る魔力の正体を知るために来た。
しかし、それを知るということはこの街の運命を知ることになる。
「………………この魔法を解いたら、どうなるの」
「それはお前もわかるだろう。止まっていた時間が再び進み始める」
「……………………それは知ってる。進んだら、どうなるの」
「それはお前の目で確かめろ」
そう言うと青年は指を鳴らし、そしてこの空間そのものがシャルルマーニュの街へと変わる。
しかしその街の光景は、彼女が足を踏み入れた時とは全く違う悲惨な光景だった。
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リゼット達が辿り着く前。
シャルルマーニュの街は、既に崩壊していた。
瓦礫と化した建物。
崩れ落ちた時計塔。
人の声一つ聞こえない大通り。
来た時には多くの人々が行き交っていたであろう街には、もうその面影すら残っていなかった。
「………………」
その光景を、リゼットはただ静かに見つめる。
昨日、自分達が歩いた街とは全く違う。
シキが食べ物を求めて走り回っていた大通りも、ヴェーターやラミアと共に覗いた店も、何もかもが壊れている。
「…………これが、シャルルマーニュ?」
小さく呟くリゼットの声が、今は嫌なほど大きく聞こえた気がした。
「………………っ」
青年が再びリゼットの前に姿を表す。
「これが…」
青年はリゼットの瞳を見つめ、言う。
「これが、シャルルマーニュの本来の姿だ」
言葉が出なかった。
活気溢れていたはずの街の現実は、その面影すら無い崩壊した街だということに、どう感情を表にしていいのかわからなかった。
「………………何が、あったの」
「アーカーシャ教団だ」
「……………………また、アーカーシャ教団…」
やはりと言うべきか、リゼットはその名を復唱する。
そんな彼女を見つめながら、青年は言葉を続けた。
「この街は既にアーカーシャ教団の手によって滅ぼされている。統括者は聖天の魔術師ヴェルテクス。最初こそセフィラの魔術師の第一席がこの街に来たと街の人々の声は歓喜に溢れていた。だが…………」
青年は震える拳を握りしめ、俯く。
「だが、その歓喜は束の間のものだった。あいつは魔法は悪だの、世界を作り替えるだのとわけのわからぬ事を言い、そしてこの街を滅茶苦茶にした」
俯く青年の瞳から、少しずつ涙が流れていく。
「俺は何をすることもできなかった。時間を止めても、巻き戻しても、運命というものは決して変わらない。一日時間を戻したところで、外からの干渉まで変えることはできない。ヴェルテクスが死した今も尚、この街にあった運命が変わることは決して無い。だからいっその事、平和だった一日を永遠に繰り返すことに決めた」
「……………………一日を、繰り返す?」
「あぁ。お前は感じなかったか?この街の違和感に」
「……………………最初からここの魔力が気になって来たから、わからない」
「そうか……」
青年はリゼットを見つめる目を細める。
そして彼女に再び問う。
「この永遠の平和を続けるか、それとも悲惨な現実になってでも進むか。お前なら、この魔法を解除することくらい簡単だろう」
そう言われたリゼットは視線を下へ落とす。
もしこのまま魔法を解いて時間を進めてしまったら、この街は崩壊してしまう。
けれど、永遠の時間を生きる人々は本当に幸せなのだろうか。
昨日あったことも、思い出も、何もかも全て忘れてしまう。
ただ一日の時間だけが永遠に繰り返される。
果たしてそれは本当に平和なのだろうか。
「…………………………」
この現実を目にして、リゼットは本当に正しい選択が分からなかった。
どうするべきなのか。
本当にこのまま永遠の時間を続けるべきなのか。
考える時間は今しかない。
この街に来て一日がたった以上、自分もこの巻き戻しの中で生きることになる。
そうなると今ここであった出来事は全て忘れてしまう。
「…………………このままの方が…」
その途端、リゼットの中に旅の記憶が流れる。
崩壊したアストルフォが、老人の最後を看取ったマルクシオが。
残ったものは悲惨な現実だけでは無い。
それは、ごく小さな光のようだったとしても、確かにそこに夢はあった。
「…………………………」
リゼットはそっと胸に手を当て、そして再び青年を見つめる。
「………………私は…」
彼女のその瞳に、迷いはなかった。




