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WitchDoll〜傀儡人形は夢を見る〜  作者: うつろ
Chapter-9【シャルルマーニュ編】

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〈9-6〉時計塔の謎

路地裏で出会った少女、ルーナ。

昨日出会ったばかりのはずの彼女の記憶から、スピカの存在が全て抜け落ちていた。


「一つ聞いてもいいかしら?」

「は、はい」


未だ警戒するルーナへ、スピカはなるべく刺激しないように問いかける。


「昨日のこと、覚えてる?」

「昨日……ですか?」

「ええ。昨日、あなたはここにいたでしょう?」


ルーナは少し考えるように俯く。


「いました……」

「なら、昨日ここで何があったか教えてくれる?」

「何、が……」

ルーナは困ったようにスピカを見つめる。


「いつもと同じです。朝起きて、ゴミ箱からご飯を漁って、それから……………」

途端にルーナが顔を伏せた。

そんな彼女の頭に、スピカは静かに手を置く。

「もう、大丈夫よ」


おかしい。

スピカは昨日、間違いなくこの場所でルーナと出会った。

デリタスに襲われていた彼女を助け、そしてルーナの夢を聞いた。


強くなりたい。


自分を虐げ続けてきた相手に、いつか自分の力で立ち向かいたいと。

だからスピカは、今日ここに来て魔法を教えると約束した。


しかし、ルーナはそれを覚えていない。

それどころか、まるで記憶が丸ごと塗り替えられたかのようにスピカとのやり取りが抜け落ちていた。


「デリタスは?」

「え?」

「昨日、あの男に何かされなかった?」

スピカは氷漬けになっているデリタスへ視線を向ける。

その姿を見たルーナの身体が僅かに震えた。


「いつも通りです」

「いつも通り?」

「殴られて、蹴られて……。でも、それだけです」


どれを尋ねても、やはり彼女の口からスピカを思わせる言動は見られない。

「途中で誰かに助けてもらわなかった?」

「いいえ」

「天球魔法という言葉は?」

「…………?」


スピカは一連の流れをルーナに確認する。

その反応だけで十分だった。


本当に知らない。


ルーナは嘘をついているわけでも、冗談を言っているわけでもない。

彼女の中には、昨日のスピカが存在していない。

「そう……」

思わず声が漏れる。


記憶に関係する魔法か、それとも別の何かか。

しかし、スピカを忘れているのはルーナだけではない。

デリタスも同じだった。


偶然二人だけが同じ記憶操作を受けたとは考えにくい。


「分からないわ……」


考えても答えは出ない。

それならばと、スピカは再びルーナへ視線を戻した。

「ルーナ」

「は、はい」

「私のことは、今は知らなくていいわ」

「え?」

スピカの言葉に、ルーナは一瞬戸惑うような表情をする。


「あなたにとっては初対面なんでしょう?だったらもう一度、最初から話せばいいだけよ」


スピカはそう言うと、ゆっくりとルーナの前へしゃがみ込む。

そして昨日と同じようにルーナへ手を差し伸べた。


「あなた、これからどうしたい?」

「これから?」

昨日と同じ問い。

スピカは昨日も、こうしてルーナへ手を差し伸べ、同じことを尋ねた。


そして

「私は……もう…………」

「っ!?」


その瞬間、全てが止まった。


ルーナの言葉だけではない。

スピカも、ルーナも、それどころか街全体の空気そのものが、凍りついたかのように止まる。


それはまるで、時が止まったかのように。


スピカもルーナも、それから少しも動くことはなかった。




─────────────────────




少し前。

「………………」

時計塔の内部へと侵入し、魔力の根源へと向かうリゼット。

塔の内部では螺旋状の階段が長く続いており、頂上には小さな扉がひとつだけある。


「………………頂上」

リゼットが見つめる先、そこから魔力が漏れ出す。


一歩、また一歩と、リゼットは階段を上がっていく。

人形を抱きながら、ただ一点を見つめて。


しかし

「……………………?」

リゼットはある違和感に気がついていた。


何歩歩いても、頂上に辿り着けない。

まるで何度歩いても振り出しに戻されるかのように、気がつけばリゼットは一歩も進んでいなかった。


「………………戻されてる」


これは魔法だ。

リゼットは解析する。そして、時計塔の頂上から溢れ出る魔力の正体を察した。


「………………時間魔法…」


時間魔法。

それはその名の通り、時を操る魔法。

リゼットは塔の中に入った瞬間から魔法にかかっており、階段を登る度に時間が永遠に巻き戻されていた。


「…………」

リゼットは小さく見える扉に、目を細める。


時が戻っていく。

いくら歩いても、風魔法で飛んでも、最終的には最初の地点に戻されていく。


リゼットは一度立ち止まり考える。

この時戻しを突破する方法を、そして頂上の部屋へと辿り着く方法を。


そして

「………………上書き…」

リゼットが小さく呟く。

もしこの時間魔法がなんらかの条件で発動するのであれば、その瞬間に魔法を上書きしてしまえばいい。


「…………目印は、これで」

その条件を探るため、リゼットは階段を一歩進む度に人形を複製して置く。

一歩進む度に一体。また一歩進み、また一体。

リゼットはその度に後ろを振り返り、置いた人形がそこに残っていることを確認する。


そして

「………………戻った」

リゼットが人形を置こうとした瞬間、先程まで置いてあった人形が全て消えているのが視界に入る。


すぐ後ろにあるはずの人形が全て消えている。

時間が巻き戻ったということだ。


しかし、リゼットは置いた人形の数を全て数えていた。

「……………………十二歩」

リゼットが最後に覚えている数字。

十二体目の人形を置くところまでは、確かに時間は進んでいた。

そして、十三歩目。

そこで全てが戻された。


つまり、十三歩目を踏み入れる瞬間に対処すればいい。


「………………シキなら、なんとなくで、わかったのかな」


ふと魔法大祭の迷宮での出来事を思い出しながら、小さく微笑む。

とても難解なようで、すごく単純。


迷宮の時と同じ、考えてみればすごく簡単な解だ。


「………………行こう」

リゼットは再び階段を歩み進めた。

そして十三歩目を踏み出そうとした時、時間が巻戻ろうとする。


しかし

「………………この魔法なら、使える」

リゼットその瞬間、時間魔法のさらに上からかけるように時間魔法を発動する。


「……………………時間魔法《テンプス》」


その瞬間、リゼットが時間を停止させる。

街行く人々の声も、調査を進めるシキやアルケー達も、そしてスピカとルーナのやり取りをも全て。


「………………これで、行けるはず」

リゼットは確かめるように十三歩目を踏み出すと、そのまま後ろを確認する。


置いた人形がそのまま残っている。

つまり、上書きすることに成功したということだ。

「………………ふぅ」

リゼットは静かに一息つくと、そのまま階段を登り進める。


長く続く螺旋階段を登った先に待つ小さな扉。そしてその奥から伝わってくる魔力。


「……………………」

リゼットは小さく息を飲む。

そして静かにドアノブに手をかけ、扉を開いた。


「………………え?」



停止する時間の中でただ一人、リゼットだけがこの街の運命を大きく動かそうとしていた。

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