〈5-6〉崩れゆくもの
夢、希望、覚悟、勇気。
それは、決意と共に姿を表すと同時に、いとも簡単に打ち砕かれてゆくもの。
リゼット達はガヌロン王国街の宿の中で、ただ黙って座り込む。
セフィラの魔術師第一席、彼の圧倒的な威圧が未だに頭から離れない。
いつもならアルケーが闘志をその瞳に宿し、シキが面白そうだと笑い、スピカが冷静になり…………。
と、そんな空気はもうどこにもなかった。
窓から風が吹く。まるで五人の気持ちを攫っていくように、ただ静かに。
静寂の空気の中、スピカが少しだけ口を開こうとするも、その先の言葉が出てこない。
大丈夫とか、そんな簡単なことは今は言えない。言ってはいけない気がしていた。
スピカはその頭をできる限り回転させ、思考する。
セフィラの魔術師、裏切り者、メルゴ、ゲラーテ、そしてヴェルテクス。
考えて、考えて、考えて、そしてたった一つの疑問点に到達した。
「────アーカーシャ教団」
その一言に、全員がスピカへと視線を向ける。
「そうよ、アーカーシャ教団について私達は何一つ知らない」
それは、セフィラを倒すことだけを考えていて頭から抜けていたことだった。
五人はまだアーカーシャ教団について何も知らない。目的も、人数も、行動も、何一つ知らない。
つまり、調べれば自ずと彼らの行動範囲が見えてくるはずだ。
「じゃあじゃあ!!アーカーシャ教団について調べればいいんだね!!!」
「……………………多分」
もしスピカの仮説が正しければ、裏切りのセフィラは全員アーカーシャ教団の一員ということになる。
そして、それはゲラーテも同じ。
ならばゲラーテを追ったメルティはアーカーシャ教団と関係のある場所に向かったと考えるのが妥当だった。
「よし!じゃあ早速情報収集だ!!俺たちの割り当ては前回と同じでいいよな?」
「ええ、構わないわよ」
ヴェルテクスの姿を見て感じた絶望。
けれど、今ここで立ち止まっている時間なんてどこにも無い。
そしてそれは、小さな光のようなものなのだろう。それでもリゼット達はその小さな光に縋り付く。
それぞれの目的と夢のために。
ガヌロン王国街。
リゼット達は街の人々にアーカーシャ教団についての情報を聞きまわる。
幸いここはアーカーシャ教団と深く関わりのある王国らしく、ありとあらゆる情報が飛び交っていた。
「アーカーシャ教団はね、私たちのような貧民を救うために設立された教団なのよ!」
「アーカーシャ教団は正義だ。魔法で虐げる者たちに裁きを下す、まるで神のような存在だよ」
「知ってるわよ!アーカーシャ教団。なんせあのセフィラの魔術師様もいるんですってね!!!」
メルティとゲラーテの情報とは大きく違い、アーカーシャ教団の名を出すだけで次々と情報がその耳に入ってくる。
そして
その中でも、特に有益な情報が一つあった。
それは、アーカーシャ教団を設立したのは司祭長、オルド大国国王、そして冥淵の魔術師アビスの三人であることと、セフィラの魔術師は元々アーカーシャ教団の下部組織として作られた存在だということ。
つまり、セフィラの魔術師というのはアーカーシャ教団の一部というわけである。
ある程度の情報を聞き回った夜、リゼット達は再び宿へと戻っていた。
「セフィラの魔術師とアーカーシャ教団……まさかそんな関係があったなんて……」
スピカが額に手を当て、考える。
今まで魔術師の頂点として君臨していたセフィラの魔術師。それぞれがその程度の認識だった。
しかしその実態は、元々アーカーシャ教団の下部組織として設立されたものだったという事実に驚きを隠せなかった。
「一体この世界の底には何が眠っているの……」
底知れぬ世界の秘密に、スピカはただ頭を抱えるだけだった。
思いもよらぬ真実に、五人は沈黙を貫く。
もういっその事全て諦めて学園に戻ろうとまで考えていた。
そんな時だった。
「きゃぁあああああああ!!!」
と、宿の外から大きな悲鳴が聞こえてきた。
「な、なになに!?なにかあったの!?!?」
「ま、まさか僕たちを襲いに来たんじゃないよね……」
突然の出来事に、五人の空気が緊迫へと変わる。
「落ち着け!まだ宿の中には来てない。一旦様子を見に行くぞ」
アルケーはそう言うと、一人で宿の外へと飛び出すように出ていった。
そんなアルケーがこの目で見たもの。それは、神々しい程の光で街が破壊されていく光景だった。
「ど、どういうこと……」
「えぇえええ!!!街が滅びちゃうよ!!うちらでなんとかしないと!!!!」
アルケーの後を追い外に出たヴェーターとシキも、その光景に大きく目を見開く。
放たれる光、破壊されていく街。
その光の先にいたのは他でもない、ヴェルテクスだった。
圧倒的な力に、アルケー達はただ後ろに下がることしか出来なかった。
上空で街全体を見下すヴェルテクス。彼はただ冷酷な瞳で街に光魔法を放つ。
「国の民には悪いけど、女王からの命令なんだ。このくにはこのまま滅んでもらうよ」
そう言うとヴェルテクスは特大の光魔法を放つ。
彼が言うに、メルゴがここの女王を辞任し、用済みとなった国は滅ぼすということらしい。
証拠隠滅。この国を滅ぼす理由なんてそれしか無かった。
あまりに大きく、そして強大な魔法が街全体を飲み込んでいく。
リゼット達はヴェーターの拒絶魔法で防ぎ切ることは出来たものの、その周囲は見るに耐えない更地と化していた。
「いくらなんでもやりすぎだろ……」
アルケーが歯を食いしばりながら上空のヴェルテクスを見つめる。
そして、そんなアルケーが視界に入ったヴェルテクスは高速で五人に接近した。
「まだ生きていたか、しぶといな。でも大丈夫だ、楽にしてやる」
そう言うと、まずはアルケーの胸に手を当て、光魔法を放とうとする。
「させるかよ!!!」
アルケーは咄嗟に後ろに下がり、無限魔法でヴェルテクスの魔法を止めた。
「へぇ…」
しかし彼は未だ余裕の笑みを浮かべている。
メルティやゲラーテとは比較にならない程の強さ。もしここで戦ったらいくら五人とはいえ間違いなく全滅するだろう。
「逃げるわよ!!」
「うん!!うちも流石にこの人はやばいと思う!!!」
「……………………じゃあ、行くよ」
スピカの命令でリゼットは傀儡魔法で人形を複製。
できる限りの風魔法で超高速でその場から逃げようとした。
しかし
「逃がさないよ」
ヴェルテクスの速度は、リゼットの風魔法よりも遥かに上だった。
「拒絶魔法!!」
ヴェーターが咄嗟に魔法で防御を試みる。
しかし、ヴェルテクスは彼の魔法が発動するよりも先に五人へと接近していた。
「…………………………えっ」
「……………………………」
ヴェルテクスは光の速さでその腕をリゼットの胸に貫通させる。
「!?」
ヴェルテクスがリゼットの胸から腕を引き抜くと、彼女は力を失い、複製された人形は消え、五人は地面へと落下する。
「リゼット!!!!!!!!!」
五人はすぐさまリゼットの元へと駆けつけた。
そして、その表情はただ何も考えられない。いや、むしろ脳が処理しきれていないかのような表情を浮かべていた。
それはヴェルテクスも同じだった。
心臓を貫き、大量に血を流したリゼットの死体がそこにある。誰もがそう思っていた。
しかし、結果は全く別のものだった。
リゼットの胸に空けられた風穴からは、たったの一滴も血が流れておらず、空洞だけがそこに残されていた。




