〈5-5〉勇気の裏返り
セフィラの魔術師を倒す。
ともに同じ目標を持ったリゼット達は、ガヌロン城から去ろうと扉の前へと立つ。
勇気と希望、そして覚悟を持った眼差しで。
アルケーが扉を開けようとした瞬間
「……………………まって」
その瞬間、リゼットがなにかの違和感に気付いた。
「…………………何か、聞こえる」
「聞こえる?」
リゼットの言葉に、スピカは扉に耳を当て外の音を聞いた。
すると、彼女の耳に聞こえたのは複数の魔法の音だった。
炎、風、水、土、雷、氷。
それぞれの魔法の音が一斉に聞こえてくる。五人がアーカーシャ教団を偽り城内へ入っていたことがバレてしまったのか、それとも濁水の魔術師メルゴとの戦闘の音を聞き駆けつけたのか。
どちらにせよそのまま扉を開けて出る方法は不可能のように思えた。
しかし
「大丈夫だよ」
と、真っ先に扉に手を当てたのはヴェーターだった。
「僕の魔法があれば、大丈夫」
そう言うと、ヴェーターはゆっくりと扉を開く。
その先には複数の傭兵たちが魔法を放とうと待ち構えていた。
「出たぞ!!」
「総員、放て!!!」
ヴェーターが扉を開けた瞬間、複数の魔法が一斉射撃される。
至近距離で放たれる複数の魔法。しかし、その魔法は五人の前には届かなかった。
「な、なんだと!?」
「拒絶魔法、扉を開けた瞬間に発動したんだ」
ヴェーターは既に発動していた。そして、全ての魔法を防ぎきった後
「四人とも、任せたよ!」
ヴェーターは拒絶魔法を解除し、彼の声でリゼット達が一斉に反撃する。
たとえ複数人相手だろうと相手は並大抵の魔術師。リゼット達の相手ではなかった。
「凄いねヴェーター!!」
「お手柄だな」
彼の勇気を賞賛するシキとアルケー。
そんな二人の言葉に、ヴェーターは軽く頬を赤面させた。
しかし
「気持ちはわかるけど、今はそんなことしてる場合では無いわ。早くここから脱出しましょ」
「う、うん」
スピカが言うと、そのまま城の出口へと走り出す。
次々と襲い来る敵を蹴散らし、ようやく城の出口へと辿り着いた。
そして、門を開いた瞬間……
「待ってたわよ」
「なっ!?」
そこに居たのはメルゴだった。
メルゴは逃げたのではない。リゼット達が城から出ることを見越して先回りしていたのだ。
そしてその周囲には傭兵達の姿もある。
戦闘は避けられないだろう。
「………………傀儡魔法」
リゼットが人形を展開。
「やるしかないんだね!!」
「ええ、そのようね」
シキもスピカも、次々と自身の固有魔法を発動する。
「傭兵は私とヴェーターで対処するわ!リゼットとシキ、アルケーはメルゴをお願い!!!」
スピカの指示で、それぞれが動き出す。
傭兵たちの攻撃は全て天球魔法の軌道に乗せられ、ヴェーターの拒絶魔法で防がれる。
その間を掻い潜り、シキとアルケーの二人がメルゴへと接近。
リゼットは複製させた人形を動かし、傭兵を蹴散らしつつ五体の人形をメルゴの元へと向かわせた。
「浅はか」
しかしメルゴは再び地面を沼のように変化させ、二人を沈めようとする。
「それをやると思ったよ!!ゴーストちゃん!!!」
「!?」
シキとアルケーは沼に沈むが、霊魂魔法で可視化した幽霊はその影響を受けない。
リゼットの人形とシキの幽霊がメルゴを囲う。
「………………行くよ」
「やっちゃえーー!!!」
人形と幽霊による魔法の一斉射撃がメルゴを襲う。複数の魔法を全方位から放たれたメルゴは、逃げるどころか不敵な笑みを浮かべた。
「忘れたの?私は濁水の魔術師よ」
そう言うとメルゴは自身の足元を水面へと変えて地面に潜り込む。
「あ!!!!」
「……………………」
地面に潜ることによって全ての攻撃を避けたメルゴはそのまま地面を泳ぎ、そしてリゼットの背後へと回り込んだ。
「リゼット!!危ない!!!」
「………………!?」
咄嗟の防御魔法。
しかし、メルゴの魔法は防御魔法で防ぎ切れるようなものでは無かった。
「水魔法・濁水ノ監獄」
メルゴはリゼットを水の球体の中に閉じ込める。
水の中に閉じ込められたリゼットは沈黙の表情でメルゴを見つめると、人形を動かして風魔法で水を切り裂こうとする。
しかし、まるでスライムのような弾力によって風は弾き返されてしまう。
それならばと光魔法で光の刃を作り出すが、それも全て弾かれる。
「…………………………」
脱出する方法が無い。内側から攻撃してもダメ。切り裂いてもダメとなれば
「………………なら」
リゼットは氷魔法で一度水を凍らせる、その後光の刃で切り裂いて脱出を試みた。
「チッ、多属性使いかよ…………」
どうやらメルゴはリゼットが複数の魔法を使いこなせることに気づいていなかったらしく、簡単に脱出したリゼットに対し軽く舌打ちをする。
「オラァァアアアア!!!!!」
「いっけぇええええ!!!!!」
その直後、アルケーとシキがメルゴに急接近していた。
シキは幽霊と共に闇魔法を放ち、アルケーはその拳に炎を纏わせる。
そして、その攻撃がメルゴに直撃するその瞬間だった。
「はい、そこまで」
どこからか小さく手を叩く音と共に、凛々しくも美しく、そして気高い声が聞こえた。
たったの一言。ただそれだけで身震いする程の空気が周囲を包み込む。
「邪魔しないでよ」
「邪魔はしとらん。だが、今ここで戦うのは良くない」
銀色の長髪を揺らしながら近づいてくる男性。
その姿を見ただけで、彼がこれまでの相手とは比べ物にならない程の実力者だと感じた。
鳥肌が経つ。身震いが止まらない。
今ここで戦ったら間違いなく死ぬ。頭では無く、身体がそう感じさせていた。
恐怖の感情が、ただひたすら心を縛り付けていた。
「君達、同胞が失礼したね」
一見優しそうに聞こえるその声には、明らかな敵対心があった。
「今日のところは引くとするよ。こんなところで戦ってしまったら国民の皆に迷惑がかかってしまうからね。君たちもこここを出ることをオススメするよ」
そう言うと、彼はメルゴを連れてこの場から立ち去る。
さしてふと立ち止まると、軽くリゼット達を振り返り口を開いた。
「そうだ、紹介が遅れたね。 私の名はヴェルテクス。セフィラの魔術師第一席【聖天の魔術師】だ」
そう言うとヴェルテクスは再び前を向き、そのまま去っていった。
その一言に五人の表情が驚愕のものへと変わった。
倒せるかもしれない。そう感じていたあの時の気持ちが全て吹き飛ぶかのように、彼の圧倒的なオーラに、ただ恐怖だけが心に刻み込まれていた。
セフィラの魔術師第一席。
その存在感は、この先一生忘れられないものとなるであろう。
そして、彼と戦う日はいずれ来てしまうのだろう。
そう考えるだけで、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。
リゼットは彼の背中を沈黙の表情でただ見つめた。
そして、ヴェーターも、スピカも、アルケーも、そしてシキも、まるで絶望の未来を知ってしまったかのような表情でその姿を見つめた。
裏切り者のセフィラを倒す。
城を出る前にその瞳に宿っていた勇気と希望、そして覚悟の眼差しは、いつの間にか恐怖と絶望のものへと変わっていた。




