〈4-7〉恐怖の呪縛
段々と恐怖の呪縛から解かれていく街の人々の視線。
その瞳に映るのは、小さくか弱い白髪の幼い少女。
この街には魔女がいる。
その常識が今、覆ろうとしていた。
「…………………」
沈黙の空気がこの場を包み込む。
ラミアも、街の人々も、何一つ言葉を発さない。
心の中にまだある恐怖心のせいか、彼女の元へと歩み寄る第一歩が踏み出せずにいた。
「……………………大丈夫」
リゼットがラミアの側に立ち、その手を優しく肩に置いて小さく呟く。
ヴェーターもまた彼女の側に立ち、温かい視線を向ける。
二年前に向けられた瞳とは違う。
その視線にラミアはそっと胸に手を当てた。
街の人々もまた、少しづつではあるが彼女へと歩み寄る第一歩を踏み出そうとした
────その時だった。
「ちっ、生きてたのか……」
人混みの奥の方で微かに呟く男の声。
「騙されちゃいけねぇぜお前ら!これは演技だ。魔女がお前達を安心させてから食うために仕込んだ演技だ」
その男は大きな声を響かせ、街の人々の足を止める。
「あ、あなたは………」
「アタシたちを、騙すため…………?」
彼の一言が人々の心に強く響き、踏み出そうとしていた一歩を退けた。
そして人混みからラミアの前にその姿を表した途端、静寂だった彼女の瞳が一瞬にして怒りと憎悪に満ち溢れたものになった。
「なぁ、そうだろう?小さな魔女さんよ」
「………………っ!!!」
その顔を見たラミアは、まるで全てを怒りに任せるかのようにシキとアルケーを拘束していた血を勢いよく自身の元に引き寄せる。
彼女の操る血が、空中で無数の刃となり男へと向けられた。
「ヴェルムぅううううううう!!!!!!!!!」
ラミアが血の刃を放とうとした時
「待って!」
声とともに、突如として血の刃は空中で浮かび始めた。
スピカの天球魔法だ。
「どうして!スピカさん!あいつは、あいつは!!!!」
怒り、叫び、そして涙を流すラミア。
そんな彼女をスピカは真剣な瞳で見つめると、街の人々への視線を向ける。
「あっ……………」
ラミアはすぐにその意味を理解した。
彼女がスピカの見つめる方向に視線を向けると、そこには再び恐怖の感情で支配された街の人たちの瞳が映る。
まるで、二年前と同じ。
冷たくて、恐くて、とても悲しい瞳。
「…………へっ」
ヴェルムは小さく鼻で笑う。
リゼット達はその姿に、静かに怒りの瞳を向けていた。
しかし今ここで戦うことは出来ない。街の人たちを巻き込んでしまう可能性がある以上、ここはただ耐えることしなできない。
何も出来ず、ただ黙って見ていることしか出来ない五人の手が震える。
「おいお前ら!」
ヴェルムが声をあげると、人々の視線が一斉に集まる。
「恐怖の魔女さんがこの街に住み着いてちゃぁ、居心地悪ぃよなぁ!!!」
彼の一言に、人々は大きく頷く。
この街で一番強く、誰よりも慕われている彼の言葉に、街の人々は賛同する。
「魔女には消えて欲しいよなぁ!安心して暮らしてぇよなぁ!!!」
街全体へと響き渡るその声は、街の人たちを動かすのに充分すぎる一言だった。
「出ていけ…」
女性の小さな声が、微かに聞こえる。
「出ていけ」
「そうだ!この街から出ていけ!」
「魔女め!とっととここからいなくなれ!!」
心無い声が、ラミアを追い詰めていく。
その声は一人、また一人と大きくなっていき、次第に街全体を埋め尽くすかのような大きな声となっていった。
街の人に罪は無い。だからこそ、その言葉をただ受け止める事しか出来なかった。
「…はい。迷惑かけて、すみませんでした………」
ラミアはただ地面を見つめながら屋敷へと去っていく。
それを見たリゼット達もまた、その小さな彼女の背中を追うように戻って行った。
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「クソが!!!何なんだあいつ!ノコノコ出てきやがって!!!!」
必死に堪えていた怒りを爆発させ、テーブルに強く拳を叩きつけるアルケー。
「酷い!!酷すぎるよ!!!あんなやつこそ出て行っちゃえばいいんだよ!!」
シキもまた、行き場の無かった怒りを露わにしていた。
「気持ちはわかるけど、落ち着いて二人とも。今するべきことは怒りを発散することではないわ」
「ぁあ!?じゃあテメェは平気だったって言うのかよ!あれを見て、何も感じなかったって…………」
スピカの言葉に激情し、アルケーが彼女の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
しかし、スピカの唇から静かに零れ落ちる血を見て、アルケーは何も言い返せなくなった。
「ちっ………」
アルケーはスピカを掴んでいたその手を離す。
そしてスピカは、ラミアへと視線を向けた。
ラミアの瞳から静かに零れ落ちる涙。
それはまるで、二年前に父親を失った時の同じだった。
「ごめん…なさい………」
か弱い声でラミアが声を漏らす。
「皆さんが…せっかく…ここまで……して下さったのに…………」
震えるその声色は、ただ悲しみと後悔に満ちていた。
魔女の呪縛から解き放たれるはずだった今日。その結果はただただ虚しく、そして悲しいものであった。
「………………ねえ」
そんなラミアにリゼットが優しく声をかける。
「……………私は、信じてる」
「…え、」
その一言で、下を向くラミアの瞳がリゼットと向き合う。
「私も!!だってラミアちゃんは友達だもん!!」
「ぼ、僕も。魔女じゃないって信じてるよ」
「信じるも信じねぇも何も、元から魔女なんかじゃねぇだろ。あと、あいつ今度会ったらぶち殺す」
「私達はみんな、あなたの味方よ」
リゼットだけじゃない。シキも、ヴェーターも、スピカも、アルケーも。
五人の言葉が、再びラミアの心を揺るがす。
「皆さん………」
魔女と恐れられ、街の人々から避けられてきた幼い少女。
そんな彼女に今、心から信頼できる友達ができた。
「………………もう、一人じゃない」
優しくその口から放たれるリゼットの言葉。
その表情は不器用ながら小さく微笑み、ラミアをただ静かに見つめていた。
リゼットは知っている。一人の苦しさを、皆から恐れられ、避けられる恐怖を。
だからこそ、彼女はただ真剣にラミアと向き合っていた。
自分の孤独を皆が埋めてくれたように、次は自分がその孤独を埋める番だと。
「一人じゃ…ない…………」
誰よりも優しい言葉にラミアはようやく気が付く。
彼女が欲しかったのは、街の人たちからの人気でも、魔女と呼ばれないことでも無い。
隣りに寄り添ってくれる友達が欲しかったんだと。
「ありがとう…ございます」
その頬には小さな雫がまだ滴っていた。
それでもこの時のラミアの表情は、とても優しく、まるで救われた事を表すような笑顔がそこにあった。




