〈2-18〉過去を超えて
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
負けるのが、一番じゃなくなるのが、ただ怖い。
あの少年のようになりたくない。
周りの眼差しを、その期待を、絶望させたくない。
名門の名を、汚したくない。
その日からアルケーは変わった。
誰よりも傲慢に、誰よりも一番であることに固執し、そして誰よりも努力した。
あの恐怖が、彼の人生を変えた。
「アルケー、またあの魔法おしえてよ!」
「黙れ弱者が、気安く話しかけてんじゃねぇよ」
アルケーに憧れる少年を、彼は見放すような瞳と声で突き放す。
そんな彼の姿に、少年はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
もう、昔のアルケーの姿はどこにもいない。
ここにいるのは、恐怖に支配され変わってしまった彼ただ一人。
(俺様が一番だ、俺様が絶対だ、俺様が……!!)
自分にそう言い聞かせた。
今も、そしてこれからも……。
──────────────────
「俺は最強の魔術士だ!名門に生まれた、誰もが憧れる天才なんだ!!だから俺が…!俺がこの先もずっと!一番にならなきゃいけねぇんだよ!!!」
あんな姿になりたくない。あんな思いはしたくない。
それは、今もずっと変わらぬ感情。
彼はただ、未だ恐怖に支配されていた。
そんな彼を見たメルティはそっと口を開く。
「そっか…。君はずっと、負けていたんだ」
「んだと…!!」
メルティの言葉に、アルケーは強く言葉を返す。
「過去の恐怖を乗り越えられない。自分を守ることしか考えてない。ただ支配されてるだけの君は弱いって言ったんだ」
メルティがそう言い放った瞬間、アルケーは拳を強く握りしめ、そしてその足で大地を蹴り飛ばす。
「うるせぇぇえええええええ!!!!!!」
拳に乗せた炎魔法。それはまるで、アルケー自身の心を表すかのように激しく燃えていた。
「だから言ってるんだよ、周りが見えていないって」
メルティは再び無数の炎魔法を放つ。
だが、血に飢えた猛獣が止まることは決してない。
メルティの攻撃を何発も何発もくらいながらも、その足は決して止まることはなかった。
(正気かよこの人……)
どんなに傷つこうと獲物に食らいつこうとするその姿に、メルティは目を大きく見開く。
「クソがぁぁあああああああああ!!!!」
アルケーは拳を大きく振りかぶり、メルティへと叩き込む。
しかし、メルティはすぐに余裕のある表情へと戻り、そっと口角を上げた。
「過去の自分にすら勝てない君が、この僕に届くわけないだろう」
その瞬間、メルティは拳を避け、そしてアルケーの背中に手を当てる。
「───────しっかり見なよ。これが、現実だ」
メルティはそのままアルケーを地面に叩きつけ、トドメの炎魔法がアルケーの体を包み込んだ。
炎が晴れた視線の先。そこには、まるであの時の少年のように地に顔を付け倒れるアルケーの姿。
彼はもう立つことすらままならない。どんなに力を振り絞っても、ただ拳を強く握りしめ、歯を食いしばることしか出来なかった。
「クソが!クソが!!クソが!!!クソがぁぁああ!!!!」
アルケーはその拳を地面に叩きつける。
何度も何度も、その拳から血が滲み出る程に、何度も。
悔しいんじゃない、ただ恐かった。
「はぁ……」
そんな彼を目にし、メルティは深くため息をつく。
そしてアルケーに手を伸ばし、彼を立ち上がらせる。
「周り、見てみな」
「…………………………」
ずっと俯いていたアルケーは、ようやく観客席を見渡した。
そこにあった光景は、蔑みでも、哀れでも無い。
弱者を見下す視線なんてどこにも無い。
ただ、二人の戦いに賞賛を送る眼差しと、喝采の音だった。
「ほらね?」
メルティは優しく笑みを浮かべる。
観客席の姿を見たアルケーの心が、恐怖という呪縛が少しずつ解けていく。
「誰も君を蔑まない。虐げない。あの日見た光景は、もう何処にもないんだ」
「……………………………」
言葉が出てこない。
ずっと自分が避けていたものの温かさに、初めて気付いた。
自分が恐れていたものなんてどこにも無かった。
自分を認めてくれる人は、ずっと近くにいたんだ。
初めて誰かの温かさに気付いたアルケーは、自然と涙を流していた。
「やっと、気付けたみたいだね」
「…………うるせぇ」
アルケーはそう言うメルティから視線を逸らし、小さく呟く。
そしてアルケーは静かに目を閉じた。
メルティはそんな彼をそっと背負い、拳をあげる。
「勝負ありぃいい!トーナメント戦準決勝、勝者は!メルティ!!!!」
ゲラーテが声を上げると、観客席からは大きな歓声と喝采が飛び交った。
そして、それを背にメルティはアルケーを抱えたまま静かに入場口へと戻って行く。
メルティも、気絶したアルケーも、その表情はどこか幸福を感じたような笑顔だった。
──────────────────
一方、準決勝Bブロックはと言うと……
「……………………終わった」
「え…………。しょ、勝負あり……。勝者、リゼット」
会場全体が沈黙に包まれる。
観客席の誰もがその結果に驚愕し、黙って見つめることしか出来なかった。
試合時間はたったの十秒。
開始と同時にリゼットが人形を展開し、全ての人形で光魔法を集約させて放った一撃。
たったその一撃で、この試合は終了していた。
「…………………」
リゼットは複製した人形を解除し、ただ静かに入場口へと戻って行く。
その瞳はどこか苦しそうで、そして哀感に満ちていた。
────────────────
トーナメント戦準決勝が終了し、決勝まで勝ち進んだリゼットとメルティ。
決勝の時が、そして魔法大祭の終わりがすぐそこまで来ていた。
「リゼットーーー!!!決勝進出おめでとぉおおおお!!!!」
医務室のベッドに座りながらシキが叫ぶ。
「うるさい。医務室では静かにしてなさい」
「いたっ!」
いつものデコピンがシキの額を襲う。
「シキの気持ちもわかるわ。けれど、まだ終わってないでしょ?だから賞賛を送るのは後よ」
そういうとスピカはリゼットを見つめ、再び口を開く。
「行ってらっしゃい、リゼット」
「ぼ、僕からも。頑張ってね……!」
三人からの声に、リゼットの瞳が大きく揺れる。
皆の気持ちが、声が、ただ温かかった。
「……………………うん」
リゼットはそっと胸に手を当て、瞼を閉じる。
三人の事を思うだけで、恐怖の感情が無くなっていく気がした。
「……………行ってくる」
決意に満ちた眼差しで、リゼットは三人を見つめる。
「リゼット!!頑張ってぇええ!!」
「行ってらっしゃい」
「お、応援してるよ!」
三人の言葉を背に、リゼットは医務室を後にする。
「さぁ!ついに来てしまいました!!魔法大祭トーナメント戦、決勝戦!!」
ゲラーテはいつもよりも激しく声を上げる。
「最後の試合を見せてくれるのは、この二人だ!!!!」
彼女の声が鳴り響くと、これまでの戦いを勝ち進んだ二人が会場へと足を踏み入れる。
三人の言葉を胸に、沈黙の表情でメルティを見つめるリゼット。
その瞳に、メルティは変わらぬ表情で微笑み返した。
沈黙に包まれた重いはずの会場の空気が、今はなぜだか軽く感じる。
リゼットはそっと人形を抱きしめると、メルティの瞳を見つめた。
「初め!!!」
ゲラーテの合図と共に、二人の魔法が同時に展開された。




