〈2-12〉最後の一撃
リゼットは四体の人形を静かに展開する。
対するスピカもまた、一歩だけ距離を取った。
互いが互いを見つめ合うその表情に、もはや勝利の笑みも敗北の曇りも、何一つなかった。
沈黙。ただそれだけがこの場を支配していた。
「行くわよ。氷魔法」
先手を取ったのはスピカだ。彼女は右手を前に出し、氷の礫を形成。
瞬間、リゼットは人形をスピカの正面へと動かし、光の矢を放つ。
「………………光魔法」
しかし、リゼットの放った光魔法は天球魔法の軌道が捉える。
光は大きく湾曲し、スピカの身体を避けるように逸れていく。
しかし、光の軌道の間を狙い、別の人形が時間差で光魔法。
さらに追撃の炎魔法。
連続して襲い掛かる魔法を、スピカは冷静に見つめていた。
「そう来ると思ったわ」
一見天球魔法の軌道を掻い潜ったと思われたリゼットの攻撃は、先程形成された氷の礫によって相殺される。
「天球魔法を攻略された。けれど、あなたの攻撃を防ぐ方法なんていくらでもあるのよ。それに、あなたと違って私は天球魔法発動中でも別の魔法を使えるわ」
互いの魔法が衝突し合い、小さな爆発を起こす。
会場全体が息を呑む。
「防いだ……!」
「法則が分かっても届かないのかよ!」
再び訪れるスピカの魔法への絶望感。
しかし、リゼットは止まらない。
僅かな隙間を狙い続ける。
一方、スピカも天球魔法と氷魔法を駆使しながら防ぎ続ける。
「……………これで、最後」
リゼットは攻撃の間に再び一体の人気をスピカの背後へと回り込ませる。
「背後ね」
しかし相手はスピカ。彼女に同じ手は通じるはずがない。
背後へ回り込んだ人形を即座に察知した彼女は数歩後ろへ下がる。
「捕まえた」
天球の軌道が一体目の人形を捉える。
人形は軌道に飲み込まれ、空中へ拘束されスピカの周りを円を描くように回転する。
「さっきの言葉、そのまま返すわ。これで最後よ」
スピカはリゼットの上空へ無数の氷を生成する。
リゼットは人形を頭上へ配置。
「氷魔法・千剣ノ雨」
「…………土魔法・断崖ノ盾」
リゼットの上空から降り注ぐ無数の氷の刃。
それを全て防ぐ土の盾。
魔力差では圧倒的にリゼットに部が上がる。氷の刃を全て防ぎきったかと思われた。
しかし
「甘かったわね」
安堵した瞬間、スピカは既にリゼットの前へと接近していた。
そして、リゼットの上空にいた人形が全て天球魔法の軌道上に捕われる。
残された人形はリゼットが持つ本体の人形のみ。もう戦える人形は一体も残されていなかった。
スピカは静かにリゼットを見つめる。
「解析は見事だったわ。でも、あなたに攻撃手段は残っていない。どうやら、私の予測の方が上だったようね」
スピカの最後の氷魔法がリゼットへと向けられる。
「私の勝ちよ」
目の前で放たれようとするスピカの魔法に、リゼットは小さく口を開いた。
「……………複製」
「えっ」
次の瞬間、再び人形の数が増える。
既に出し尽くしたと思われた人形は、再び複製されスピカの背後へと回り込む。
「まだ残って……っ!!」
スピカは咄嗟に魔法を止め、天球の起動を動かす。
彼女を回り込むように五体の人形から再び一斉に放たれる魔法。
「わかった!!!!人形が少なかったんだ!!!!」
観客席では、シキがようやくリゼットの違和感の正体に気付いていた。
「ど、どういうこと?」
ヴェーターが問う。
「迷宮の時!!!リゼットが出した人形は十五体なんだよ!!でもこの試合で最初に出した人形は十体だけ!!つまり、リゼットは最初から本気を出てなかったんだよ!!!」
「じゃ、じゃあリゼットは最初からスピカの魔法を解析するためだけに戦ってたってこと…だよね」
「でも、まだ間に合う!天球魔法!!」
初めてスピカが大きく目を見開く。
スピカは咄嗟に天球の軌道を回転させ、攻撃を防いだ。
一瞬でも遅れていたら直撃していた。しかし、いち早くリゼットの人形に気が付き、更に攻撃地点を予測したスピカが一枚上手だった。
かのように思われた。
瞬間、リゼットが再びその口を小さく開く。
「…………私の人形は、二十体まで、作れる」
リゼットの再複製された人形はスピカの周りを囲む五体だけじゃなかった。
五体の人形はスピカを囲い攻撃する最中、残り五体の人形は上空で既に巨大な光魔法を放つ準備を終えていたのだ。
「光魔法・断罪ノ光線」
上空から放たれる巨大な光の柱がスピカを襲う。
「まだ間に合う……」
スピカが天球魔法の軌道を変えようとした瞬間、周りを囲む五体の人形も再び一斉に魔法を繰り出す。
リゼットの最大の武器は同時詠唱。
たとえ人形の数が多くても、その魔法がどんなに強力なものだとしても、全ての人形に的確に指示を出し魔法を放つことができる。
そして今、全ての人形に指示を出し終えた。
「………………行くよ」
スピカを囲むように五体の人形から放たれる魔法。
そしてその上空から放たれる巨大な光線。
「流石にこれは不味いわね……。でも、まだ大丈夫」
スピカの目付きが変わる。
天球魔法の軌道を変え、時間差で連続で放たれる魔法を捕らえる。
しかし周囲の攻撃を防ぐので精一杯な彼女は、上からの光魔法を天球の軌道に捕えられない。
ならば、相殺すればいい。
スピカは即座に自身の上空に巨大な氷を形成する。
「まだよ、まだ終われないわ!氷魔法・氷河ノ響!!」
巨大な氷が、リゼットの光魔法を相殺する。
巨大な光線と巨大な氷。二つの魔法が衝突し合い、そして大爆発を引き起こす。
砕け散った氷の欠片と塵となった光が、まるで星のように会場全体を包み込む。
「はぁ…はぁ……」
何とか防ぎきったスピカの体力は既に限界寸前だった。
あの巨大な光魔法を防ぐには、魔力のほとんどを使い切る以外に方法は残されていなかった。
「……………終わり」
「えっ…」
スピカが正面を向くと、彼女の至近距離に既にリゼットの人形が近づいていた。
あの衝突の瞬間、リゼットは人形を天球魔法の軌道を掻い潜らせながら至近距離にまで移動させていたのだ。
敗北、その二文字が脳裏に過ぎったスピカは最後に魔法を放とうとする。
「氷魔法……」
残された魔力はもうほとんど無い。けれど、彼女は最後まで足掻いた。
「……………光魔法」
リゼットの光魔法。それは小さく形成されたスピカの氷を砕き、彼女へと命中する。
眩い閃光が、彼女を貫いた。
会場が静寂に染まる。
誰も声を出せなかった
そこにはただ、膝をつくスピカと、人形を抱え立つリゼットの姿だけがあった。
長い沈黙が闘技場を包み込む。。
スピカは小さく笑いながら、軽く息を吐いた。
「完敗ね」
そう呟くと、彼女はゆっくりと顔を上げる。
目の前には、変わらず無表情のリゼットが立っていた。
リゼットは静かに歩み寄る。
「……………天球魔法、強かった」
「あなたの傀儡魔法もね。私の予測をこんなに上回る人がいたなんて、初めてだわ」
互いが互いを更に知った。魔法を通して、戦いを通して。
「…………立てる?」
リゼットがスピカに手を差しのべる。
スピカは軽く微笑むと、その手を取り、ゆっくりと立ち上がった。
「優しいのね」
「……………………」
そう微笑むスピカに、リゼットは少しだけ柔らかい表情で見つめ返した。
「勝負あり!!第一試合Gブロック、勝者はぁぁああ!リゼットぉぉおおおお!!!!」
「うおおおぉおおお!!!」
ゲラーテの声と共に、会場全体が歓声に包まれる。
「リゼットが勝った!!!!!」
観客席でシキが飛び上がる。
「う、うん!でも、スピカも強かったね!」
どちらが勝っていてもおかしくなかったこの戦いに、観客席の誰もが興奮を抑えられなかった。
二人は静かに会場を後にする。
しかしまだ魔法大祭は終わっていない。
その先には、勝ち進んだ者達の次の試合が始まろうとしていた。




