〈2-6〉獄炎の魔の手
迷宮の通路を二人は駆ける。
薄暗い迷宮を裂くように吹き抜ける風の中、リゼットとシキは息を殺すように進んでいく。
リゼットの人形の一体は別行動を取っており、 鍵を持たせ、スピカとヴェーターの元へ向かわせている。
今の二人の役目はただ一つ。
そう、逃げ切ること。
もしスピカの推測が正しければ、鍵が届いた瞬間に迷宮から転送され脱出できる。 だが、リゼットは万が一の"もしも"を忘れてはいない。
スピカの推測が外れていた場合、転送されなかった場合、鍵を奪われた場合。
その全てを想定し、彼女は出口そのものの捜索も並行していた。
「リゼット!!前に敵いるって!!!!」
シキの声が響く。
リゼットは即座に進行方向を変えようとする。
シキの霊魂探知。 リゼットの傀儡魔法。
この二つがあれば、敵を避け続けることは可能。
少なくとも鍵が届くまでは。
誰もがそう思っていた。
「……………………えっ」
次の瞬間だった。
前方から、異常なまでの熱量が迫ってくる。
空気が焼け、呼吸すら熱を帯びる感覚。
リゼットは反射的に人形を操った。風魔法用の人形以外を一斉に展開し、多重防御魔法を形成する。
直後、正面から放たれた灼熱の業火が、防御壁へ直撃した。
空間そのものが燃えているような恐ろしい炎だった。
数体の人形による複数防壁、本来なら十分なはずだった。
だが、その熱はまるで身体そのものが溶けていくような程に熱く、攻撃そのものは防げてもその余波が肌の奥まで伝わってくる。
「なになになになになに!!!!!」
シキが叫ぶ。それも当然だ。
この炎は数十メートル先から放たれている。つまり、シキの幽霊の索敵範囲外。
つまり、索敵範囲を超えて攻撃してきたのだ。
「…………………マズいかも」
「え!!!?」
リゼットは進行方向を変えようとする。
しかしその瞬間、再び炎。
今度は先程より速い。
逃げ道を読むように、灼熱が迫り、再度防御魔法を展開する。
スピカからは戦闘は避けるように言われていた。 だが、もうそんな段階ではない。
「まさかあれを防ぐなんて。ほんと、世界は広いなぁ」
声と同時に、一人の男子生徒が高速で接近してくる。
仮面、穏やかな口調、そしてその身から滲み出る異常なまでの魔力。
メルティだ。
「っ!!!!!!!」
シキの表情が凍りつく。
彼女にだけ見えている幽霊達が、一斉に後退していた。
怯えている。
知性の無い死者であるはずの幽霊が、本能的に恐怖していた。
「リゼット!!この人やばいよ!!!逃げなきゃやばいよ!!!!」
しかし
「逃がさないよ」
メルティが静かに笑った瞬間、再び業火が生まれる。
「………………………っ!!」
リゼットは防御魔法を展開しようとする。
だが遅い。今からでは間に合いそうに無かった。
しかも先程の火力は、距離減衰してなおあの威力。
つまり、本来の火力はさらに上。
防ぎ切れない。
人形の数が足りない。
「さて、鍵は渡してもらおっか」
メルティが炎を放とうとしたその瞬間、シキが何かを思いついたかのように叫ぶ。
「リゼット!!風魔法つかって!!うちも加勢する!!!!」
「…………………うん」
リゼットは即座に魔法を切り替える。
防御ではない、相殺するのだ。
人形達が一斉に風魔法を展開する。
そして
「見せてあげる!!霊魂魔法!!!」
シキが叫んだその瞬間、周囲に、無数の幽霊が現れる。
いや、現れたのではない。見えるようになっていたのだ。
「みんな!!風魔法でお願い!!!」
応えるように、幽霊達が同時に風魔法を放つ。
巨大な竜巻を思わせる程の暴風が迷宮内を埋め尽くし、業火を飲み込んで逆流させる。
吹き荒れる炎がメルティへと跳ね返る。
「へぇ………」
だがメルティは避けなかった。
軽くてを広げると、返ってきた炎をそのまま自身へ取り込んでいく。
「…………………」
リゼットの思考が加速する。
強い。今までの生徒とは別格。
逃走、陽動、鍵の放棄、再回収。
ありとあらゆる可能性を計算する。
しかし、どれも決定打に欠ける。
逃走はまず不可能。陽動も絶望的。鍵の放棄や再回収も、自身が倒れてしまったらその時点で傀儡魔法は途切れてしまい、鍵を送り届けることは愚か、複製魔法で分身させているため鍵だけがそこに取り残されてしまう。
それにもし"鍵は一チーム一つのみ"なら、ここで失えば終わりだ。
「さて、次はもっと大きいのでいこっか」
メルティが再び手をかざす。
先程を遥かに超える炎は、通路を埋め尽くすほどの熱量を帯びている。
「リゼット!!次のやつはもっとやばそうだよ!!!」
シキが悲鳴のように叫ぶ。
もう、逃げではどうにもならない。
リゼットは覚悟を決めた。
「……………………っ!!」
リゼットが本気を出し、更に人形を増やそうとした。その瞬間
「……無限魔法」
低く鋭い声が静かに聞こえる。
直後、メルティの余裕の笑みが消えた。
「っ!?」
炎を動かせない。膨張もしない。まるで時間ごと固定されたように。
「魔力を注げない…?それになにより、何も動かせない。戻すこともできない…」
ここで初めて、メルティが動揺した表情を見せる。
「無限魔法…。対象のあらゆる現象に"無限"を付与する魔法だ」
別方向から、怒気を纏いながら一人の少年が現れる。
アルケーだ。
「今テメェの炎に無限魔法を与えた。俺の魔法は物体や魔法にある限度そのものを操作する。つまり、クソ邪魔な炎は俺が解除するまで永遠にこの状態ってわけだ」
無限魔法。それは、彼の言った通り物体や魔法の限度を操作する魔法。
"無限"の状態を付与すれば制限を無視することができ、"有限"の状態を付与すれば、現在の状態が限界となる。
メルティの炎は今、火力、出力、慣性、運動力共に今の状態で有限化され、まるで時間が止まったかのように動かせなくなっていた。
「人の獲物取ろうとしてんじゃねぇよ、セフィラ野郎!!!」
怒号と共に、風魔法で固定化された炎を吹き飛ばした。
「君も来てたんだ〜。でもごめんね、僕の方が先に来てたからこの子は僕に狩らせてもらうよ」
「やってみろやクソセフィラ!!!テメェを先にぶち殺す!!!」
次の瞬間、メルティの上空に大量の炎が出現する。
「捌き切れるかな?」
だがアルケーも怯まない。
「消火してやるよ!」
こちらは大量の鋭い水の塊が生成され、炎群へ正面から激突する。
凄まじい威力の魔法同士が衝突し、爆発する。白煙が迷宮を埋め尽くした。
「リゼット!!今のうちに逃げようよ!!!」
「…………………うん」
リゼットはこの隙に風魔法で離脱を試みる。
「逃がさないよ」
後方に炎の壁が出現し、退路が塞がれた。
「先にこっちを始末するから待っててね。それとも……君達の方から始末しちゃおっか!」
アルケーの掌がリゼット達へ向く。
「余所見してんじゃねぇよ!!!」
アルケーもまた魔法を使おうと構えた。
シキとリゼットは、霊と人形の全てを使い戦闘態勢に入る。
四人の魔法が放たれようとした。
────その時だった。
リゼットとシキの身体が突然光に包まれる。
「はっ!?」
「え?」
突然の現象にアルケーとメルティは動揺する。
迷宮に入る前と同じあの光。つまり、転送魔法。
この光が、何よりも鍵が届いたということを意味していた。




