〈2-2〉獄炎の魔術師
──魔法大祭、開幕前。
「はぁ…はぁ…………」
室内演習場に、荒い呼吸が響く。
空気を裂く程の凄まじい魔力。それを何度も繰り返す一人の少年。
アルケーはただ黙々と魔法を放ち続けていた。
強くならなければならない。誰よりも。何よりも。
その執念だけが、彼を動かしていた。
「こんにちは、一年生君」
不意に、背後から声が聞こえた。
少し幼いような声。けれど、どこか妙に落ち着いた不思議な響き。
「……ぁあ?」
アルケーが眉を寄せ振り返る。
そこに立っていたのは、小柄な生徒だった。
仮面で顔を隠したその姿は細く、弱々しい。 少し押しただけで倒れてしまいそうだ。
そのせいか、アルケーは一瞬相手を少年だと思った。
「こんなところで一人で特訓だなんて、努力家なんだね。上を目指すのは良いことだよ」
「誰だテメェ。ここはガキの来る場所じゃねぇぞ」
邪魔をされた苛立ちを隠そうともせず、アルケーがそう吐き捨てる。
すると仮面の生徒は、少し困ったように笑った。
「嫌だなぁ。こう見えて僕は三年生だよ?」
「……は?」
予想外の言葉に、アルケーの眉が動く。
自分より年上。しかも、学年が二つも上。
そんなアルケーを見ながら、仮面の生徒は静かに名乗った。
「僕の名前はメルティ。セフィラの魔術師の第三席。獄炎の魔術師さ」
「セフィラ……だと……?」
空気が静寂へと変わる。
アルケーの瞳が見開いた。
セフィラの魔術師。
世界最強クラスの魔術師。自分が目指し、超えるべき存在。
その一人が今、目の前にいる。
アルケーは無意識に拳を握り締めた。
胸の奥で何かが燃え上がる。
だが、そんな彼を見透かしたように、メルティは軽く肩を竦めた。
「今戦うつもりは無いよ。気になって見に来ただけさ」
そう言って、背を向ける。
そのまま出口へ歩き出した彼は、途中でふと立ち止まり。
「君も魔法大祭に出るんだろう?」
と、静かに振り返る。
「楽しみにしてるよ」
それだけを残し、姿を消した。
「………………」
アルケーは何も言えなかった。
あの小さな背中。少し突き飛ばせば壊れてしまいそうなほど細い身体。
それなのに、追いつける未来が、全く想像できなかった。
────────────
時は戻り、魔法大祭会場。
「これより、魔法大祭をはじめる!!」
女性教師の声が、会場全体へ響き渡る。
同時に、生徒達の歓声が爆発した。
「第一部はチーム戦! エントリーした全三十六チームによって行われる!」
教師が手を振ると、背後の巨大画面へ映像が映し出される。
そこに広がっていたのは、巨大な迷宮だった。
入り組んだ通路、薄暗い空間。
「ぉおーー!!迷宮だ!! スピカスピカ!迷宮だよ!!」
「静かにしなさい」
興奮するシキの額へ、スピカのデコピンが飛ぶ。
「いたっ!」
額を押さえながら、シキはまた画面を見つめ直す。
「今回のチーム戦内容は迷宮探索!」
教師の声と共に、画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、一つの鍵。
「君達は迷宮内へランダムに転送される。そして、この鍵を入手し、出口を見つけ脱出する。それが今回のルールだ!」
歓声が上がる。
しかし
「いいえ。そんな簡単な話ではなさそうね」
スピカだけは、静かに画面を見つめていた。
隣でリゼットもまた、無言のまま視線を細める。
二人は既に気付いていた。
このゲームの、本当の意味に。
そして、二人の心を見透かすかのように女性教師が口角を上げる。
「だが、そう簡単にはいかないのが魔法大祭だ」
「鍵を手にした者の位置は、全チームへ共有される。つまり、奪い合っても良し! 逃げ続けても良し! 邪魔なチームを叩き潰しても良し!!」
教師が大きく腕を広げた。
「己のやり方で、勝利を掴め!!」
歓声が更に大きくなる。
「四チームが脱出した時点でゲーム終了! 脱出できなかったチーム、または全滅したチームはその時点で失格となる!!」
その宣言に、生徒達の空気が一気に変わった。
探索だけでは終わらない。
これは奪い合いだ。
「己の実力を示せ、若人達よ!!」
教師の声が響く。
シキは楽しそうに笑っていた。
ヴェーターは緊張で肩を縮こませる。
スピカは既に思考を巡らせ。
リゼットは静かに、その心に熱を灯す。
それぞれが、それぞれの想いを胸に戦いへ挑もうとしていた。
「それでは転送を開始する。さぁ、試合開始だ」
光が溢れる。
次の瞬間、生徒達の姿が一斉に掻き消えた。
───────────────
「わっ……!?」
景色が変わった瞬間、ヴェーターが小さく声を漏らす。
薄暗い石造りの通路。 壁に灯る淡い魔法灯。
そこは既に迷宮の中だった。
「ぉおおおおーーー!!すごい!!ここが迷宮かぁーー!!」
シキが目を輝かせながら走り回る。
「暗い!!でもちょっと明るい!!!」
「シキ、落ち着いて」
スピカが冷静に呼び止める。
そして、少し考え込むように目を閉じた後。
静かに口を開いた。
「私達、別行動をしましょう」
「べ、別行動……?」
ヴェーターが不安そうに声を漏らす。
「私達は全員、固有魔法持ちよ」
スピカは静かに続けた。
「魔法能力テストで一度見られてはいる。でも、それは魔法の一部だけ。本質を理解している人間は誰もいないわ」
「えー!?でもみんな見てたじゃん!!」
「”見た”と”理解した”は違うの」
スピカの瞳が細くなる。
「現に私の魔法ですら、”重力操作”とか”宇宙空間”とか好き勝手言われてるもの」
その推測は正しかった。
彼女達の魔法は、誰も理解していない。
だからこそ情報が少ない私達は有利に立ち回れる。そうスピカは考えていた。
ヴェーターが小さく呟く。
「つまり……何も知られてない僕達の方が、有利ってこと……?」
「ええ」
スピカは頷く。
そして、観測者の瞳で三人を見渡した。
「シキ、リゼット」
「はーーい!!」
「………………ん」
「あなた達二人に探索を任せるわ」
スピカは迷いなく告げた。
「二人の魔法は集団戦向き。数で押し切れるあなた達が、一番探索に向いている」
「探索係!!やったぁあああーーー!!!」
シキが飛び跳ねる。
その横で、リゼットは静かにアンティークドールを抱きしめた。
「リゼット。シキのことをよろしくね」
「……………………うん」
小さく、でも不思議と頼りになる返事。
そしてスピカは続ける。
「私とヴェーターはここに残るわ」
「ええええええ!?なんでなんで!!!」
「それはね…………」
──────────
四人だけの、小さな作戦会議を終えると
「じゃあ行ってくるね!!リゼット、一緒に頑張ろーーー!!」
「……………………うん。よろしく」
シキが元気に大きく手を振る。
リゼットも小さく手を振り返した。
そして二人は、迷宮の奥へと歩き出す。
その姿は次第に、二人は暗闇の中へと消えていった。




