〈10-19〉次なる地へ
世界で一番強い魔術師。
その言葉を耳にした瞬間、六人は思わず顔を見合わせた。
「一番強い魔術師……?」
スピカが確かめるように問いかける。
「うん。おそらくこの世界で最も強く、最も危険な魔術師。言うなれば、禁忌の存在とでも言ったところかな」
「き、禁忌……」
エメリアの口から告げられた言葉に、ヴェーターが小さく息を呑んだ。
世界で一番強いというだけでも十分に驚くべき話だというのに、エメリアはその人物を禁忌とまで呼んでいる。
「とにかく、彼女の持つ力はあらゆる常識から逸脱しているんだ。もはや人智を超えた存在と言っても過言じゃない」
「…………………名前は?」
それまで黙って話を聞いていたリゼットが、小さく口を開いた。
エメリアは彼女へと視線を向けると、静かに答える。
「ノエル。またの名を〈幻想少女〉」
「……………………」
リゼットは僅かに目を細め、エメリアを見つめた。
つい先ほど、世界最高戦力の一人として迎えられたばかりの自分。
その力が規格外であることは、彼女自身も理解している。
しかし、エメリアの言葉を聞く限りではノエルという少女はそのさらに上に位置する存在らしい。
いや、さらに上という表現すら危うい。
禁忌の存在。
彼女が一体どのような人物なのか、全員想像すらつかなかった。
そして、それは他の五人も同じだった。
エメリアが説明を重ねるほど、彼女たちの表情には少しずつ緊張の色が浮かんでいく。
「そう身構えなくていい。会ってみればわかる」
そんな六人の様子を見て、リベリオが口を開く。
「それに、どうせオレも行くことになるんだろ?」
「ああ。もちろん、そのつもりだよ」
エメリアがリベリオにそう言いながら小さく笑った。
「世界最強、かぁ……」
その隣で、アルケーが不敵な笑みを浮かべた。
「どんな奴か知らねぇが、楽しみだ……!」
その声には、恐怖よりも期待が滲んでいた。
未知の強者。
その存在を聞いただけで、アルケーの闘争心がさらに刺激される。
「うちも会ってみたい!!」
すると、今度はシキが勢いよく手を挙げた。
「世界最強ってことはさ!!やっぱゴリゴリマッチョなのかな!!!!」
「そんな魔術師いるわけないでしょ」
バシッ
「いたっ!!」
間髪入れずに、シキの額にスピカのデコピンが飛ぶ。
「なんでぇ!?めちゃくちゃ強そうじゃん!!」
「強そうかどうかの問題じゃないわよ……」
スピカは呆れたようにため息をついた。
張り詰めかけていた空気が段々と崩れていく。
そんな中、ラミアが控えめに口を開いた。
「でも、幻想少女と言っていましたよね?少女ってことは、女性の方なんでしょうか」
「うん。女の子だよ」
エメリアが頷く。
「お、女の子……?もしかして、小さい子なの?」
ヴェーターが不思議そうに首を傾げる。
「少なくとも、君たちが想像しているような人物とは違うんじゃないかな」
エメリアはどこか楽しげに微笑んだ。
「まっ、会ってみればわかるよ」
そう言うと、彼は数歩前へと歩み出した。
そして、六人へと振り返る。
「とりあえず行こう。オリヴィエに」
その言葉を合図に、一行は再び動き始めようとした。
「じゃあ、僕達は再びアーカーシャ教団に探りを入れるとするよ」
そんなリゼットたちに、メルティが穏やかな声で告げる。
「えぇえええ!?メルティ達も一緒に行こうよ!!」
「その気持ちは山々だけど、僕たちにはまだ調べておきたいことがあるからね」
メルティはそう答えると、隣に立つ二人へと視線を向けた。
「また会おうぞ!!ダチとその愉快な仲間たちよ!!」
「また勝手に決めて……」
その隣でテンペスは豪快な笑みで手を振り、メルゴが呆れたように肩を落とした。
「また会えるさ」
その中心で、メルティが優しく微笑んだ。
「……………気をつけて」
「うん」
リゼットの言葉にメルティはひとつ返事を返すと、三人はそれぞれの魔法で身体を浮かせる。
「みんなも、気をつけて」
メルティは静かに微笑むと、やがてその姿はリゼット達の向かう先とは別の方向へと遠ざかっていく。
「またねぇええええ!!!!」
シキが両手を大きく振った。
その声が届いたのか、遠ざかる三人のうち一人が、最後にもう一度だけ手を振り返した。
「……………………」
リゼットは、三人の姿が見えなくなるまで空を見つめる。
その背中を見送りながら、彼女は小さく呟く。
「………………またね」
そっと吹くそよ風が、彼女の淡い金髪を静かに揺らした。
────────────────────
オルド大国を後にしたリゼット達は、聖地オリヴィエを目指して出発した。
リゼットの魔法で空を飛行する八人。
「君達、今までこうやって移動してたのか……」
「前から思ってはいたことだが、やはり魔法とは便利なものだ……」
エメリアとリベリオが呟く。
常にリゼットと一緒にいた五人にとってはもはや普通の感覚ではあったが、初めて経験する二人にとっては関心するほどのものだった。
「………………慣れれば、簡単」
リゼットが小さく答える。
「簡単、か……」
リベリオは苦笑した。
世界最高戦力に選ばれたばかりの少女。
その規格外の力は戦いの場だけでなく、こうした何気ない旅の中でも発揮されている。
魔法の使えないリベリオは、それを実感した。
そんなやり取りを聞きながら、スピカは一枚の地図を広げた。
「さて、聖地オリヴィエだけど……」
彼女は地図に目を落とし、目的地を指で示す。
「この離島にある場所のことね。けれど、ここからだと少しばかり距離がありそうだわ」
「そうだな。どこか途中で立ち寄れる場所があるといいのだが」
リベリオが言うと、スピカは地図の上に指を滑らせた。
現在地から、聖地オリヴィエへ。
二つの地点を結ぶように、ゆっくりと指先を動かしていく。
「オリヴィエへ向かうなら、私たちはこのまま南へ進むことになるわね」
「うん。多分、途中で街があると思うんだけど…合ってるかな」
エメリアが小さく呟く
スピカの指が、地図上のある一点で止まった。
「あ、マンブリーノってところがあるわ」
「マンブリーノ……」
リベリオが、その名を小さく繰り返した。
一瞬だけその表情が曇る。
しかし、誰もその変化に気づくことはなかった。
「なら、一度そこに寄りましょう。皆さんはいかがでしょうか」
ラミアがそう問うと
「ボクは構わないよ。別に急ぎの用事でも無いし」
「うちも!!」
「ええ、それが一番ね。まだ身体の疲れも取れてないし、少しゆっくり休みましょ」
と、それぞれが答えた。
「よし、じゃあまずはそこに行くか。頼むぜリゼット」
アルケーがそう言うと
「……………うん」
と、返事を返した。
聖地オリヴィエへ行く途中。八人はマンブリーノへと向けて空を駆けていった。




