〈10-16〉傀儡の魔術師
静かに、そこに立つ少女の姿。
淡い金髪が小さく風に揺られ、コバルトブルーの瞳が輝く。
人形であるその白い肌は、月明かりに照らされていつもよりも美しく見えた。
その少女を見た途端、それぞれが目を丸くした。
「リゼット!やっと来たぁああ!!!」
「良かった。ちゃんと来てくれると思ったわ」
「信じてたよ、リゼット……」
「ったく。おせぇんだよ無表情女」
「おかえりなさい。リゼットさん」
みんながリゼットに視線を向ける。
まるで、暗い闇の中で輝く一筋の光を見つめるかのように。
もう、大丈夫。
リゼットは静かに目を閉じた。
「………………ありがとう」
そう呟くと、彼女は終焉の悪魔へと視線を向ける。
「……………………後は、任せて」
そう言うと、リゼットは手に抱いていた人形を浮かせ、複製する。
「……………………傀儡魔法」
複製された人形は五十体にまで増え、リゼットの周囲に展開された。
今まで隠してきた本当の力。
人形だとバレないために、ずっと秘密にしてきた私の本気。
怖かったあの感情は、もうとっくに無くなった。
みんながいてくれる。
みんながそれを受け入れてくれる。
だから今は、何よりも今の私を見てほしい。
「………………本気で、いくよ」
そう言うとリゼットは五十体の人形を全て同時に動かした。
数十体もの人形が同時に終焉の悪魔に向けて魔法を放つ。
炎魔法、水魔法、風魔法、氷魔法、雷魔法、土魔法、闇魔法、そして光魔法。
人形から放たれる八色の魔法は、まるで虹のように美しかった。
「…………………」
しかし、相手は終焉の悪魔。
あらゆる攻撃を受けてもすぐに再生してしまう。
終焉の悪魔は再び目にも止まらぬ速さでリゼットへと接近しようとした。
しかし
「………………傀儡魔法・時ノ停止」
瞬間、時間が止まる。
その中でリゼットは人形を二十体、終焉の悪魔の周囲へと配置し
「………………傀儡魔法・空間ノ捻」
そう言い放つと、終焉の悪魔の身体が捻れ始める。
両腕が、両足が、顔が、体が、角が。
全てがまるで湾曲するかのようにぐるぐると捻れた。
そして
「……………………解除」
その途端、リゼットに向かって高速で飛んでいた終焉の悪魔が粉々に弾け飛ぶ。
「な、なに今の!?!?」
「一体何したの…………」
突如として起きた出来事に、皆が驚きを隠せずにいた。
リゼットはその場から一歩も動いていない。
ただ、状況だけが突然変わった。
「まさか、時間魔法…………」
エメリアが呟く。
「いや、それだけじゃない。あの捻れ方は空間魔法もだ」
リベリオもまた、エメリアの隣に立ち、言った。
「時間魔法に空間魔法って、それ特異魔法じゃない」
その言葉に、スピカが目を大きく広げた。
「ぇええええええ!!!リゼットめっっちゃ凄いじゃん!!で、スピカ!!特異魔法ってなに!!??」
「何も知らないのに驚くんじゃないわよ。特異魔法というのは、元々は固有魔法だったものよ。魔法の解析が進んで、今こそ固有魔法では無くなったものの、それを習得する人数は万に一人かそれ以上と言われているわ」
「ええぇぇええええ!!じゃあめっちゃ凄いじゃん!!!!」
「だからそう言ってるでしょ。それにしても、これほどの力を隠してたなんて……。正直驚いたわ」
スピカは空中で人形を操るリゼットを見つめながら呟く。
シキもまた、その瞳を輝かせた。
「リゼット…やっぱり凄いや…………」
「はい。私ももっと頑張らないとですね。リゼットさんの隣に立つために」
「ふんっ、まさかリゼットがこんなに強ぇ奴だったとはな。いいじゃねぇか!俺が超える目標は、こんぐれぇでっけぇ方が丁度いい!」
ヴェーターが感嘆の声を漏らし、ラミアはその姿に勇気をもらい、そしてアルケーはリゼットを見つめて闘志を奮い立たせた。
「がんばれぇえええ!!リゼットぉおおおお!!!」
「リゼットさんなら大丈夫です!」
「負けたら容赦しねぇからな!!」
「頼りにしてるわよ、リゼット」
「リゼットなら、きっと……うんん、絶対大丈夫だよ」
その声はリゼットの心を更に高ぶらせる。
誰も怖がってない。みんなが本当の自分を受け入れてくれている。
みんなの声が、リゼットの心に強く響いた。
弾け飛んだ肉体を再生させた終焉の悪魔を、再び人形が囲う。
そして再び繰り出される闇魔法。
しかし、今度は違う。
両手を高く掲げ、あの巨大な闇魔法を複数個作り出した。
「あの魔法を、大量に……!?」
メルティがその光景を見て足を退ける。
しかし、その前には何よりも輝く少女がいる。
闇を照らす、小さくて強い光が。
「……………………演算反転」
その言葉を言い放つと、複数の闇魔法はまるで巻き戻されたかのように消える。
「い、今何を……」
「わからない。けれど、これもリゼットの力ってことは確かよ」
ヴェーターがスピカに問うが、スピカですら何が起きたのかわからなかった。
あの大きな闇魔法が全て消えた。
目に映ったそれが現実であることが確かだということしか。
リゼットはそれからも魔法を繰り広げ続けた。
複数の人形から同時に放たれる魔法。
その全てが、人間という範疇を超える規格外の威力。
それでもなお、終焉の悪魔は再生し続ける。
「……………………再生は、厄介」
リゼットは小さく声を漏らし、二十体の人形をさらに上空へと上げた。
「え!!リゼット何するの!?!?ねえアルケー!どういうこと!!?」
「うるせぇ、静かに見やがれ!」
「わかった!!!」
二十体の人形はまるで円を描くように配置される。
そして、その人形全てが一斉に魔法を作り出していた。
「………………この魔法は、使いたくなかった」
それはリゼットが最も嫌っていた魔法。
けれど
「………………今は、向き合いたい。この魔法に、そして、みんなに」
その気持ちが、彼女の最大の魔法を繰り出そうとしていた。
「………………傀儡魔法・時ノ停止」
リゼットは再び時間を止める。
終焉の悪魔の周囲に集められた人形が、一斉に魔法を放つ。
そしてその上空。
そこにはゆっくりと、巨大な扉が形成されていた。
それはまるでドールハウスの扉のような、白く可愛らしい高級感の溢れる扉。
そしてその扉が形成された時、扉は開き始めた。
それと同時に
「……………………解除」
再び時が動き出した。
周囲の人形からの攻撃を一斉に受けた終焉の悪魔は、再びその傷を再生させる。
しかしその直後、巨大な白い腕が彼へと伸びた。
いくつもの巨大な腕。それは、あの上空の扉から出ているものだった。
終焉の悪魔も、他の皆も、その扉の先へと視線を向ける。
そこから顔を出していたのは、まるで作りかけの巨大な人形達。
形だけが出来ただけの、不完全な人形が終焉の悪魔を見つめる。
「ぇええええええ!!!!」
「な、なんだこれ!どんな魔法だよ!!」
その光景に、シキとアルケーが今にも目を飛び出しそうな勢いで驚く。
「こんな魔法見たことがありません。でも、リゼットさんがこれを見せてくれたってことは…」
「私達のことを信じている証拠ね」
「うん。僕は嬉しい、リゼットの本当の力が見れて。そして、リゼットの友達になれて」
その光景はおぞましいの一言に尽きる。
けれど、五人はそれを見て恐怖の心は微塵も湧いてこなかった。
むしろ、リゼットがいてくれる。
ただその安心感だけが胸を包み込んだ。
リゼットは静かに右手を上げると、静かに目を閉じた。
大切な友達に囲まれて、幸せに生きる。
そしてこれからも、普通に生きることを夢見る。
それは人間になることじゃない。
人形の身体で、人形の自分として、ただ普通に。
共に夢を見続けてくれる友達が隣にいるから、この魔法も、この身体も、この力も、全て受け入れられる。
『私たちの夢を叶えてくれて、ありがとね』
─────見ててね、パパ、ママ。そして、人間だった頃の私。 これが、皆が繋いでくれた私の魔法……
「………………傀儡魔法・怪座ノ扉」
リゼットは静かに目を開き、その魔法の名を口にした。




