〈10-14〉人間の私と人形の私
行かなきゃ。
そう強く思っていても、一歩が踏み出せない。
「………………どう、して…」
みんなが受け入れてくれたのに。
やっと、本当のことを話せたのに。
それなのにどうして。
「………………やっぱり、私は…」
リゼットは崩れ落ちるように膝をついた。
どうしても自分を受け入れられない。
視線を落とすと、ぽっかりと空いた胸の穴が、残酷な程にその現実を見せつけた。
普通に生きることは、もう許されない。
「……………………」
やっぱり、自分は呪われた存在。
みんなと一緒にいてはいけない存在。
「……………………私は…もう、普通には…」
そう、呟いた時だった。
「そんなことないよ」
「………………え?」
突然聞こえてきた声に、リゼットは視線を上げる。
それは、幻だった。
いや、本当の自分と言うべき存在。
朱色の髪と瞳をした、小さな女の子。
人間だった頃のリゼットだった。
「そんなことないよ、リゼット」
「………………どう、して…」
「だって、あなたは私だから」
「……………………」
胸が苦しい。
こんな体になってしまった自分が憎い。
それでも、目の前の少女は笑顔だった。
胸に空いた穴を見ても、その笑顔を崩すことは無かった。
「あのね、私は幸せなんだよ」
「………………幸せ?」
「うん!だって、パパとママにたっくさん愛されて、人形を使う魔法もいっぱい練習できた。確かに私は事故でママと一緒に死んじゃったけど、でも、私の夢はあなたが叶えてくれたから!」
「………………でも、それは…」
「人形になったから、そんな事はもうわかってるよ。人間の私には出来なかったことを、人形になって初めてできた。でも、それは全てが無駄になった訳じゃない」
「……………………そんなこと…」
「あるよ!だって、この魔法は私が頑張って作った人形魔法。それを受け継いでくれたのは他でもない、あなたなんだから」
「………………………………」
「私の夢は叶ったよ。あなたのおかげで、叶った。だからね、次はあなたが夢を追いかける番だよ」
「……………………でき、ないよ…」
「うんん、できる」
「………………無理…」
「そんなことないよ!」
「………………だって、私は、呪われた人形。普通には、生きられない…」
「たしかに、私の身体は人形になった。私の魂は、あなたの身体として移った。でも、それはパパとママがくれた愛なんだよ」
「……………………愛?」
「うん!私はパパとママの愛を沢山貰った。あなたが今ここにいるのも、愛してくれた証拠なんだよ?」
「………………愛してくれた、証拠…」
「そうだよ。だから、呪いなんて言わないで。この愛はずっとずっと変わらない。たっくさん愛をもらって、そしてもう一度夢を見ることができて、私はすっごく嬉しかったから!」
「……………………」
「あなたも愛されてるじゃん、皆に!」
「……………………え」
「シキも、スピカも、ヴェーターも、アルケーも、ラミアも。みんなあなたの事を大好きじゃん。だからこそ、人形であることを受け入れてくれた。手を差し伸べてくれた。これ以上に愛されてる証なんてどこにも無いよ!」
「………………………………」
「だから次はあなたの番。みんなに愛されて、みんなと一緒に生きて、そして誰よりも大きな夢を持つの!」
「……………………夢…」
「うん!だって約束したじゃん、みんなで夢の果てに行こうって!」
「………………」
「普通に生きて、普通に死ぬ。それは叶わない夢かもしれない。けれど、私だって最後まで叶えられなかった夢がある。それでもずっと私は夢を追いかけてきたから」
「……………」
「だから、あなたも夢を見ていいんだよ!それが叶わない夢だったとしても、あなたは一人じゃないから!隣で一緒に夢を目指す友達がいるから!」
「…………」
みんなの顔が浮かぶ。
元気に私を呼んでくれるシキが。
優しく私を支えてくれるスピカが。
気持ちを分かりあってくれるヴェーターが。
本気で私を越えようとしてくれるアルケーが。
私の隣に立ち続けてくれるラミアが。
みんな、私を見てくれていた。
みんなが、私を一人にしなかった。
「……………………」
ずっと一人だと思っていた。
こんな夢、もう見ることすらいけないことだと思ってた。
でも、違う。
みんな本気で夢を追い続けてるんだ。
そこに、私もいるんだ。
「リゼット!」
「リゼット」
「……………………え?」
幼い自分の隣に現れた姿。
それは、フィンゲルとレイチェルだった。
「………………パパ、ママ…」
声を漏らすリゼットに、二人はただ一言告げた。
「生きててくれて、ありがとう」
「………………っ!」
その瞬間、リゼットを覆い尽くしていた恐怖の感情が消え始めた。
自分は生きちゃいけない存在だと思ってた。
けれど、今初めて生きていてよかったと思えた。
こんな身体になってしまっても、それでも生きていていいのだと初めて思えた。
『………………私は、きっと…』
入学式の日のことを思い出す。
あの日、私は魔法学園に行けば誰かが私を受けいれてくれると思ってしまった。
生きていていいと思えると、思ってしまった。
それは叶わぬ夢だと思ってた。
けれど、本当は違う。みんなに受け入れて欲しい。これからもずっと生きていたい。
ただ、普通に生きていたい。
「…………………………」
リゼットは再び視線を上げた。
「………………ねえ」
「なあに?」
「…………私の夢は、普通に生きること」
「うん!知ってるよ!」
「………………こんな私でも、普通に生きて、いいのかな」
「あたりまえだよ!この夢はあなたの大切な夢だから!」
「………………うん…」
そして、幼い少女はリゼットに手を差し伸べた。
「私はちゃんと生きたよ!だから次はあなたの番。だから行こ!みんなが待ってる!」
「……………………」
「私の夢を、うんん。私たちの夢を叶えてくれて、ありがとね!」
リゼットがその手を取り立ち上がった瞬間、その少女と両親は姿を消した。
静寂の空気と、ステンドグラスから差し込む光だけがリゼットを包み込む。
「………………」
もう迷いはなかった。
愛してくれた両親のためにも
隣にいてくれる友達のためにも。
もう、怖くない。
リゼットは胸に空いた穴を押さえると、小さく息を吐いた。
「……………………行こう」
聖堂の扉が静かに開かれる。
外はもう暗くなっており、月明かりが窓の隙間から差し込んだ。
まるでスポットライトを浴びせるかのように、月の光が彼女を照らす。
「……………………みんなが、待ってる」
リゼットは胸に空いた穴を修復すると、人形を抱きながらその一歩を踏み出した。




