〈10-12〉残酷な願い
一人残されたフィンゲルは、亡き妻と娘を埋葬し、そして一人暮らすこととなった。
リゼットの部屋には、誕生日プレゼントとして贈るはずだった等身大の人形。
淡い金髪と、コバルトブルーの瞳が無機質にこちらを見つめる。
「リゼット……」
フィンゲルはまだ受け入れることが出来なかった。
妻と娘が死んだという、その事実を。
それからフィンゲルは魔法の勉強をした。
それは、娘だけでも生き返らせたいという願いからだった。
他者を生き返らせる魔法なんて存在するはずがない。けれど、それすらも受け入れることが出来ないフィンゲルは、ただひたすらに調べ続けた。
時には遠くの街へと出ることもあった。
そんな彼に、突然転機が訪れる。
「ねえねえ!君、いっつも魔導書探してるでしょ?」
「なんだよお前」
そんな彼に話しかけてきたのは、紫髪の女性だった。
「俺は今忙しいんだ。お前と話してる暇なんてないんだよ」
フィンゲルはその女性を振り払うようにその場から去ろうとする。
「何の魔法が知りたいの?」
そんなフィンゲルを、彼女はそう言って引き止めた。
「なんなんだお前、しつこいぞ」
「ウチはただの旅人だよ。で、何の魔法が知りたいのー??」
旅人を名乗る彼女に、フィンゲルは突き放すように言葉を返した。
「人を生き返らせる魔法だよ」
フィンゲルは彼女の方向を振り向かず、ただそれだけ言って再び歩み始めた。
しかし
「生き返らせる魔法かぁ……。うーん……。あるっちゃあるんだけど、ちょーっと難しいかなぁ」
「はっ?」
その言葉に、フィンゲルは振り向く。
人を生き返らせる魔法が存在する。
その言葉を聞いたフィンゲルは、手に持っていた魔導書を全て落とし、目を丸くした。
「そんなものが、本当に存在するのか…」
「まぁ厳密には生き返らせるって言い方はちょっと違うけどね。でもでも、ウチの知ってる魔法に似たようなものがあるからさ」
「教えてくれ!頼む!!金でも命でもなんでも差し出す、だから、だから!!」
フィンゲルはその瞬間、その女性に抱きつくように懇願した。
「うーん……」
しかし彼女はそんなフィンゲルを見て少し考える。
「別にいいけど、君、死ぬよ?」
「え?」
その一言に、フィンゲルの表情が再び曇る。
「生き返らせると言っても、それはそのまんま蘇生しますというのとは別なんだよねぇ。必要なのは身体と術者の命。死んだ人間の魂を移すものならなんでもいいよ。そして、その魔法を使うには命も捧げなければならない」
彼女がそう言うと、フィンゲルは大きく息を飲み込んだ。
「つまり君は命を捧げてでもその魔法を使わなきゃならないってわけ。その覚悟はある?」
「ある。いや、娘のためならこの命だって捧げたって構わない」
フィンゲルは即答だった。
娘を生き返らせる。その夢のためなら、自分がどうなろうと構わなかった。
「覚悟はあるようだね」
そしてその女性を家に招き、魔法を教わった。
それは、禁術と呼ばれるものだった。
命と引替えに、あらゆる奇跡を起こすと言われる魔法。
使ったら最後、何が起ころうと死ぬことになる。
それでもフィンゲルはその魔法をやめようとはしなかった。
「肉体はなんでもいいのか?」
「うん。誰かの死体でもぬいぐるみでもなんでも大丈夫。その人の魂を入れることが出来ればいいから」
そしてフィンゲルの目に入ったのは、あの等身大の人形。
もし本当に魂を移すことができるのなら、これしかない。
「じゃ、はじめよっか。ウチが教えるから、その通りにやってみてね」
「あぁ」
そう言われるがままに、フィンゲルは禁術を使った。
妻を思い、娘を思い、そして生きていて欲しいと願った。
たとえ自分が死んだとしても、それでも娘だけでも生きていて欲しかったから
(頼む……リゼット…………)
彼はその命を代償に、禁術を使用した。
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「…………」
それから一年が経ったある日、一人の少女が目を覚ました。
淡い金髪、コバルトブルーの瞳、そして人形のような白い肌。
少女は体を起こすと同時に、違和感を覚えた。
「なんで、生きてるの…………」
自分は死んだはずだ。
けど、何故か自分は今ここにいる。
呼吸をしようとしても、動作だけで呼吸をしている感覚が無い。
肌に触れてみるが、ただ冷たさだけが伝わる。
その違和感に少女は立ち上がり、鏡に映る自分を見つめた。
「なん……で…………」
それは、自分のよく知る姿じゃなかった。
変わり果てた自分の姿を、ただ見つめることしか出来なかった。
なぜ変わり果てた姿で生き返ったのかわからないまま、彼女はただ静かに外に出た。
一緒に置いてあった、かつて自分が大切にしていた人形を手に。
そして再び、魔法を使う。
人形を操る魔法。
そしてその人形に魔法を撃たせる。
「えっ……」
それは、いとも簡単に出来てしまった。
生前あれほど苦労しても出来なかった魔法が、たったの一回で成功した。
それだけでは無い。
彼女の身体は膨大な魔力で動くようになり、思考も全て魔力とともに流れるようになった。
「……………………」
夢に見ていた人形と一緒に魔術士になること。
それは、突如として叶った。
それからはただ、この魔法を徹底的に突き詰める日々が続いた。
思考を分散させることも、魔法を解析することも。
まるで生前の努力が全て無駄だったとでも言うかのように、呆気ないものだった。
「…………どうして…」
まるで自分はもう人間では無いことを知らしめるかのように、彼女は異常なまでの力を手に入れていた。
「……………………」
誰もが欲しがるはずのその力は、彼女にとってただ残酷な現実を突きつけるものだった。
そして、かつての明るかった彼女の心は深く閉ざされた。
それは人形になったからでは無い。
人形として生きることになってしまった自分を受け入れることができなかった。
あの日の幸せも、父と母に囲まれて魔法を練習していた日々も、もうどこにも無い。
「………………………………」
リゼットはただ手に持った人形を見つめた。
「……………………これは、秘密に、しないと…」
誰かに人形であるとバレるのを恐れた。
自分が人形になってしまったことを恐れた。
あの日の平凡で普通の人生はもうどこにも無い。
「…………………普通に、生きたかった…」
リゼットはただ、そう願った。
あの日抱いていた夢を叶えると同時に、もう叶うことの無い夢を。
もし、普通に生きることが出来たのなら、それはどれほど幸せなのだろうか。
もし、普通に死ぬことが出来たのなら、それはどれほど救いなのだろうか。
ただその想いだけが、彼女の心を埋め尽くした。
それから彼女は、もう戻ることのない日々を感じながら、再びただひたすら魔法を覚えていった。
もう普通とは呼べない特別な才能に苦難しながら、大好きな人形と魔法だけを見続けた。
人形魔法というその名も、いつしか傀儡魔法と名乗るようになった。
自分はただの人形だという恐怖を抱えながら、ずっと。
リゼットは孤独の日々を過ごし続けた。
エウケー魔法学園に入学する、その日まで。




