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水平線を超えて渡る青い空と海  作者: 破魔 七歌 


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8/11

8.実力テストとその後で






(ザザーン……ザザーン)


 ──朝だ。目覚めとともに聴こえる波の音。

 ウチは、浜辺の民宿旅館だから、嫌でも何でもまずは波の音がひっきりなしに聴こえて来る。常に。


「おっはよぅございますぅっ!! 美世ちゃん! 昨夜は良く眠れたかなぁ?」

「ハァ……。朝から何そのテンションの高さは? 幽霊女子って皆そうなん? ってか、幽霊とかって朝の光に弱いんじゃ……」

「そんなことは、ありません! 私、ミサキは特別ですからっ! また学校に美世ちゃんと行けると思うと嬉しくて嬉しくて!」

「あぁ、ハイハイ。おはよ。ミサキさんは特別ですよね〜……」


 昨日は良く寝た。大樹との後、家に帰ってお昼ご飯食べてから寝た。それから、また晩に起きてお母さんが作り置きしてくれた夕飯を食べて、寝た。そして、朝。全くテスト勉強してない。


(あぁ……テスト。ヤバいよなぁ? いくら私の進路と関係なくても……白紙はヤバいよね? あ、マーク式のテストかな? それなら……)


 ──相変わらず、幽霊女子のミサキが部屋に居る。衝撃的な出会いから今日で三日目。特に霊障も祟りもないし? 

 全身を映す姿見の鏡の前に立つと、髪の毛ボサボサでヨレヨレのパジャマを着た私が映り込む。ん? 目の下のクマは綺麗に無くなっている。よし。


「あ、すっごい目の下のクマ、取れてますよ? 良かったですね? 美世ちゃん!」

「あぁ、ハイハイ。アンタと違って、私はこれから着替えとか学校の準備に忙しいんだから……」

「ですよね~? あ、美世ちゃんのママさんに朝のご挨拶して来よぅっと」


 全く、誰のせいで寝不足になったと思ってんの? ミサキ──って、言おうとして振り向いたら、もう居ない。さっきまで姿見の鏡の中に映り込んで居たのに。


「しっかし、ミサキが着てるあの制服。何処の学校のやろ? ミサキ、何処から来たんかなぁ? 知らんよなぁ……」


 足もとに脱ぎ捨てたパジャマを畳んで、制服に着替える。髪は櫛でとかしてみたけど、寝癖がヤバかった。コレじゃ、大樹みたいだ。


「ハァ……。昨日は勢いで大樹にあんなこと言っちゃったけど。私に何か出来ることあるんかな……」


 昨日、砂浜で大樹を岬さくら祭りに行こうって……私は誘った。それに、大樹が小さい頃に言った夢のことも……。嫌だな……。何だか、急に想い出してドキドキして来た。昨日は、眠すぎて、そのまま寝ちゃったけど……。今日、また大樹と同じ教室で会う。


 ──夕べ。一回だけ起きた時、大樹のピアノの音が聴こえて来た。いつにも増して激しい音色と演奏……。何かを振り払うような。それから、大樹のピアノの他にハッキリとオーボエの音を聴いた。あれは、沖野君だ。


「ふふ。良いなぁ。男の友情ってやつ? ハァ……。私にも大樹を支えてあげられるような何かが出来たらな。楽器は全然ムリやし……」


 制服に着替えた後で部屋の時計を見る。時間がない。ギリギリ。私は、首もとの……うなじの辺りで髪の毛を括った。

 それから、台所に降りてから適当にパンを一口。牛乳を一気飲みしてから玄関を出た。


「行って来ます!」

「あ、美世? 朝ご飯は?」

「また家帰ってから食べるから! 置いといて!」


(ガラガラ……)


 今日も快晴──。見渡す限りの青空と海……。水平線の向こうに、沖に出た船と島が点々と見える。風……気持ち良い。

 自転車に飛び乗ると、ペダルを踏んで一気に加速する。そう言えば、大樹って、もう学校に行く準備して家を出たのかな。小学生くらいまでは歩いて地元の小学校行くのに、よくピンポーンって大樹ん家に行ったっけ。


「いやいやぁ。絶景、絶景! 今日も良いお天気ですなぁ。美世ちゃん?」

「わっ!? い、居たの? あ、やっぱりミサキ……学校来るんだ?」

「そりゃあ、そうでしょ? 美世ちゃん家に居ても暇だし?」

「良いなぁ。ユーレイは暇で……」

「暇だけど、時間を持て余しすぎて逆に何したら良いか分かんないですよ?」

「ふぅ~ん? そんなもんなんだ……?」

「そう言うもんですよ……」


 ミサキが私の自転車の荷台に乗ったまま、寂し気に俯く。なんか黒髪ロングのミサキの長い髪が……風に靡いていた。気分? 昨日の音楽準備室じゃ、風に靡いては無かったのに。どうやら、幽霊には、ユーレイの事情ってものがあるらしい……。





「あ! おはよ! 美世! 昨日は、すっごい目の下のクマだったけど? 大丈夫?」

「お、おはよ、陽菜……。うん、大丈夫かな? ただの寝不足だったみたい……」


 あぁ、いきなりの元気。皆のカリスマ。髪金にしたポニーテールが、鈴のように肩に軽やかに揺れている。すっごい美人……。こんなん男子やなくっても、女子の私でも惚れてまうって……。


「おはよ、美世? すっかり元気になったみたいだね? 昨日は、すっごいしんどそうで眠そうだったよ?」

「あ、うん。おはよ、凪。なんか、めっちゃ寝たら治ったみたい? 心配してくれて、ありがと」

「良かった……」


 あぁ、クールビューティーなお嬢様。自然体で飾らなくって時に素っ気ないのに、気遣いのできる細やかさ。孤高にして高嶺の花。今日も黒髪ツインテールが鈴蘭のように揺れてますね? 私もファンクラブに入ろっかな……。


「あ、新浜さん! お、おはよっ! あ、藤堂さんも斉明寺さんも、おはよう……。大丈夫? 今日は昨日と違って元気そうだね? 肌の艶が違うよ?」


 わわっ! お、沖野君っ?! は、肌の艶が違うって、な、なんかドキドキする? い、いや、逆に昨日の私って……。ハァ……。ボロボロだったのかな。お肌のお調子。なんか恥ずかしい。


「ハハ……お、沖野君、おはよ? 昨日は、ヤバかったよね……? けど、逆に今日は大丈夫なんかなぁ。私……アハハ」


 超絶ハンサムボーイな沖野君の笑顔に、後光が射す──。今日も朝から眩しい光に癒されて、私は成仏……。いやいや、ちょっと気になって後ろを振り向くと、ミサキが……。


「あぁ……尊い光。眩しい。これが、お迎えってやつでしょうか……? 今まさに昇天し、天に召されてしまいそうな心地良さです……」


 ダメだ。ミサキ。けど、取り敢えず……そっとしておこう。もしかしたらミサキは、沖野君目当てに私と学校に来てるのかも知れない。充分、考えられる。


「おはよ……。あれ? 皆、もう来てるんだ。早いね……」


 それから──、大樹が来た。天才は遅れて来る。春風大樹……。私の幼馴染み。昨日は、あの後……何を想っていたのかな。聞いてはみたいけれど、テスト前のザワザワとした教室の空気と皆の視線が、一斉に大樹を包み込む。


 陽菜に凪に沖野君──。皆が口々に大樹へと話し掛ける。大樹も何だか嬉しそうにしていて、ベートーヴェンみたいな寝癖のついたボサボサの髪をワシャワシャしている。眼鏡の奥の目が笑っている。

 良いんだ……これで。これで良い。皆には、大樹を支えられる力がある。私は、大樹が幸せそうにしているなら……それで良いんだ。





「あぁ、その問題は、こうしてこうして、こうだから。こうなるから、こうなるんであって。そっちの問題は、こうこうこうして、こうしてからこうなるから、こんな風に書いちゃえば良いと想いますよ? 美世ちゃん?」


 実力テスト──。試験開始。試験が始まってから、ミサキが私の席の隣に立っていて……あぁだこうだと、ひっきりなしにうるさい。まるで先生みたいだ。ここに来て、意外にもミサキが勉強の出来る秀才だってことが発覚する。

 私は良心の呵責から、ミサキの助言には従わずに、直感と気合と集中力による念力で素早くマークシートを黒く塗りつぶしていく。

 途中、ミサキが立つ隣の席をチラッと見ると、背中を丸めた大樹が一生懸命にマークシートを塗りつぶしている姿が見えた。頑張って……大樹。


(キーンコーン……カーンコーン)


 チャイムの音とともに、先生の掛け声が教室中に響く。ふぅ……。何とか、終わった。やりきった後の達成感。指先のあたりが、削れた鉛筆の芯のせいで黒い。全教科、終了──。まぁ、第六感を全開にして直感で乗り切っただけだけど? 新しく目覚めた、幽霊女子のミサキが視える自分の力を信じたい。

 けど、他の幽霊とか不思議な存在って……なんも視えないんだよなぁ。不思議。なんでだろ?


 それから、放課後──。ホームルームが終わると、私と大樹の席に音大志望メンバーの陽菜と凪と沖野君が集まって来た。昼休みはテストの話題で持ち切りだったけど、今度は……あの話題になる。それは、大樹の──。


「えぇっ?! まだ進路を決めてないっ?! てっきり僕は、大樹が音大に入るって……」

「まぁまぁ、悠真君? 落ち着きなって……。私も大樹が何処に進路を決めるのか、気にはなってたけど?」

「陽菜の言うとおり。大樹君には大樹君の未来があるんだから。自分で決めなきゃ。けど、大樹君がその気なら……私がパトロンになるんだから」

「うっ……。凪って、時々、すっごいこと……言うよね?」


 パトロン──。なんか凪の言った言葉の響き方が、すっごく大人だった。ドキドキする。カリスマ女子の陽菜が驚くくらいに。私には衝撃的だった。


「皆、ありがとう……。僕には勿体ないくらいだよ。斉明寺さんが言うように……僕も自分で進路、決めなきゃ」


 眼鏡の隙間から見える大樹の瞳──。空に広がる雲のように掴めない。どんな気持ちなの? 大樹……。

 大樹の指先が、トン──と、机の上に触れた。それは、ピアノの鍵盤に触れた時みたいな。

 少しの間、皆が大樹と大樹の指先を見ていた。静まり返った教室の空気……。ふと窓を見ると、カーテンが風に揺れていた。水平線が見える海と空は、いつもどおり……何処までも青かった。


「良いんですか? 美世ちゃんの大樹君。このままにしておいて……」

「……」


 私の隣で、ミサキが肘を当てて来て……。ツンツンと、私の脇腹をつっつく。何も言葉が浮かばない。いや、ましてや、陽菜も凪も沖野君だって目の前に居るのに。砂浜で叫んだ時みたいに、私は大樹の夢のことが、大樹には聞けなかった。


「あ、それと……」


 どうしたんだろう。凪が、何かに勘づいたように言葉を口にした。


「美世? これは大樹君と関係ないんだけど。……お祓い。大樹君の神社でしてもらわない?」

「え?」


 その凪の言葉の後で、幽霊女子のミサキがブルブルと血相を変えて震えだした。首を横に振りながら、胸の辺りで手をバッテンにして拒否している。


「いや、私、なんも調子……悪くないよ? むしろ、元気だし?」

「なんて言うのかな……声? 美世から聴こえて来るんだ。さっきだって……」

「いやいや! そ、空耳じゃないんかなぁ? こ、コワいよ? 凪……」

「どうなのかなぁ? うーん。私には、声じゃなくって、影? みたいなのが美世と重なって見えるよ?」

「え?! ひ、陽菜まで?!」


 事情が事情だけに。ミサキのことを知っている私は、何とか事態を収拾させようと取り繕うのに必死だった。沖野君と大樹は、キョトンとしている……。


「大樹、視える? 僕には何も視えないんだけど?」

「うん。美世からは、何も感じないって言うか。何も聴こえないんだけど……」


 言葉のあやかもだけど……。私からは何も感じないって、それはそれでショックだ。大樹……。

 けど、まぁ、お祓いとかご祈祷の初穂料って私の個人負担になる訳だし? いやいや、待てよ? 大樹のパトロン候補の凪姉さんが、お金払うからって頑なに押し通すのかも知れない……。


「いやいや! そ、そこは、合格祈願とか良縁祈願とかで、大樹の神社にお詣りに行って……。お、お守りとかの購入で良いんじゃないのかなぁ? な、なんか私のことでって皆に悪いし。私……全然、き、気にして無いからっ!!」


 りょ、良縁祈願って。何だ……私。え? 私、また変なこと口走ってる?

 何だか、妙に凪と陽菜が顔を見合わせている。大樹と沖野君も。


「じゃあ、大樹君の神社でお詣りとお守り……皆で行く? それから、岬さくら祭り──、皆で一緒に行こ?」

「あ、良いねっ! 私は明日が良いかな? これから忙しくなるし? ちょうど土日で学校休みだし?」

「賛成っ! あぁ、急に僕たちって、まとまって来たよね? 名前は……ザ・音大ズ? とか……」

「ね、ネーミング……。それに、美世も僕も……まだ」


 大樹が、チラッと私の顔を見た。そう……。私が、大樹と二人で岬さくら祭りに行こうって誘ったから。

 それに──、大樹が言うように大樹が、これからをどうするのか……決めてない。私も……そうだ。


「ご、ごめん。そ、そうだよね? なんか、ごめん。新浜さん……大樹。あ、そうだ! 新浜さん、大樹や僕らのマネージャーになれば良いんだよ! お、押し付けがましいかな? 旅館経営も音楽の経営に通じるものがあると想うんだけど……」


「え?」


 思いがけない言葉だった。クールそうな外見に似合わず、沖野君の言った言葉に一瞬だけ……心がハッとなった。

 大樹が驚いて私の顔を見ていた。凪も、陽菜も……。

 ふと後ろを振り返ると──、ミサキだけがホッとした表情を浮かべて……胸を撫で下ろしていた。





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