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水平線を超えて渡る青い空と海  作者: 破魔 七歌 


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5/12

5.海辺の約束






 クラス替えの後──、オリエンテーションとホームルームで午前中が終わった。教室を出ると校内の廊下が、ザワザワと騒がしかった。帰宅する子、部活に行く子──。また、いつもの高校生活が始まったんだなぁって想う。終業のチャイムが鳴る。


(キーンコーン……カーンコーン)

 

 その後、陽菜と凪と沖野君と……私と大樹を交えて、音楽準備室に居た。ミサキも。

 グランドピアノ──。大樹が椅子に腰掛けると、皆が大樹を囲む。一歩退く。私は、大樹の背中を見つめながら、皆とは少し離れた場所に居た。


「あぁ、これこれ! ココ。大樹は、どんな感じで弾くの?」

「うん。ここはね……」

 

 陽菜が大樹に話し掛けると、一瞬だけ時間が止まった。それから時が、ゆっくりと大樹の奏でる音ともに流れ始める。私は大樹の優しく揺れる肩と背中と、しなやかに流れる指先を見ていた。気品と艶のある静けさの中に──、軽やかな鈴の音色のような音が響く。

 けど……何処か寂しさを感じる。


「わぁ! 凄いっ!! バッハのインベンション第一番っ!! 大樹が弾くと全然、違うっ!!」

「流石は大樹君だね……。個人レッスンの先生が弾くのとは、また違って」

「うーん。大樹、上手すぎ。正直、そこまで弾かれると専攻じゃなくても気後れしちゃうなぁ……」


 私は──、音楽準備室から見える窓の外を見ていた。水平線に浮かぶ小さな島が見える。いつもと変わらない。青い海と空を見ていた。


「なんか、この三人……。私と美世ちゃんと、住む世界が違うって感じ……ですね」

「うん……そうだね」


 窓の隙間から春風が入って来る。校庭に桜の花びらが舞ってる。私は、後ろに靡いた髪を耳もとに掻き上げた。直ぐ傍にミサキが居てくれるのを感じる。黒髪ロングのミサキの髪の毛は、幽霊だからか、風に靡いてはいなかった。


 それから──。三人がピアノのことで大樹を囲む様子を遠目で見ていた。


(進路……。大樹は、どうするのかな……)


 私が入れない輪の中心には大樹が居る。もしかしたら、こんなにも大樹を遠くに感じたのは初めてなのかも知れない。

 

(カッチ……カッチ)


 音楽準備室の壁に掛けられた時計──。秒針の針の音が鮮明に聴こえる。メトロノームの音みたいに。私の心が……揺れている。小さい時、大樹の家で遊んでいた頃のことを想い出す。あの頃は、楽しかったな……。







「うん。副科ピアノ……。皆、音大受験に向けて、専攻の楽器以外にもピアノの練習してるんだと思うよ?」

「え? 嘘っ?! じゃあ、なんで皆、大樹のところに?」

「うーん。息抜き? たぶん練習で分からないことや詰まっているところを、学校で聞きたいんじゃないかな? その方が効率良いから……」

「ってことは、大樹も……音大? 受験?」

「うーん。どうなのかなぁ。三人とも音大の受験対策に、勉強と練習とで吹奏楽部も辞めるみたいだし……。僕は──」

「え?! み、皆、辞めちゃうの?! た、大樹は……?」

 

 学校から二人きりで自転車を押して帰る海辺の道──。久しぶりだ。目の前に広がるキラキラ光る海……。今日も相変わらず綺麗だ。海鳥が鳴いてる。音楽準備室の窓から見えた風景と同じだ。


「良い……雰囲気ですね? 美世ちゃん! 頑張りどころです!」

「シッ! 静かにしてて」

「はーい……」


 とは言っても、幽霊女子のミサキが居る。正確には二人きりじゃない。三人だ。


「? 美世って、独り言喋るタイプだったっけ? 目の下のクマも凄いし……なんか疲れてる?」

「いやいや! 大丈夫!大丈夫!! た、確かに疲れてるのかなぁ? 夜ふかしし過ぎて?」


 確かに疲れている。正確には憑かれている。ミサキに。

 まぁ、でも……ただの寝不足?──だと思いたい。色々、疲れては居るけれど、やっぱり正直言って音大とか受験とか……皆の進路のことを聞いてしまったのが一番心に効いてる。そして、一番気になるのは──、やっぱり大樹のこと。


「話の続き。大樹は、どうするの? 進路……」

「うん。僕の実家は神社を守っているからね。家を継ぐ──のも悪くはないかな? 神主さんでも目指そうかな……なんて」

「え?」


 ──意外だった。てっきり、音大とか言うのかと思った。


「ピアノ……。勿体なくない? 大樹にとって、ピアノって何なの?」


 私は自転車を停めて、砂浜へと降りた。ローファアを脱いで靴下も脱ぐ。今、何時だろうか。空が高い。お腹が減ってる。太陽の日差しが眩しい。何処までも青い……。


「実家の民宿旅館──、継ぐんでしょ? 美世……それなら別に」


 別に? 何だろう……。振り向くと、裸足になった大樹がブレザーを脱いで私の傍まで歩いて来た。


(ザッ……ザッ)


「美世が居るんなら、良いかなって。ピアノも今までどおり……それで良くない?」


 海を見つめながら砂浜に座る大樹の背中が、妙に落ち着いていた──。なんだか、この海と空が見えるキラキラとした風景に……大樹の姿が溶け込み過ぎていて……。まるで小さくなって、そのまま大樹が居なくなってしまうみたいに──、そんな風に感じた。


「そ、それじゃあ、なんか……私のせいみたいじゃない?」

「え?」


 言葉は嬉しかった。けど、なんでだろう……。寂しいような、何処か切ないような──。

 大樹が、この小さな海辺の静かな場所で、そのまま時間を……一生を終えてしまうのは、とても、とても……物凄く勿体ない気がした。


(そうだ……。中学三年の時にピアニストだった大樹のお母さんが亡くなってから……それから)


 黙ったまま、砂浜に座った大樹がキラキラ光る海を見つめている。大樹は、あれからピアノのことを殆ど話さなくなった。コンクールにも出ていない。ただ、この三年近く──、大樹の家からはピアノの音が鳴り止む日は無かった。どんな想いで弾いていたのか……私には想像もつかなかった。


「ねぇ? 実力テストが終わったらさ……。岬さくら祭り──、行かない?」

「え? 美世と……?」

「うん……」


 何だろう……。舞い上がっているような。ううん。私が、何とか引っ張り出さないとイケない。この海辺の小さな場所から。あの沖に浮かぶ小さな島の水平線よりも、遠く高く……海を越えて、空を越えて。大樹を何処までも、ずっとずっと遠くへ、高く──飛ばせてあげるのが私の役目。そんな気がした。


「小さい頃、行ったきりだったな……。母さんと」

「まだ散ってないよ……桜」

「うん、散ってない……。美世も居たよね。あの時──」

「うん。居た……。楽しかったね?」

「うん……楽しかった」


 大樹が座ったまま眼鏡を外して──、目もとを擦るような仕草をした。どうしたの?って、聞かないことにした。私は、大樹の背中をジッと見つめていた。

 

 ──私と大樹が居る海辺の砂浜。波の音が……静かだ。


(ザザーン……ザザーン)


 ふと振り返ると、春風に桜の花びらが乗って……少し離れた場所に立っていたミサキの足もとへ──飛んで行った。


「じゃ、帰ろうか? お腹も減ったし? また連絡するね? 大樹……。ピアノ、サボるなよ? 指は動かしとけよ?」

「ハハ……言われなくても。そのつもりだよ? 忘れたくないからね……ピアノのことは」


 大樹が、ベートーヴェンみたいな頭の毛を……手でワシャワシャ!としてから立ち上がった。眼鏡をスッと掛け直した大樹の顔は、いつもとは違って見えた。

 ──私は、スーッと大きく息を吸い込んだ。


「おーいっ!! 忘れてへんやんなぁーっ?!! 小っさい時、大樹が話した……夢のことーっ!!」


(ザザーン……ザザーン)


 波の音だけが聴こえる──。静かな砂浜。青い青い海と空。

 私は、そのまま裸足で駆け出して……自転車を押して家まで走った。

 振り返ると、大樹が空を見上げて立っているのが見えた。

 

「み、美世ちゃーん! ハァハァ……。わ、私のこと、お、置いてかないで下さいよーっ!!」


 ……忘れていた。なんだか、大樹のことで舞い上がっちゃっていた。ミサキのこと……。

 けど──、ミサキの存在に助けられた気がする。そんな気がした。






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