10.ご祈祷を受けたのとその後で
(ドン……ドン……)
ご祈祷のための太鼓の音が鳴り始めた。特に何かがある訳じゃないけど、緊張する。皆、前向いて静かにパイプ椅子に座って居るし。大樹のお父さんが言うには、やっぱり合格祈願とか良縁祈願のためのご祈祷らしいけど。大丈夫なんかなぁ……ミサキ。
「うっ……うぅっ」
後ろに居るミサキの声が、何だか苦しそうに聴こえて来る。けど、私が今、椅子から立ち上がる訳にもいかないし? 声が聞こえる凪は怪しんでないのかな。陽菜は影みたいなのが視えるってミサキのこと言ってたけど。ご祈祷が始まっていて、後ろを振り向くのも空気的に気まずい。音大合格祈願とか何がしかの良縁祈願とか……そのための祝詞奏上が、大樹のお父さんと巫女さんの二人で始められてるけど。
「あ、あぁ……」
やっぱり、ミサキの声が後ろから聴こえて来る。ミサキ……。やっぱりミサキのことが、どうしても気になってしまう。私は、ミサキが居る後ろを振り向いた。
(居る……。ミサキ、大丈夫なん?)
何だか、ミサキがギュッと瞳を閉じたまま手を合わせて居た。……神社の本殿の天井を仰ぎ見ているミサキ。私は、ミサキの方へと振り向いたまま、目配せをした。パチパチと瞬きをしながら、ミサキにウインクを試みる。
(ミサキ……気づいて!)
私の気配に気づいたのか──、ミサキがそっと震えながらも薄目を開いた。……ミサキが、私を見た。軽く右手の人差し指と親指をくっつけて、ミサキは私へとオッケーサインを送って来た。どうやら、ミサキは……大丈夫そうだった。何だか知らないけど、ウンウンと私へと笑顔を引き攣らせつつも頷いて居た。
(ホッ……。何とか祓われんで……済みそうやな、ミサキ。良かったぁ……)
私は、ご祈祷の太鼓の音と大樹のお父さんや巫女さんの祝詞奏上が聴こえて来る最中──。ミサキのことを心配しつつも、何とか前を向いて……座ることが出来た。
(ハァ……。ミサキが成仏しないように祈らなきゃ。いや、成仏しないようにって……。いや、でも──。んん? ……ま、待てよ? こ、コレって)
安心したのも束の間──。突如として私の脳内に、とある絵面が思い浮かぶ。コレは私の妄想かも知れないが──、大樹や皆が座って居る椅子の現在の配置に……とある式の構図を感じ取ってしまった。
(も、もしかして……。し、神前式──?! け、結婚式の構図じゃないの?! こ、コレって……)
右が新郎だったのか左が新婦だったのか、はたまた逆だったのか……よく分かんないけど。あ、頭の中が、混乱する。
大樹がパイプ椅子に座って居る後ろ姿──。その背中を見つめている私。ぐぐ……。か、悲しすぎる。大樹の隣には凪、そして、陽菜。その神妙な後ろ姿……。うぅっ……。もぅ、なんだか泣けて来た。……とっても悲しい。素直に祝ってあげられない。
そして、隣を見ると──。え? ま、まさかの……お、沖野君?!
(な、なんだ? こ、この構図と言い配置と言い……。ま、まさかの結婚式のようでは、あ、ありませんか……?!)
そんな最中、後ろをもう一度だけ振り向くと──。ミサキが何とも言えない感無量と言った表情を浮かべて、一人でパイプ椅子に座って居た。ミサキ……。偉いよ、ミサキ。天井を仰ぎ見ながら、一人で耐え抜いて居る。ミサキは、とっても健気だ。わ、私って馬鹿だな……。そんな変なこと、考えてしまって。
(ドン……ドン)
太鼓の音が鳴り響く中、それでもご祈祷の祝詞奏上が続く。巫女さんがお神楽を舞ってる。紙で作られた四手と、金色の鈴の音が、私たちの頭上に響き渡るように振られていく。
(シャラ……シャラ。シャラララ……)
ん? なんだろう。何かがホワホワと私の頭を温かく包み込んでいるような? 熱い何かが、私の背中をそっと手で添えるようにして押し上げてくれて居るような? な、何なんだろう。この感覚。とっても不思議な感じがする。
私の背筋が、ピン──と、伸びた。こ、これが、大樹の神社にお祀りされて居る神様のお力ってやつなのでしょうか……。ね、願わくば、た、大樹と一緒に──。私も……。
(ドン……ドン)
だんだんと太鼓の音が遠ざかって行く。なんだか、心地良い……。良い気分。眠い。眠いよ……大樹。ミサキ……。
「……」
「に、新浜さん? 新浜さん! 起きて!」
「え?」
気がつくと──、私はパイプ椅子に座ったまま眠ってしまって居た。隣に居た沖野君の声で目が覚めた。凪と陽菜──、大樹が私を見てた。沖野君も。皆、心配そうに私を見つめていた。
「ご、ごめん……。わ、私、ご祈祷の最中に寝ちゃってたみたいで……。み、皆さん、大変……も、申し訳ありませんでした」
気まずさのあまり、後ろをチラッと見ると──。ミサキが、今しがた目覚めたかのように、ハッ!としながらもパイプ椅子の上から起き上がって居た。ミサキが大樹ん家の神様に祓われずに済んで良かったけれど……。私は、なんだか、とっても恥ずかしい。居心地が悪い。穴があったら入りたい。そんな……気分だった。
「いや、いやぁ! 豪胆、豪胆っ!! ご祈祷の最中に寝ちゃうなんて、とっても良いことですよ? それだけ心と体が深く深〜く、リラックス出来たってことですから! 私のご祈祷も成功したってもんですよ! 気にしないでね? 美世ちゃん?」
「う、うぅっ……。す、すみません。大樹のお父さん。あ、ありがとうございます……」
恥ずかしい。とっても恥ずかしいよ……。わ、私の顔を覗き込む大樹のお父さんの顔が……ち、近い。
すると凪が──、ととと……と、大樹のお父さんに駆け寄って何かを手渡していた。
「これ、ほんの気持ちです。本日は、ありがとうございました。受け取ってください」
分厚い封筒──。もしかして……。
「いやいやぁ、良いのに良いのに〜。こんなに沢山……申し訳ないね? あ! そう言えば君は、斉明寺さんとこの……」
「はい。凪です。こちらは、大樹君の神社への寄贈……ということで」
そ、袖の下っ?! 取り計らいを今後とも是非宜しくお願い致します的なっ?! さ、流石は、パトロンの凪……。 え? 大樹のお嫁さん候補っ?! じょ、序列第一位っ?! 大樹のお父様への本命アピール?!
いやいや、な、何を想ってんのかな……私。不純だな。凪なら、シンプルにお礼の気持ちだけやったやろに。
──皆が凪に注目する中、一連の合格祈願ならびに良縁祈願のご祈祷は、幕を降ろした。私は、ただただ自分が未熟者であることを思い知らされた気がした。
けれども、やっぱり凪は名家のお嬢様らしく凛としている。その立ち振る舞いに、隣りに居た陽菜でさえ遅れを取ってしまった感が否めない。ましてや私なんて、言うに及ばず。こんなはずじゃ、無かったのにな……。
◇
古びたパイプ椅子から皆が立ち上がり、大樹のお父さんと大樹が何かを話していた。他の皆もお礼を言った後で、大樹のお父さんと何かを話してた。どうやら皆が持って来てた鞄かリュックの中身は楽器で、そのお祓いとご祈祷もちゃんとしたからとか何とか……。そんな話だった。
そんな最中──、私は一人で皆とは一歩退いた場所にポツリと立っていた。音楽とは関係のない私……。やっぱり皆とは私、一緒に居なくても……よくない? そんな風に想っていた。それと──。
「あぁ……き、気持ち良い。気持ちが良いもんですね。美世ちゃん……ご祈祷って」
ミサキだ。もうミサキのことが、ご祈祷の間ずっと、気になってしょうがなかった。フラフラとパイプ椅子から立ち上がったミサキが、何処の学校の制服だか分からない胸のリボンに手を当てて居る。恍惚とした表情を浮かべてるミサキ──。黒髪ロングの髪を背中に揺らしながら……ヨロヨロとフラツキながらも、ミサキが歩いて来て私に近づく。いや、半分祓われてない? 成仏しかけてもとるやん……ミサキ。
──私は、皆がまだ話をして居るのをチラッと横目に、ミサキへとコソコソと話し掛けた。
「大丈夫なん?」
「あぁ、あれが成仏って言うのかなぁ……。何だか温かい光がパァッと見えて来て。……私、そのまま」
「い、いや、それって……」
「でも……やっぱり美世ちゃんと離れるのって……寂しくて。せっかくお友だちになれた訳だし……」
何だか胸に突き刺さるような、心に響くような……沁みるような。
ミサキが、まだこの世に留まってくれた理由──。それが、私?
ハッとして、前を向いた。一歩離れた場所に皆が居る。皆とは一緒じゃない、違う距離感──。本当なら、私は今ここに……たった一人で立って居たはずだった。だけど……。
もう一度、振り向くと……ミサキが私を見ていた。ニコッと微笑んで居るミサキが、そこに立っていた。この神社の高台から見える、青い青い海と空──。水平線を背にして。
ミサキは私と同い年の女の子なんだ。何も私とは変わらないんだって想える。
──海からの潮風が吹き込んで来て、ミサキの長い髪が揺れた。桜の花びらが一枚……春風に乗って、私の足もとにヒラヒラと舞い込んで来た。




