決闘?
ミーナと船内のレストランで食事をしていた。
出された料理は豪華だった。
分厚いステーキ。香ばしい匂い。
借金生活で節約していた俺からすれば、感動ものだ。
――なのに。
俺もミーナも、フォークを動かせずにいた。
理由は一つ。
少し離れたバーの前で、揉め事が起きていたからだ。
女性が絡まれている
雪みたいに白い髪の中に、
血が滲んだような深紅が差しているような。
癖の少ないおかっぱ気味の髪
肌は異様なほど白い。
細く鋭い瞳は、男を見ているのに、まるで見ていない
女性は明らかに拒否しているが、男はしつこく見えた。
男こ身長は二メートル近い。
筋肉の塊みたいな体だ。
周囲の客も気づいている。
視線は向けるが――誰も動かない。
(……まぁ、そうなるよな)
関わりたくない。
それが普通の判断だ。
――だが。
一人だけ、動いたやつがいた。
猫背の、赤白髪のおかっぱ頭の男。
リオンが「強い」と言っていた男だ。
(あいつか……)
少しだけ期待して見ていた。
――結果。
「ぐぇ」
肘が当たっただけで、気絶した。
(弱っ)
リオンの目、節穴か?
大男はびっくりしているようだった
嫌がる女性を無視して、武勇伝を延々と語り始めた。
冒険者としての武勇伝が延々と続く
離れていても、普通に聞こえてくる。
グラッド・ウルス。
灰狼団の副団長。Aランク冒険者らしい。
(へぇ……)
正直、どうでもいい。
俺の感想は一つだ。
(関わりたくない)
知らない女が酔っ払いに絡まれている。
よくある話だ。
関わらないのが正解。
俺は視線を外し、ステーキにナイフを入れた。
その時だった。
「……」
ミーナの手が止まっている。
視線はグラッドに釘付け。
小さく何かを呟いている。
(……まずい)
嫌な予感しかしない。
そして――
ドン!
机を叩く音。
「許せません」
立ち上がった。
(やっぱりか)
「ミーナ、抑えろ」
低い声で言う。
頼むから、関わるな。
「はい、バスタル様の気持ちは分かっています」
(よし)
理解している。
さすがだ。
「バスタル様は怒りを抑えている」
……ん?
「英雄として、軽率に動かないよう我慢しているのですね」
違う。
「大丈夫です」
何が?
「私も理解しています」
してない。
「バスタル様が動けない以上――」
嫌な流れ。
「私に任せてください」
「、、、、」
ミーナはそのまま歩き出した。
(違う違う違う)
俺は慌ててミーナをとめるため肩を掴む。
――引きずられ、気づけば床に顔面から突っ込んでいた
「っ……!」
(俺、弱すぎない?)
ミーナは止まらない。
もう手の届かない位置にいる。
グラッドとの距離が縮まっていく。
(ああ……終わった)
(これ、確実に戦闘になるやつだ)
もし戦いになったら――
(頼むから勝ってくれ)
俺は祈った。
心の底から。
(負けたら……俺が行かなきゃだめか)
(……いや無理だろ)
絶対勝てないよ
勝てないに決まってる
「神様……」
「どうか――ミーナが勝ちますように」
そして心の中で、もう一つ決めた。
(……負けそうになったら、全力で逃げよう)
※
グラッドは赤白髪の女に興味を持った。
――一目惚れだった。
だからバーで声をかけた。
すぐどこかへ行きそうだったから、腕を掴んだ。
少し強引だったとは思う。
そこへ、おかっぱ頭の男が現れた。
同じ髪色。
(兄弟か?)
男はもじもじと、小声で何かを言っている。
聞こえない。
少し苛立ったが、身内なら無下にもできない。
落ち着かせようと、飲み物を渡そうとした――その時。
肘が当たった。
「ぐぇ」
男はそのまま倒れた。
(……弱っ)
それが率直な感想だった。
グラッドは困惑していた。
問題を起こすつもりはなかった。
ただ、少しでも女の興味を引きたかっただけだ。
どうすればいい。
女はため息をついた。
「……放っておけばいい」
初めて発した言葉だった。
グラッドは小さく頷き、話を続ける。
自分の戦歴。
功績。
武勇伝。
――だが、まったく響かない。
無視されている。
焦りで、声が大きくなる。
それでも届かない。
(どうする……)
話題を探そうとした、その時。
「離してください」
背後から声がした
振り向くと少女だった。
――綺麗だ。
無意識に、口元が緩む。
女に声をかけられる経験なんて、ほとんどない。
(もしかして……俺モテ期か?)
「まだガキだが……顔は悪くねぇな」
「なんだ、お前も俺と遊びたいのか?」
「……いいえ」
即答。
(じゃあ何だよ)
少女は一切視線を逸らさない。
「その女性が嫌がっています。離していただけませんか」
(……え?)
初めて気づいた。
嫌がっていたのか。
グラッドは一瞬言葉に詰まる。
だが――バレるわけにはいかない。
女慣れしていないなんて、知られたくなかった
グラッドは鼻で笑う。
「ぐはは……若いな。世間知らずってやつか」
「いいか、冒険者ってのはな――遊んでなんぼだ」
「いい女がいれば誘う。それが常識だろうが」
グラッドも女に話しかけたのは初めてだ
だから女慣れした冒険者を想像して話した
「知りません」
また即答
(……やりづれぇ)
どう対応すればいいのか分からない。
早くどこかへ行ってほしい。
だが、少女は続ける
「それに、あなたは暴力も振るっています」
「あぁ? 暴力?」
少女が指す。
倒れている男。
「あぁ……こいつか。勝手にぶつかっただけだ」
これは本当の話だった
だが――通じない。
視線が、鋭くなる。
(……信じてねぇな)
グラッドは肩をすくめた。
――なら、脅すしか思いつかなかった。
「この世は弱肉強食だ」
「強いやつが好きにする。それがルールだ」
「分かるか? お嬢ちゃん」
(これで引くだろ)
少女は目を伏せる。
「……なるほど」
「理解しました」
(よし……)
グラッドの口元が緩む。
「それがあなたの“常識”というなら――」
「従います」
「おっ、話が分かるじゃねぇか」
これで終わりだと思った。
――その瞬間。
「あなたに――決闘を申し込みます」
(……は?)
理解が追いつかない。
「……あぁ?」
固まる。
だが――
(ここで引いたら、話かけた意味がなくなる)
女の前で、格好がつかない。
グラッドは無理やり笑った。
汗がにじみ出ていた
「ぐはははは……いいぜ」
「決闘だ。勝った方が負けた方に命令する」
「何でも、だ。それでいいか?」
もう一度脅す
(頼む、引け……)
少女は、迷わない。
「構いません」
「構いません」
一歩も引かず、また即答
(……こいつ、本気だ)
(やばい)
言葉が出ない。
今さらやめるとも言えない。
グラッドはため息をつき、女の腕を離した。
同時に、魔力を込める。
荒く、重い魔力。
空気が軋む。
形成されるのは――
自分の身長ほどの大剣。
対して少女は、静かに手を掲げる。
無駄のない魔力操作。
細く、鋭い剣。
真逆の武器。
(……ほんとにやるのか)
(誰か止めてくれよ)
グラッドは迷いながらも顔には見せなかった
ただ、女の気を惹きたかっただけなのに
決闘になるとは思いもしなかった
グラッドは剣を構えるしかなかった
誰も止めない。
空気が、張り詰める。
――決闘が、始まる。




