到着?
目覚めたとき、朝だった。
……やっちまった。
どうやら昨夜、バーでそのまま寝てしまったらしい。
身体を起こした瞬間、鼻につく酒の匂いに顔をしかめる。
「酒くせぇ……」
周囲を見渡すが、誰もいない。
一人か。
ぼんやりした頭で、昨日のことを思い出していた。
……ワンダは死んだ。
ミーナの姉は、もういない。
そして俺は、その話を聞いて――逃げた。
悪気があったわけじゃない。
でも、あそこで逃げなければよかった。
今さらそんなことを考えても遅いのに、後悔だけが残る。
……謝るべき、だよな。
でも、気まずくなるのは嫌だ。
そんな情けないことを考えながら、自分の部屋へ向かう。
歩きながら、ふと思った。
酒の匂い消す香水とか……あったっけ。
その時だった。
自分の部屋の方から、聞き慣れた声がした。
「バスタル様がいない……?」
慌てた声だった。
ミーナだ。
……起こしに来てくれたのか。
そう思った瞬間、部屋の扉が開いた。
そして、目が合う。
……気まずい。
謝ったほうがいいのか?
いや、でも――
沈黙が流れる。
ほんの数秒だったのに、妙に長く感じた。
すると、ミーナはいつものようににこりと笑い、軽く頭を下げた。
「おはようございます、バスタル様」
いつも通りの声だった。
「起きていたんですね。どこに行ったのかと思って、少し焦りましたよ」
「あぁ……」
気の利いた言葉なんて出てこない。
ミーナは気にした様子もなく、続けた。
「朝食に行きませんか?」
「……着替えたら向かう」
「わかりました。では、部屋で待っていますね」
そう言うと、ミーナはそのまま自分の部屋へ戻っていった。
……いつも通りだった。
昨日のことなんて、気にしてないのか。
いや――気を遣わせるだけかもしれない。
謝らないほうがいいのか?
それとも、ちゃんと謝るべきなのか?
考えて、考えて――
俺が出した答えは。
「……流れに任せるか」
思い出しそうなら謝る。
忘れてそうなら、そのままにする。
……つまり、相手任せだ。
でも、それが今の俺には一番楽だった。
部屋に戻り、着替える。
とはいっても、服は全部同じだった。
「なんだこれ……バスタル衣装か?」
誰に見せるわけでもないのに、少しだけ笑う。
そして着替え終えた俺は、ミーナの部屋へ向かった。
*
朝食を食べていた。
ミーナと二人ではない
向かいには、大男が一人。
肉を頬張りながら、朝から豪快に笑っている。
グラッドだ。
「ライナはよぉ、俺を頼りにしてたんだぜ」
朝からうるさい。
「早く騎士団に入る方法を教えてくれって、あいつ言うからよ」
グラッドは得意げに胸を張る。
「だから俺が教えてやったんだ」
少し間を置いて、ニヤリと笑う。
「ワンダかアビルを倒せってな」
ミーナは目を輝かせた。
「それでライナさんはどうしたんですか?」
グラッドは机を叩いて笑った。
「がははは! あいつ面白ぇんだよ!」
「そのままアビルに喧嘩売りに行ってよ!」
「そんでボコボコにされてやがんの!」
さらに笑いながら続ける。
「あんなにやられたら立ち直れねぇぜ、俺だったらな!」
(……ミーナにボコボコにされたの、忘れたのかこいつ)
俺の中では、そっちも十分ひどかった。
ミーナは少し考え込むように呟く。
「アビルさんに……負けたんですね」
「聞いたことがある気がします」
「その後も、毎日挑んだんですよね?」
「あぁ、そうだ」
グラッドは鼻で笑う。
「バカだろ、あいつ」
(……ライナ、やっぱりイカれてるな)
でも、ミーナは首を横に振った。
「いえ……すごいと思います」
グラッドの表情が少し止まる。
ミーナは真っ直ぐ前を見たまま、続けた。
「諦めなければ、いつか叶う」
「……そんな気がしました」
沈黙。
グラッドのテンションが、目に見えて下がった。
「あぁ……そう……そう思ったのか……」
さっきまでの勢いが嘘みたいにしぼんでいる。
……分かりやすいやつだな。
人を笑う話は好きだが、誰かが本気で褒められるのは苦手らしい。
その時だった。
館内にアナウンスが響く。
「間もなく宝島へ到着いたします。着船準備をお願いいたします」
レストランにいた冒険者たちが、一斉に立ち上がる。
ざわめきが広がる。
ミーナも嬉しそうに立ち上がった。
「宝島……楽しみですね」
「……」
(俺は全然楽しみじゃない)
その時、グラッドがぽつりと呟いた。
「……いや、そんな期待しないほうがいいぜ」
ミーナが首を傾げる。
「どういうことでしょうか?」
「あぁ……いや……なんでもねぇ」
……怪しい。
めちゃくちゃ怪しい。
グラッドの額に汗が浮かんでいた。
そして、目を逸らすように立ち上がる。
「じゃ、俺は先に行くわ」
そう言って、逃げるように去っていった。
ミーナが不思議そうに見送る。
「どうしたのでしょうか、グラッドさん」
「さぁな」
グラッドの背中を見送りながら、俺は嫌な予感しかしなかった。
宝島。
宝が眠る島。
億万長者になれる夢の島。
……そんなうまい話、あるわけがない。
「はぁ……帰りたい」
その時、船が大きく揺れた。




