第41話 薬局実習中間面談
「それじゃあ、このチーズケーキセット1つで。」
メニューの今日のおすすめ!、のところにあるケーキを指さしながら店員に話しかけた。
その行動をテーブルの向かいに座る八雲は疲れた顔で見つめていた。
「我流さん、今日の目的は分かってるよね?」
目の前にいるかつての同級生 我流美夜はあたりまえでしょ?といった表情をしながら目の前のシロップたっぷりの生クリーム入りのコーヒーに口をつける。コーヒーは眠気覚ましのために頼んだらしいが、そこまで当分が入っていたらあんまり意味はないだろう。
「今日は薬局実習に言っている桜庭さんがうまくやっているかどうかを確認するための面談だよ?担当薬剤師の君は実習生を受け持ってるんだからちゃんと責任をもってもらわないと。それにふつうは薬局とかでやるんだけど、我流さんが仕事で疲れたからとか甘いもの食べないとやる気でないとか言うからわざわざ個室があるカフェになったんだよ。いい?ふ、つ、うはこんなことはしないんだよ?」
念入りに今の状況を訴えたが、彼女には馬の耳に念仏のようだ。一瞬こちらをじろっと不機嫌そうな眼差しで見た後、わかってるわよ とつぶやいた。
「別にいいじゃない?そもそも私は三者面談の形式でやりたいって言ったのにあんたが桜庭さんには話を聞かせたくない!とか君は彼女に余計なことしか言わない!とか未婚のヒステリーおばさんみたいなめんどくさいこと言うからあんたと2人っきりで会ってやってるんじゃない。だったら今度は私のお願いを聞くのが筋でしょ?」
「そ、それはそうだけどさ…」
そう、薬局実習の中間面談は実習生を交えてもいいのだ。基本的に三者面談か二者面談かは大学で統一されているが、うちの大学は研究室ごとに選べることになっている。ちなみにふつうは教授が行うが、日程の関係で僕が行くことになった。というのは建前で教授も会いたくないんだろうな…。
大学時代も別の教授のセクハラばがいのものを平気で他学部の人にばらしてたし…。
「ったく!男なら細かいことで気にしないでよね!こういう時、朝雪なら笑顔で細かいことは聞かずに従ってくれるのに。」
従ってくれるのにって…。
「彼が寛大すぎるだけだけどね…。普通の人だったらそんな小学生みたいなわがまま絶対にゆるさ…。いや!なんでもないよ!。あ!ケーキが来たみたいだからさっそく始めようか!」
「お、待ってました!」
さきほど感じられた殺意は治まったようだ。よかった。というかほんとに朝雪君よくこの人のわがままに耐えられるよな。まあ彼が怒ったところもほとんど見たことないし…。困ってたら積極的に助けるし…。ちょっと天然だから対応に困ることはあったけど…。
「で、面談は?」
「急に話が戻るね。桜庭さんは薬局でうまくやれてる?」
「うまくやれてると思うけどね~。患者さんとはちゃんとコミュニケーション取れてるし、勤勉だし。
まあ、まじめすぎるからもう少し柔らかくなった方がいいかしらね。」
「なるほど。研究室でも実習に行く前と比べて様子が変わらないから僕の目から見ても問題ない気がするね。それで次が重要な質問なんだけどさ、彼女って薬剤師に向いてると思う?」
そう、そこが問題だ。最近なんとなくで薬剤師になってしまう人が多い。私立大学ならなおさらだ。というか私立大学は薬剤師合格率を上げるために基本的に国家試験の対策ばかりなので他の道を選びづらいのもあるけど…。でも早い段階で別の道を目指せば、製薬企業にだって入れるので薬剤師に向いてないなら別の道を提案してあげるのも指導者の役目なのだ。
美夜はストローでコーヒーをかき混ぜながらこちらを見た。
「まあ、向いてないってことはないわね。薬剤師でもやってけると思うわ。」
「…なんだか少し歯切れが悪いけど、彼女のことを思うのならはっきり言うのも…」
「ああ、違う違う。そういう意味じゃなくてさあ。ぶっちゃけて言うと薬剤師なんてある程度コミュニケーション能力あって、そこそこ勉強できる奴なら誰でも何とかなるって意味よ。」
「そ、そうかな?」
「そうよ。問題は他の仕事の退職理由でもよく言われている人間関係。薬局は狭いから人間関係が悪いと働いている間ずっと腹立たしい気持ちになっちゃうからねえ。」
「で、でもコミュニケーションとれて人柄もいい人なら…」
「あっちがまとも、とは限らないでしょう?どこにでもいるでしょう?いい年して感情の制御も理性的な行動もできないアホみたいな連中が。でもそういうやつらに限って自分が正しいと思ってるから質が悪いのよねえ。」
「それって極論じゃあ…。そこまで妙な大人はそんなにいないでしょう?」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに美夜はやれやれと言った表情でため息をついた。
「全く、これだからろくに社会経験のない大学の研究者は嫌なのよ。いい?そんな甘い考えは社会では通じないわね。正直に生きていれば救われる、そう考えていた時期が私にもあったけど、それは嘘だということに気づいたわ。」
「へ?我流さんってそんなに正直…ご、ごめん!なんでもないよ!」
「…話をつづけるけど、正直者は救われる、足元をね。これ、あんまり好きじゃない病院勤めの先輩から聞いたらしいわ。私は確かに!って聞いたときに思ったわ。」
「聞いた?朝雪君から?」
「ええ。笑いながら言ってたわ。」
なぜ嬉しそうに言う?別にノロケでも何でもない気が…。
「…。我流さん、間違ってもそういう夢のないこと学生には言わないでよ?」
もしこんなこと学生たちに聞かれたら薬剤師には夢も希望もないと思われるかもしれないし。
「ちょっと、私がそんなひどい女に見える?かわいい後輩たちには美人で優しいお姉さんで通ってるのに。」
一瞬見える!と答えそうになったがその言葉は飲み込んだ。それよりも学生時代から口の軽い彼女のことだから何かの機会に言わないとは限らない。だって…
「でも、我流さん。昔、同級生の男の子が酔ったときに『彼女に全身舐めまわしてもらいたい!』って言ったことを次の日に友達にばらしてなかった?しかもそれがまわりまわってその男の彼女の耳に入って破局寸前まで行かなかったっけ?」
当時は大変だった。我流さんの場合、言っていいことと悪いことの区別がついてないのかそれともわざとなのか分からないが、だいたいのことは簡単にばらしていた。おかげで僕も高校生のアイドルかわいいといった日には女子高生ハンターとか言われたり子供が好きと言ったらロリコンと言われたり…。おかげであらぬ誤解を受けたことも多い。というか若い女の子がかわいいのは当たり前だろう!
「大丈夫大丈夫。私は本当にヤバイことは言わないから!そこら辺の分別はついてるわよ?」
「本当に?じゃあ仮にだけど、A君がBさんのこと好きって聞いたらどうする?」
「ちなみにA君とBさんって仲いいの?それともあんまり話さない感じ?」
「どっちでもいいよ。じゃああんまり話さない感じで。いわゆる一目ぼれってやつで。」
「それはEさんにA君ってBさんの見た目が好きなんだって、て言うかな…」
全く悪びれもせず当たり前じゃん?といった顔で答える。
「ほら!やっぱりばらしてるよ!そこだよ、悪いところは!ていうか、何か余計な言葉も増えてるし!これじゃあA君の印象悪くなるだけじゃない?」
「まあ、私って嘘嫌いだし?間違ったことは言ってないわよね?だってあんまり話したことないってことは要するに見た目が好みだからってことでしょう?」
「いや、そうとは限らないでしょう?たまに何か手伝ってもらって優しいところで好きになったりとかいろいろとさ!」
「え~、でもBさんの見た目が不細工だったら好きにならないでしょう?」
そんなはっきり言うなよ。
「それは人によるでしょう?中身で選ぶ人も…」
「え、じゃあ質問するけどあんたは亜里沙と付き合える?」
「…なんで彼女の名前を出すの?」
過去のトラウマが思い出される。亜里沙とは大学時代の同級生で今は獣医師をやっている。ハーフなのに顔が…いや、やめよう。彼女に失礼だ。そういえばあの時は朝雪君の勘違いでひどい目にあったなあ…。
「だって見た目じゃないんでしょう?」
「いや、そう言ったけどさ、彼女はないでしょう? 我流さんもそこはよく知ってるはずだよねえ。」
「そうだったっけ?」
本当に知らないような顔をする。全く、興味ないことはすぐ忘れるんだから。
「まあ、とりあえず話は戻すけど、今のところは桜庭さんは問題ないってことだね?じゃああとこの書類をじっくり読んでおいてね。今日はこれで…」
「待ちなさい。」
さっさと退散しようとする八雲の動きが止める。
「な、何?ああ、会計なら僕がしておくから気にしなくても…」
「いやさ、アリサがあんたの電話番号知りたいって言ってんだけど教えていいわよね?」
一瞬心臓が止まるかのような衝撃を受ける。
「な、なんで彼女が?ま、まあそれは良いとして…。」
八雲は真剣な表情で美夜を見つめた。
「絶対に教えないでね!本当にお願いします!この通りです!」
必死な形相で頭を下げる男を見て美夜は思った。
この姿は普段のさわやかな所しか知らない葵ちゃんたちは絶対に見たことがないわよね…。
そして少し意地悪そうな顔押しながらメニュー表を開く。
「…じゃああとこの特大パフェのセットも頼んでいい?」
「どうぞ!是非支払わせていただきます!」
即答だった。この姿、いつか葵ちゃんに見せてあげたいわねえ。
美夜は冷めたコーヒーを飲みながらどんなことになるか、妄想を楽しんだ。




