第36話 保険請求 その2
「何?湯羽ちゃん?」
見た目は20代半ばの薄い茶色の髪の看護師だ。しゃべり方もそうだが、顔もなんだかおっとりしている。
「実は診療点数ですこーしわからない点がありまして…あ、学生さーんですか?はじめまあして、私は貫品 湯羽でーす!」
何とも間延びするような話し方だ。そのせいか、私も呆然としてしまい、慌てて挨拶を返す。
「は、初めまして! 桜庭葵です!」
「ま~あ、かあわいいですね~。私もこんな時が…」
「で、なんで来たの?」
貫品さんの話をぶった切って美夜先生が尋ねた。ちょっとイライラしてるみたい。
まあ、気持ちは分かるけどね。
「せーんせい、なんでいらあっとしてるうんですうかあ?」
貫品さんはわざとなのか天然なのかは分からないけど、空気が読めないってことは分かるわね…。
「うん、ちょっといらいらさせる話し方をしてる人がいるからさあ。」
「だめえですうよお。そんなにいいらあっとしてたらおはだあに…」
「はいはい、で、質問て何?」
「えーと、実は、点数の付け方でよくわからない点がありまして。」
「だからその内容を詳しく!」
「えーと…。すみません、内容が多すぎて忘れちゃいました。てへっ!」
「てへっ!じゃないでしょ!ええい、もう!」
そう言うと先生はどこかへ電話し始めた。なにやら変な奴よこすな!とか早く来い!とか言ってる。
「全く!これだからゆとりは…」
先生もゆとり教育の年代のはずだけど…。
「もう、せーんせいも大変でーすね。」
のんびりとした口調で有里さんは言ったが、美夜先生が恐ろしい顔で睨んでることには気づいてないようだ。
②❾〇
「す、すみません。美夜先輩。」
おどおどした看護師が美夜先生に必死に謝っている。彼女の名前は、東永 廸子。先生の大学時代の後輩らしい。
「廸子ちゃん、私は別にあなたに怒ってないのよ。」
「そうですよ。東永せんぱーい、先輩は悪くないんで気にする必要はなーいですよ?」
「あなたはちょっと黙っててね?」
東永さんは笑顔で言っているが言葉は強めだ。やっぱりこの人も貫品さんにはイライラしているらしい。
「とりあえず、問題の内容なんですけど、実はやっかいな患者がいまして。」
「クレーマー?」
「あ、そう意味じゃ…、まあそれに近いかもしれません。実はその患者さん、犬神病院から紹介の患者さんなのですが、治療費に納得いかないようでして。ほら、うちは出来高払いですけど、犬神病院ってDPCじゃないですか?だから、うちの方が高くなっちゃいまして。」
「…どう意味なんですか?」
医療費の算定方法は2種類ある。1つは出来高払い方式、これはやった治療の分だけ金額が加算されていく仕組みだ。もう一つはDPC方式と呼ばれるもので、こちらは定額方式と呼ばれる。診断群分類(Diagnosis Procedure Combination)によってあらかじめ1日当たりの費用が決まっているので、そう言われているが、実際には違う。一定であるのは”包括評価”と呼ばれるものだ。こちらに”出来高評価”と”入院時食事療養費”を合わせたものが、総額となる。ちなみにDPC方式を行うにはいろいろな書類を厚生労働省へ届け出たり、部署を設置したりなど結構めんどくさい。ちなみに日本では55%の病院でこのDPCを導入している。
実はDPC方式では”出来高評価”をやればやるほど、儲かる仕組みなので実際には出来高払いの方が安くなるはずなのだ。
「あ、ごめんね。多分DPCの方が高くなるって思ってると思うんだけど、これは入院から6日までなのよ。」
「え?日数がどうして関係があるんですか?」
「実はDPCの”包括評価は”日数がたつごとに減点されていくのよ。7日目から8000円くらい下がるのよね。」
「そんなにですか!?」
それは初耳…。メモしとかなきゃ!
「ちなみに14日目からは1日目と比べると1万以上は下がってるから気を付けてね!」
「そんなに下がって儲かるんですかね?」
「長期入院だと儲からないのよね。だから最近では2週間以内に退院させて別の病院に再入院ってパターンが多いわね。」
「それって治ってないってことなんじゃ…」
「まあ、世知辛い世の中よね…」
遠い目をしながら話す美夜先生…。
「あの、もういいでしょうか?」
東永さんが苦笑いでこちらを見ていた。
「あ、そうだったわね!ええと、こっちの方が高くなった話よね?ぶっちゃけこれって初期入院とか使ってる薬が違うとか適当な理由つければいけるんじゃない?」
「私もそう思ったのですが、もう…その娘が『計算違うからでーす』って説明しちゃいまして…」
東永さんが見ている方を見ると、貫品さんが、キサラちゃんをなでていた。この人、自分の失敗なのになんでそんなにのんきなのか…。
「そ、それは、何というか、残念だったわね…。まあ野良猫に引っかかれてと思うしかないわね…」
「そうですよ~。気にせず頑張りまあしょう!」
「お前は黙ってろ(なさい)!」
美夜先生と東永さんは同時に叫んだ。




