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にくきゅう薬局  作者: 渋谷 春
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第26話 病院から薬局へ その2

大阪に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。子猫は特に騒ぐこともなくのんびりと寝ていた。新幹線の中では寝言なのか「みゃぐ~」などと言っていた。先日まで野良だったのにずいぶんと図太い神経をしているなと思っていると、スーツを着た男が近づいてきたが、顔を見てほっとした。

「久しぶりね、朝雪。…スーツ着てると違和感しかないわね。」

今まで会うときは私服だったので、ちょっと驚いた。今日は仕事がないはずだけど。

「うーん、まあ僕もそう思うかな…。ところでその子が電話で言ってた…、名前なんて言うの?」

「まだ決めてないの。いきなりで悪いけど、この子をここから出してあげたいから家に行っていい?」

「いいよ。じゃあ行こうか。」


②❾〇


朝雪の家は新幹線の駅から5駅くらいでそんなに時間はかからなかった。しかも駅からすぐ近くな上、まだ築5年なのできれいなマンションだ。私が今住んでいるマンションとはえらい違いであるから、最初に来たときはとてもうらやましいと言ったものだ。

彼の家に着き、キャリーバッグの扉を開けたが子猫はなかなかでてこない。警戒してるのかな。

とりあえず、彼と明日について話していると、安全だと分かったのか、ゆっくりと出てきて私の膝の上に乗ってきたので頭から背中にかけてなでてやった。

「そういえば、その子の名前どうする?」

「そうね…。今のところ雌ということしかわかってないのよね。まだ全然決まってないんだけど、私としてはこの子が生まれた月に関係する名前で3文字以内のものがいいわ…。」

「…結構細かいところまで決まってるんだね。生まれた月さえ分かればいいんならアリサに聞けばわかるんじゃない?」

アリサとは私たちの大学の同級生で今は獣医師だ。ちなみに朝雪は中学、高校が一緒だったから長い付き合いらしい。

「その手があった!でも写真でわかるかしら…。」

「心配しなくても今大阪にいるから直接会って聞けばいいよ。連絡しとこうか?」

「じゃあ、お願い!」

「とりあえず、明日は朝に犬山さん…ああ、明日美夜に紹介する人ね。その人に会って、午後からアリサに会えばいいか。美夜はそのあと広島に帰るから結構忙しいね。」

「うん…。でもこんなに早くチャンスが来るなんて、運がいいわ。朝雪、いろいろありがろう。」

「まあ、美夜のためだしね。あ、そうだ。その子触ってもいい?」

彼はすごく触りたそうな顔をしていった。おかげで子猫が少し警戒している。

「いいけどこの子が怖がってるからもう少し落ち着いたら、ね。」

「そっか…。でも怖がらせてストレス与えるのもよくないしね…。」

彼は少し悲しそうな顔をしながら引き下がった。

「まあまあ、もう少ししたら毎日会えるからそれまでの我慢だと思えば…。」

「そ、そうかな?」

「そうだって。この子もちょっと緊張してるだけだからすぐに仲良くなれるわ!」

「そっか、そうだよね。ありがとう。」

彼は素直だが、妙な部分で落ち込む時がある。まあ、大半が誰も気にしないようなことなのだが。

そう考えていると彼はどこからか猫じゃらしを取り出し始めた。今日のために買ったんだろうか…。


②❾〇


「ん?」

朝起きると顔にふさふさしているものがあった。子猫のおなかだった。私と朝雪の間に寝ていたようだ。昨日は朝雪の必死ながんばりのおかげで子猫は朝雪にもなついた。しかし、この子猫は本当に警戒心が薄いので少し心配だ。時計を見ると朝の7時前でまだ起きる時間ではない。だが、私は子猫のこの大胆な姿を写真に収めたかったのでスマートフォンの準備をはじめた。いざ取ろうとすると猫の耳がぴくっと動いたが、幸いにも起きなかったので無事に収めることができた。私は満足し、再びベッドに戻ると子猫おなかを触りながら2度寝した。


②❾〇


目的の場所には、わんわん薬局があった。ただ今日は日曜なので閉店となっている。しかしわんわん薬局か…。ネーミングセンスがすごいな。

「おかしいな。今日行くって伝えてるのに。ちょっと電話してみるね。」

朝雪が電話をかけ始めている間、美夜は薬局の周囲を眺めていた。もしかしたらここが私の第2の職場になるかもしれないからだ。しかしここは2つの病院、歯科医院の間にあるため、立地的には良い方だろう。いくらかかりつけ薬局なんて制度があっても大半の人間は処方箋をもらった病院から一番近い薬局に行くからだ。そう考えていると、自分の方に1匹の柴犬が近づいてきた。赤い首輪をしており、落ち着いた所作や顔付きからそんなに若くはなさそうだ。私の方にやってくると、私のにおいをかぎ始めた。

「こんにちは。あなたのご主人様はどうしたの~?」

私はなでながら言った。柴犬はかわいいから結構好きだ。「ッ!」そのとき視線を感じ薬局の窓を見るとカーテンが少し空いており、そこからブルドッグのようなしわをした老人が笑顔でこちらを見ていた。ちなみにブルドッグは顔が好きではない。ブルドッグを飼っている友人は、服を着せた写真をかわいいと言いながら見せてきたが、私は全くそう思えなかった。だからその時は「(ふくは)かわいいわね…。」と頑張って言った苦い記憶がある。

「どうしたの美夜?」

「あそこに気持ち悪い老人がいるんだけど…」

「…ああ、確かに気持ち悪いけどあれが、今日会う予定の人だね。」

やっぱりそうよね。薬局の中にいるし。

その時、薬局のシャッターが開き、中から、さっきのブルドッグ似の老人がでてきた。すると私のにおいをかいでいた柴犬はその老人の方に走っていった。

「やあやあこんにちは。冬川君、待ってたよ。ところでこちらの美しい女性が昨日言ってた人かな?」

「お疲れ様です! 犬山さん。」

「おお!

「はい、紹介します。こちらは我流 美夜さんです。」

「はじめまして、我流です。」

「はじめまして。私は犬山いぬやま 十市じゅういちだ。ところで、君は冬川君のこれかな?」

左手の親指と人差し指で輪を作り、そこに右手の人差し指を出し入れし始めた。完全なセクハラだが、もし殴ったりするとこの話がなかったことになるかもしれないので知らないふりをした。

「なんだ、知らんのか?これは君と冬川君がセック…」

「僕と彼女は恋人関係ですよ。彼女は今日あまり時間がないのでとっとと話を進めませんか?」

朝雪が笑顔だが、少し怖い雰囲気で言った。犬山さんは少しその勢いの押され、しぶしぶ薬局内に入るよう促した。


②❾〇


今回私たちが犬山さんに頼んだこと、それはこの薬局と土地を売ってもらうことだ。この土地、建物は犬山さん名義のものだが、この年で一人で薬剤師を続けるのは疲れたので誰かに引き継いでほしいらしい。自分は別の場所に老後のマンションを買っているのでここは格安で売ってくれるそうだ。

「ところで、格安と言っても土地と建物セットで3000万だが…お嬢さんは払えるかね?」

そもそもこの場所はほかのチェーン薬局から狙われており、今まで何度もお金を積まれたそうだが、犬山さんは頑として首を縦に振らなかったらしい。ちなみにその時の最高額は億を超えるそうだ。

犬山さんとしてはただで上げたいらしいが、犬山さんと私たちの関係は赤の他人なのでただでもらったら間違いなく警察が動き、痛くもない腹を探られる。いきなり警察が事情聴取する薬局なんて周りからしてみればあやしさ満点なので患者が来なくなる可能性がある。だから適正な値段で私が買う必要があったのだ。

しかも犬山さんは今年67歳で35年でローンでも組もうものなら死ぬ可能性もあるので承諾はしたくないらしい。だが、銀行から借りて余計な利子を払うのも嫌だったので、私は最後の手段をとることに決めていた。

「はい、どうぞ3000万の小切手です。」

このお金は私の祖父から借りたものだ。祖父は、昔税理士をやっており、当時は利率なんて勝手に決めることができたのでやりたい放題していたらしい。そのおかげで年収は3000万超えてたと孫の私によく自慢していた。

ちなみに祖父は孫の私を溺愛しているので貸すどころかあげる!と言っていたが、それは私のプライドが許さないので無利子で借りることになった。

「まさかこんな大金をすぐに準備できるとは…。いったいどうやって…。いや、詳しい話はまた後日にしておこう。君は急いでるんだったね。これが誓約書だ。」

私は誓約書にサインし、土地と建物を権利書を入手した。意外とあっさり手に入れることができたので、あまり実感がわかない。

「ところで薬局開設者など市役所に出す書類だが…」

「ああ、それは僕が全部準備するので大丈夫です。」

「そうか、確かに君の専門だったな。それじゃあ問題は…。はっ!!」

犬山さんはなぜか神妙な顔をし始めた。何か問題があるのだろうか。

「どうしたんですか?犬山さん。」

「いやね、我流さんにお願いがあるんだけど、いいかな?」

「私にできることならなんでも。」

「じゃあこの犬のコスプレをやってくれんか!死ぬ前にぜひともあなたのような美人が来たところを見たいんじゃあ!」

コスプレは水着と変わらないような面積である。うん、絶対やだ。

「いいかげんにしてくれません?殴りますよ?」

私は指を鳴らしながら答えた。

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