第23話 病院薬剤師その3
血糖測定器、それは血液を1滴垂らせば数秒で血糖値の測定が可能となる。昔はいちいち紙にメモしていたが今では血糖測定器で1か月分のデータを本体に記録することが可能なのでそんなことをする必要はない。ちなみにPCにつなげばデータをネット上の医療包括ネットワークの個人情報のところに登録はできる。まあ使ってる人がおじいちゃんおばあちゃんばかりなのであんまり使ってる人はいないけど…。
説明用の個室で患者さんのカルテを確認すると、20歳の女性だった。妊娠糖尿病かな…。妊娠中は胎盤性ホルモンが増える。これは血糖値の上昇を抑えるインスリンの作用を弱めるため、糖尿病になってしまうのだ。しかし20歳で妊娠か…。
コンコン
「ッ! はい、入っていいですよ。」
入ってきたのは金髪ロングのかわいい女性とおそらくその子の母親であろう40代くらいの女性であった。
「あ、そちらにおかけください!えーと、今輪 涼子さんでよろしいですか?」
「はい。」
今輪さんは静かに返事した。母親は無言でうなづいた。
「今日は血糖測定器の説明させていただく、薬剤師の我流 美夜です。よろしくお願いします。」
私は血糖測定器を出し、説明書を2人が見やすいように広げて置いた。
「今日は実際にやりますか?それとも私がやって見せましょうか?」
この質問をすると帰ってくる答えは絶対…
「見せていただけますか?」
やっぱりそうなるよね。血糖測定器は血が必要だが、要するに針を指にさすのだ。ペンの形をしたものに専用の針を装着し、指先に押し付けて、ボタンを押すと針が出るというものだ。多少痛みがあるのでやりたがらない人が多い。しかし、血がないと血糖測定器は動かせないので私は自分の体を使って説明していた。ちなみに詩織ちゃんにこのことを言うと、「大丈夫?」と少し心配された。普通の薬剤師はしないらしい。ちなみにこの針の刺す深さは5段階設定されており、普通は2を使う。といっても結構強く指先に押し付けてボタンを押さないと血は出ない。ここを怖がって失敗する人も多い。針は一回使うと2度と使えないので失敗したら新しい針を使わないといけない。だから最初のうちは針だけもらいに来る人もいる。一番深く刺さる5は一度芳浦先生に進められてやってみたがすごく痛かった…。先生もやったのを見たのは私が初めてだったらしいとちょっと驚いていた。
②❾〇
説明は順調で、相手も理解しているようだ。
「…何か血糖測定機に問題があったり、気になることがあればこちらの説明書にあるカスタマーセンターまでご連絡ください。」
ようやく終わりね…。
「あの、1つ質問してもいいですか?」
「はい、何でしょう?」
母親の方が話しかけてきた。ここで質問があるのは珍しい。多くの人は実際にやってる途中で疑問がわいてくるんだけど。
「あの、この子ハーブとか飲んでるんですけど大丈夫なんでしょうか?」
一瞬えっ!と思ったがすぐに落ち着いた。そうよね、ハーブってなんだか薬みたいな感じもするわよね。
「ちなみに何を飲まれていますか?」
ハーブは妊娠している時期に飲むのは絶対NGなものも存在する。また妊娠周期によって飲んでいい悪いが変わるものもあるのでやっかいだ。
「ルイボスティだけです。」
ルイボスティはミネラルが豊富に含まれており、血行促進や美肌効果もある。妊婦にはむくみが取れると人気があるとだれか言ってたような気がするな。
「ルイボスティなら問題ありません。ただ、何でもとりすぎはいけませんので、飲みすぎないよう注意してくださいね。」
ちなみにルイボスティに含まれるタンニンという成分がアレルギーを起こすこともあるが、この人は1年前から飲んでるらしいから大丈夫だろう。一応、アレルギーのような症状が出たら飲むのをやめて、すぐに病院に受診するよう伝えた。
②❾〇
調剤室に戻ろうとすると、PHSで阿賀先生からそのまま術前中止薬の中止についての説明を行うよう言われた。パソコンを開くと、術前中止薬の説明を受ける予定の患者がすでに5人もいた。ちなみに術前中止薬とはその名の通り、手術前や検査前にとめる薬の説明をすることだ。止める薬は主に抗血栓薬、つまり血を固まりにくくする薬だ。薬によって止める期間が違う上、患者がドラッグストアで購入している薬もあるので厄介だ。ちなみに検査によっては前日に腸内を空にするために下剤を飲むこともある。これは薬剤部で渡すが、検査によって渡したり渡さなかったりするので詳細は詳しくは分からない。医者が決めてるらしいけど、医者もその人によって意見が違うのだ。
最初の患者は42の男の人だった。カルテで調べると、「〈注意〉看護師と口論」との記載があった。クレーマー…、最悪ね。さらに調べるとこの人はどうやら生活保護のようだ。めんどくさいことにならなきゃいいけど…。
患者を呼ぶと、機嫌の悪そうな男が入ってきた。私は気にせず進めることにした。
「今日、説明させていただく薬剤師の我流です。抗血栓薬という薬は手術や検査時に飲み続けていると出血が止まらなくなる可能性があるため、中止する必要があります。それでは…」
「姉ちゃん、そんな説明はいいからとっとと終わらせてくれんか?今日は朝から病院で疲れとるんじゃ。」
ちょっとムカッとしたが、
「一応規則ですので、申し訳ありませんがお時間を頂戴いたします。火常 志紀様で間違いないですね?」
「みりゃあ、分かるじゃろうが! 急げよ!」
”ったく、あんたが底辺ってこと以外見て分からないわ。”
怒りを抑えながら、笑顔で対応する。
「分かりました。それでは現在服用している薬は当病院で処方されているもの以外ありませんね?」
カルテにはそう書かれていた。
「違うわ! なんやったか、そうじゃ、あのかわいい女の子がCMでやってるやつも飲んどるわ。」
「あの…、それはどんな効果のやつですか?」
こいつは名前を憶えてなさそうだ。だが、薬の効果から、ある程度成分は予測できる。
「俺のあれを元気にするやつじゃ!」
にやにやしながらこちらを見てきた。”セクハラね…。っていうか42で薬に頼ってるとか、下の方も底辺なのね…”冷めた目で見るが、相手は気づいてなさそうだ。
「そうですか、毎日飲まなくても問題ないと思うのでそれは手術まで飲まないでくださいね。あと、この病院から出ているバイアスピリンは検査2日前から中止をお願いします。そして手術までサプリだろうが健康食品だろうが酒だろうが飲まないでくださいね?もし飲んでしまったら、検査できませんので。それでは説明をしましたのでこちらにサインをお願いします。」
こいつから早く離れたかったので一気に説明した。
「なんじゃ、つれないのぉ。」
少し残念そうな顔をしながらサインしたので、すぐにコピーして渡した。これでようやく解放される。
「そういえば姉ちゃん、領収書はこれだけかいの?」
「え?そうですが、何か?」
「そうか、ならいいんじゃ。」
男はそういうととっとと出て行った。何か気になる言い方だったけどまあいいか。
私は次の患者のカルテをチェックし始めた。




