第21話 病院薬剤師その1
就活する前からわかっていたことがある。薬局は給与は高いがそのまま勤め続けてもあまり給与は高くならない。またほとんど薬を袋に詰める作業だけなのでやりがいはない。一方病院は給料は安いがその後の伸びしろは大きいが、仕事はとてもハードだと。また、薬剤師には実は糖尿病、がん、感染症等の専門薬剤師や認定薬剤師がいる。これになるためには薬局では不可能だ。昔受けていた講義では薬剤師はこれらの資格を取っていなければ薬学部増加のおかげで職に就けなくなると脅されたがそれは誇張しすぎであるということが今ではわかる。ちなみにこれらの資格は取っても給与に反映されることはないそうだ。これらは国が発行しているのではなく、日本病院薬剤師会という薬剤師の組織が発行しているだけで何の意味もない。とっても使えるのは大きな病院のみで扱いに困る存在なのだ。
「ほんっと、やめときゃよかった…」
我流 美夜はため息をつきながら、目の前の書類に目を通していた。今はもう21時だが、サービス残業で残っている。というか残らざるをえない状況だ。ここ奇流医療センターで働き始めて3か月だが、すでにやめたかった。奇流医療センターは国立病院機構という独立行政法人の医療グループの1つで規模は中国地方ではトップだ。当然働いている人数も多く、薬剤師も40人もいる。先ほどの専門、認定薬剤師の数もグループ内でもトップクラスだ。だが…
「めんどくさい人が多いのよね…」
そう、サービス残業などどうでもいい。1日がどれだけ忙しくてもいい。だが、人間関係だけはどうにもならない。やはり、40人もいるといろいろな人間が集まるのでみんなと仲良くするのは難しい。しかも上司はみんな独自のルールを持っており、それが正しいと思ってるから質が悪い。前に上司に注意されてその通りにしたら別の上司にそのやり方は間違っていると怒られたりした。理不尽なことこの上ない。
「そうだよね。でも、美夜ちゃんすごいよね? 怒られてもめげずに積極的に新しいことに挑戦するし。同期の中じゃあ一番頑張ってるよね?」
ちょっとぽっちゃりしているが人のよさそうな顔をした女性 瓦井 詩織が励ますように言った。彼女は5人いる同期の中で一番仲がいい。
「まあ、食わず嫌いはいやだしね~。でも正直失敗だったかなあ…。なんでここ選んじゃったんだろう。」
基本的に国立病院機構は所属する地方は選べるが、その中のどの病院になるかは運しだいだ。確かに希望は出せるが、人数が足りていないところが多いので、それは無視されることが多い。だが、私は国立大学出身ということで、ほかの私立大学の人より優先的に希望を聞いてもらえたのだが…。
正直失敗だった。後々のことを考えて大きい病院に入った方が良いと思っていたが、人間関係がここまでひどいとは思っていなかった。
「そんなこと言わないの。美夜ちゃんがここ入っちゃったからほかのところになった私の同級生もいるんだし。」
彼女の大学の同級生はこの近くに実家がある上、病院実習もこの病院で行ったらしい。ここで働きたい気持ちはとても大きかったが、私がここを希望してしまったので行けなくなったらしい。なんでそんなこと知ってるのかというと、その同級生が落とされた理由を聞いたとき、採用担当者が『広島大学の子が行きたがってるから…』と答えたかららしい。ちなみに今回採用された新人の中で広島大学出身の人は私しかいない。だから、簡単にわかってしまったのだ。
「まあ、彼には悪いとは思ってるわ。でもそこまで言うんなら私と場所変わってほしいわね。」
「そんなことしちゃったら彼の頭さらに薄くなるんじゃない?」
「まあ、薄いのは元からでしょう?」
彼と初めて会ったのは4月の国立病院機構の総会で、そのときに彼の事情を詩織ちゃんから聞いた。彼の見た目は30歳超えてるように見え、頭も少し薄かったので年上かと思っていたら、実は私と同じ24歳だったのでかなり驚いた。だが、中身はわりといい人だったのですぐに仲良くなった。
「ふふっ!そうね。」
「そんなことより早いとこ、今月の廃棄薬品の情報まとめなきゃ。」
実は普段の業務以外に個別に割り当てられた仕事があった。これは通常の業務時間に行うことは不可能なので、当然業務時間外にやることになる。まあ、残業代なんてつかないんだけど。
ちなみに私は廃棄薬品の集計とヒヤリハットの集計、データロガーの集計、製剤調整の準備など1年目にしては多くの仕事がある。ほかの同期はあっても3つだが私は5個以上ある。なぜ、正確な数字がないのかというと、私は製剤の主任になぜかえらく信頼され、様々な仕事を要求されているからだ。例えば今は、製剤室内の規則を作成するよう言われている。これは調剤や無菌室には書類として管理されているが製剤室にはないからだ。でも普通1年目に作らせるだろうか。まあ、その先生のことは好きな方なので別に従うのは苦じゃないけど。
「しっかし、この廃棄薬品って多少パクってもばれないわよね?」
私は睡眠薬であるフェノバールのアンプルをつまみながら言った。
「ちょっと、目が冗談に見えないんだけど…。でも期限切れてるんだから使わない方がいいんじゃない?」
「確かにね…。でも誰かに試してみたいわよね~。もったいないし。」
廃棄薬品は毎月集計するが、期限切れのものの個数をチェックして記録する単純な作業だ。数は無茶苦茶多いけど…。
「それは絶対にやめてくださいね。我流さん。」
ドキッとして振り向くとそこには阿賀 亜紀先生が立っていた。ちなみに私が一番苦手な先生だ。
「いやですね、冗談ですよ。」
「そうですか、ならいいですが…。あなたが担当している仕事はミスが許されませんよ。あなたは国立大学出身のわりにミスが多いんですから気を付けてくださいね。」
「はーい!」
阿賀先生が立ち去るのを見た後、美夜は小さく舌打ちした。
「ちょっと、美夜ちゃん!!気持ちは分かるけど。」
「全く、自分が偏差値41の大学に行ったのが悪いのに! だから30後半になっても結婚できないのよ!」
「美夜ちゃん…。偏差値のところ私たちにも返ってくるからやめて…」
悲しそうな顔をしながら詩織ちゃんは答えた。この病院に勤める薬剤師の大半は偏差値が45以下の私立大学出身だからだ。
「ごめ~ん。まあとりあえず終わらせてとっとと帰りましょう!」
「そうね。あ、あと明日ちょっと教えてほしいところがあるんだけどいい?」
「いいわよ。何でも聞いて!」
そう言いながら美夜は、パソコンに廃棄薬品の数値を入力していった。




