第20話 中間テスト準備その2
すでに辺りは暗くなっていたが、葵は気にせず、にくきゅう薬局へ向かっていた。先ほど連絡したらすぐに『いいよ~(=^・^=)』との返事が返ってきた。明日は休みなので少しくらい遅くなってもかまわないだろう。それよりも今は中間テストでよい成績を残すことが大事だ。
にくきゅう薬局につくと、入口近くに美夜先生が立っており、すぐそばにはキサラちゃんも座っていた。キサラちゃんは私に気づいたのか美夜先生の足を前足でたたいている。
「ん? どうしたの、キサラ? あ、葵ちゃん、こんばんは!」
「お疲れ様です!あおの、今日は何度もすみません。」
「いや、明日は何もないから気にしなくていいわよ。それじゃあ部屋に行きましょうか。」
そう言って、美弥先生は薬局の入り口と津島歯科の間の路地に入った。着いていくと、路地の奥の行き止まり近くにドアがあり、そこを開けると上に向かう階段が続いていた。
「先生って薬局の上に住んでたんですか?」
「そうよ。ここの薬局買った時に引っ越したの!都会でペット飼おうとすると家賃が高くてね。」
「先生、今薬局買ったって言いましたけど…。高かったんじゃないんですか?」
ここは住宅街だが、大阪の中心部から電車で20分ほどである。結構高いはずだが…。
「えーと、そんなに高くなかったわよ。前の薬局の持ち主と仲が良くてね。だから3000万現金で用意したら快く譲ってくれたわ。」
「さ、さんぜんまん!?」
驚いて少し大きな声を出してしまった。というか先生ってキサラちゃんと一緒に住むためにそこまでするんだな…。
「そんなに驚かなくても…。まあ、払ったのは私の実家だからまだ私は返してる途中だけどね。」
「そ、そんな大金ぽんって出せる先生の両親は何者なんですか?」
「んーとね…。ああ、ここからが私の部屋ね。」
そう言いながら美夜先生は階段を上った先の扉を開いた。
中を見た私は少し拍子抜けした。てっきり、下の薬局みたいに猫一色かと思ってたけど、落ち着いた部屋だった。全体的にカーテンやカーペットなどブラウンで統一され、落ち着いた印象を受ける。
「先生の部屋って、猫のグッズは置かないんですか?」
「さすがに好きなものに囲まれ続けるのは好きじゃないからね。とりあえず、自分の部屋では落ち着けるような内装にしてるわね。ま、とりあえずお茶でも持ってくるから、そこに座ってて。テレビ見ても本を読んでても勝いいわよ。」
美夜先生はそういうと、別の部屋へ入っていった。
私はとりあえず、教科書と授業で配布された資料をテーブルに並べておくことにした。テーブルはこたつ机で、子猫の写真がプリントされたカレンダーが置いてあった。
そのとき、ぼすっ!と音がしたので振り向くとキサラちゃんがソファーの上のクッションに抱き着いていた。どうやら人間がベッドに飛び込むようにクッションに飛び込んだらしい。顔は力の抜けたような表情で見ているととても癒された。
「キサラちゃんも疲れてたんだね。」
そう言いながら頭をなでると「ふみぃ~」と力の抜けたような声が返ってきた。
ふと、本棚に目を向けると、想像と違い猫らしさのかけらもない本が並んでいた。ホラー小説と、薬の本だらけだった。でも本棚はスライド式で横にづらして隠れた部分を見てみると、生々しい筋肉が描かれた漫画が並んでいた。タイトルを見てみるとグラップラー刃…
「お待たせ! コーヒーも入れてきたからどうぞ!!」
美弥先生がコーヒーを持って戻ってきた。ちなみにグラスは両方とも猫っぽいが全然違っていた。片方は透明なグラスに白い猫の模様が描かれているが、もう片方はコップで絵本にありそうな奇妙な猫が描かれていた。ちなみに美夜先生にどちらがいいかと聞かれたので迷わず透明なグラスな方を選んだ。
「さてと!勉強始めようか。」
「はい! あの、でも私どこが分かってないのかいまいち分かってないんですけど…」
有機化学は葵のいる大学ではI ~Ⅳまである。ちなみにⅠ,Ⅱは基本的なもので、Ⅲ,ⅣはⅠ,Ⅱの応用問題みたいなものだ。
「そうだよね~。私もだいぶ苦戦したわ。でも教えてくれる人が教え方うまかったからすぐに理解できたけど。」
「その人すごいですね…。有機化学なんて同級生100人以上いるのに得意な人なんて5人くらいしかいないですよ。しかも教え方下手な人ばっかだし…。」
「まあ、分かってない人に教えられて初めて自分が理解してるってことだから、その5人もちゃんと理解できてないかもね。」
得意そうに美夜先生は言いながらコーヒーにシロップを入れた。ちなみに7個目だけど…
「とりあえず…どうしたらいいでしょうか?」
「まず、今度のテストの過去問をもう解いてるって言ってたけど、それを見せてくれる?」
➋❾〇
美夜先生の教養は本物で、信じられないスピードで理解が進んだ。美夜先生は私が解いた問題について2,3質問して私の理解度を判断していった。たとえ正解していた問題でもその質問に答えられないと美夜先生から丁寧な説明が入った。しかも説明は教科書通りではなく、わかりやすくしてくれていた。
先生ってむちゃくちゃなように見えて本当に頭いいんだなあ…と尊敬の気持ちが改めてわいていた。
時計を見るとすでに10時を回っていた。そろそろ帰らなければならない。
「先生、今日は夜遅くまでありがとうございます!そろそろ帰ろうと思うので…」
「え、葵ちゃん。今日は泊まるんでしょう?」
「いや、さすがにそれは先生に迷惑ですし…」
「そんなことはないわよ? むしろ久しぶりにかわいい女の子とお泊り会がしたいし。」
「そ、それに着替えとかも…」
「大丈夫よ! パジャマもたくさんあるし、下着も乾燥機ですぐに乾くし!」
美夜先生はよっぽど私に泊まってほしいのだろうか?何を言ってもすぐに説得されてしまい、宗教勧誘のような勢いに私は根負けした。
「そ、それなら…よろしくお願いします。」
「よし! じゃあ、お風呂はもう沸かしてあるから入ってきてもいいわよ。」美夜先生はガッツポーズをしながら喜んでいた。
「え、美夜先生からでいいですよ。」
「遠慮することはないわよ。私はこれからキサラのエサやりに忙しいから。」
エサにそんな時間かかるかなあと思ったけど、先生が膝にキサラちゃんをのせ、自分の手にエサをすくって食べさせ始めた。”それは時間がかかるよね…”
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて先に入ります…」
➋❾〇
風呂から上がり、美夜先生が用意した問題を解いていた。今は美夜先生が入浴中で、先生からは映画でも見て待っててと言われたが、タイトルが「ぐろてすく」で、パッケージも血だらけのチェンソーを持った男が立っており、トラウマになりそうなので断った。というか私は怖いもの全般だめだけど…。しかし、先生が見ている映画は黒いパッケージのものが多い。タイトルを見る限りホラーだということだけは分かった。ちなみにキサラちゃんは満足そうにソファーであおむけに寝ている。右前足を頭の方に伸ばし、左前足はおなかの上に置いており、なかなかかわいい姿だ。
ガチャッとその時浴室から音がした。先生が風呂から上がったようだ。その音でキサラちゃんの耳がピクッと動いたがすぐにおさまった。
「おまたせ! どう、勉強は?」
「先生が教えてくれたおかげで、まあまあ解けるようになってきました。」
「そう、じゃあその問題解いたら勉強はやめましょう!」
「そう…ですね。もう11時ですもんね。」
残念だが、しょうがない。私は最後の問題を解くと、ノートを閉じた。
「そういえば、私ってどこで寝ればいいんですか?」
「ここにしましょう! もう2人分のふとんはあるから。」
そう言って美夜先生は別の部屋からふとんを持ってきた。
「じゃあ、何についてはなそうかしらねえ~」
「え? 何の話ですか?もう寝るんじゃあ…」
「だって久しぶりに女の子とお泊りするからパジャマパーティーのようなことしたいなって思ってね。」先生はとても楽しそうだ。もしかして友達少ないんだろうか。
「別にいいですけど… 特に話す内容は思い浮かばないですかね…」
「それじゃあ、最近私が見た映画の話なんだけど。まだ付き合ってまもないカップルがさらわれるのよ。そして一人の男に拷問をかけられて…」
「ちょ、ちょっと待ってください!私怖いの苦手なのでそういう話はちょっと…。それよりも、先生はどうして一人で薬局やろうとしたんですか?」
「ここからがいいところなのに。まあ次の機会に一緒に見ようかしら。ああ、そういえばなんで一人で薬局やろうとしたのかって言うと…」
美夜先生は少し残念な顔をしながら私の方を見ると、キサラちゃんの方を見た。
「一番大きな理由はキサラと出会ったからかな?」




