第19話 中間テスト準備その1
”落ちついて!落ち着くのよ!葵。美夜先生に彼氏がいたって何ら不思議ではないわ。そうよ、だって性格は難ありでもこの美しさなら多少猫かぶってれば大丈夫じゃない?”
「ねえ、葵ちゃん。すごく失礼なこと考えてない?」
「い、いえいえ、そんなことはないですよ! 先生に対してそんな…」
私は急いで目をそらした。
「まあ、彼は法律方面に詳しいから、葵ちゃんの勉強のためにも会わせるつもりよ。でも今は海外の原薬の工場に監査に行ってるから戻ってくるのは6月の半ばごろだけど…」
「監査ですか? なんの仕事をされてるんですか?」
「…えーと、私も詳しくないからうまく説明できないんだけど、品質保証と薬事申請をセットにしたような仕事だって聞いたわ。まあ、私が説明して間違って理解されてもあれだし、彼に会った時に説明してもらいましょうか!」
なんでも知ってると思ったけど、美夜先生にも苦手な分野はあるようだ。でも法律か… 数年前に薬事法から医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律に名前が変わった。名前だけでなく、内容も大きく変わっているが何がどう変わったかは詳しくは知らない。法律に詳しい薬剤師はもともとあまりいないので勉強できるいい機会かもしれない。
「そうですね。じゃあ、帰ってこられたら是非お願いします!」
私はそういうと、残った日誌の空白を埋め始めた。
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「我流さんの彼氏? ああ、朝雪君だね。」
あの後、研究室に帰った私は八雲先生に会ったので先ほどの話について聞いてみた。
「その人も先生たちと同じ大学の同級生何ですか?」
「うん、研究室は違ったけど、講義は一緒だったから話すことも多かったね。懐かしいなあ。」
「でも、美夜先生の恋人ってどういう人なのか想像できないんですけど… やっぱり変…いやちょっと不思議な人なんですか?」
「…ちょっと変わってる気はするけど、いい人だよ。みんなから信頼されてたね。というか、彼ぐらいしかあの人に対応できない気がするね…」
「なんかすごく気になる言い方ですね。まあいい人ならなんとか…。 それよりもテストですね。」
まあ気になるけど、それよりも私には重大な問題があった。5月末にある中間テストだ。現在実習なので通っている講義はない。だが、実習中でも学力を落とさないよう、有機化学や生物学、物理学など基礎科目のみの簡単なテストが行われるのだ。内容は実際の薬剤師国家試験のように選択問題だが、難易度は断然低い。中間と期末の2回のテストで平均6割とれば合格だが、もし下回ると、3か月の補習が行われる。これは1日に90分の講義が4回、しかも週3回行われるので学生にとっては地獄だ。だからみんな必死になって勉強するのである。
「そっかあ。僕の頃はそんなものなかったなあ。やっぱり私立だと国試に力をいれるからしょうがないのかな。僕が教えられることなら手伝うけど、何かある?」
「暗記系は大丈夫なんですけど、実は有機化学が苦手で…」
有機化学とは、炭素を含む化合物の反応を研究する学問だ。この科目は反応式や化合物名を覚えるだけでは解けない。なぜこの反応が起こるのか、正確な説明ができなければ不可能だ。私は今までこの科目だけ高得点が取れず、おかげで成績表に「優」がついていなかった。
「有機化学か。申し訳ないけど僕も苦手なんだよね…。できるのは我流さんもだけど、朝雪君が得意だったなあ。」
「え、そうなんですか。でもまだ会えないし… 我流先生も一人で忙しいだろうし…」
「多分喜んで教えてくれると思うよ。彼女頼られるのは好きだから。朝雪君もだけど。」
なんだか頼りすぎてて申し訳ないけど…。でも、確かに美夜先生が断るちは思えなかった。
「じゃあ… 美夜先生に聞いてみますね! ありがとうございます!」
やっぱり、八雲先生に相談して良かった。紫ちゃんも有機化学苦手だから私の周りに教えてくれる人いなかったんだよね。
「そういえば、桜庭さんの同級生はできる人いないの? 水無月さんとか、五道君とかしち…とかさ」
最後らへんが聞き取れなかったけどまあいいか。
「みんなできないって(水無月さんから)聞いてますよ。だから同級生に頼らず、美夜先生に聞いてきます。それではお疲れさまでした!」
そう言って葵はさっさと研究室から出て行った。
「桜庭さん、七條君のこともう気にしてないのか?」
”まだそんなに時間は経ってないはずだけど… まあ、当人たちの問題だし、口出しはやめとこう。”
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「文也、そういえばあんたって有機化学できたっけ?」
紫は目の前でインスタントコーヒーを入れている文也に聞いた。今は研究室の談話スペースで休んでいるところだ。
「いきなりだね…。 苦手だよ。紫とそんなに変わらなかっただろう?でもどうしたんだよ急に。」
「いやね、今度の中間テストで葵が高い点数狙いたいから教えてくれる人探してたけど、できないならいいわ、ありがとう。」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それを先に言ってよ! 1日待ってて! それまでに完璧にしてくるから!」
「そりゃあ絶対に不可能でしょう? 教科書や先生が作った講義の資料見てもさっぱりわからないし。
」
「そ、そんなものやってみなきゃわかんないって!」
必死に否定するが、文也も内心かなり不安であった。なぜなら有機化学はⅠからⅣまであるが、最高で「良」までしかとったことがなかった。
「なになに、2人して何の話してんだよ。」
そのとき明が談話スペースに近づいてきた。事情を説明すると彼も表情が一気に暗くなった。
「有機化学かあ、俺も全然できないんだよなあ。でも得意な先輩は教科書とか頼らずにわかりやすい勉強サイト探せって言ってたな。」
「それってロゴ作って覚えやすくしました!ってやつばっかじゃない?正直有機化学にはあんまり意味ない気がするけど…」
「一応、少しわかりやすくなってるサイトならさっき見つけたぞ。確か『クロネコでも分かる有機化学』だったかな?」
「名前的に期待できそうにないわね…」
「いや! 少しでも希望があるなら、俺はやる! ありがとう明!」
「ダメだったのによくやるわね…」
必死な文也に聞こえないよう小声でつぶやきながら紫は目の前の紅茶を飲んだ。




