第11話 モンスターゼロ機関
「私も…想像力が足りなかったということかしらね…」
美夜先生はそう言いながらうつむいた。
「いや、絶対想像できてたでしょう。こうなるって。単純にそのセリフ言ってみたかっただけでしょう? 我流先生?」
そう言いながら、眼鏡をかけ、スーツを着こなしたいかにもまじめそうな女性は言った。彼女の名は萩裏 神奈、昨日紫ちゃんと話していたモンスターゼロ機関の職員だ。ちなみに私に電話口でねぎらいの言葉をかけてくれたのもこの人だ。今、先日のクレーマーの件について、聞き取り調査に来たそうだ。掲載には間違いが許されないため、こうして入念に調べを行うとのことだ。ちなみにこの期間は事前にアポを取ることはしない。医療関係者には唐突な訪問でも対応できる部署を設置するよう定められているため、アポなど必要ないのだ。ちなみに断ることも可能だが、印象が悪くなることはわかりきっているため、そんなことをするものはめったにいないのだが。
「シャレが通じないわね~。ま、いいけど。何すればいいんだっけ?」
「先生からは先日報告書をいただいていますので。ほかの目撃者の意見を聞きたいと思っています。卸の方とそちらの実習生からになります。」
「あれ、もう一人目撃者書いてなかったっけ?」
そう言いながら視線を入口に向ける。その先にはキサラちゃんが毛づくろいをしていた。
「対象は人間だけですので。丁寧さには感謝しますが、次回からは人間だけを記入して下さい!」
「はーい。」
美夜先生はつまらなそうに返事をした。先生やっぱりキサラちゃんのこと書いたんだろうな…
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「それじゃあ、我流先生の報告書のとおりということね。」
神奈さんはまっすぐとこちらを見ながら聞いてきた。うう、そんなに見つめられると悪いことしてないのに何かしたような気分になる…
あれから当時の状況についていくつか質問されたが、基本的に「はい」としか答えていない。今の状況で詳しく話せと言われてもしどろもどろになり、うまくな話せない気もするが。
すると、萩裏さんはふーと息を吐き、
「でも、あなたがあまり気にしてなさそうでよかったわ。」
「え…」
「いや、実習生がいきなりクレーマーに当たるなんてめったにないことなのよ。医療関係者でもクレーマーのことが嫌で辞めちゃう人が多いし…。あなたはまじめそうだったから気にしすぎてるんじゃないかと思ったのよ」
少し笑いかけてくれた。最初はきつそうに思えたけど実は優しい人なのかも…
「はい、美…我流先生のおかげです!」
「そう… ふざけた人に見えたけど、まともなところもあるのね。場所によって実習生守ってくれないところもあるから…」
遠い目をしながら神奈さんは答えた。何かあったのだろうか。
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その後、無事に終えて戻ると、鬼虎さんが来ていた。一昨日より表情が険しく見えるが、おそらく緊張しているのだろう。
「お疲れ様です!桜庭さん! そしてそちらの方が、萩裏さんですね。今日はよろしくお願いします!」
相変わらず言葉遣いは丁寧だが、圧力がすごい。しかし、荻裏さんは全く動揺していないようだ。
「はじめまして。鬼虎 なぎささんですね? 我流先生から伝えられているとは思いますが、本日は貴重な時間をありがとうございます。それでは早速始めましょう。よろしくお願いします。」
そう言いながら2人で更衣室のほうに向かった。
「萩裏さん、はじめてなのに鬼虎さん見て動揺しないってすごいですね。」
「ん、ああ、クレーマー対応しまくってるから慣れてんじゃない?」
美夜先生は興味なさそうに言った。今は、昼の15時なので患者はほとんど来ない。私は空き時間に勉強したかったが、緊張から解放されたのでそんな気も起らず、入口でぐっすり眠るキサラちゃんをぼーと見ていた。
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30分ほどして、2人が部屋から出てきた。
「2人ともお疲れ様。コーヒーでも飲む?」
「いえ、自分は今から仕事に戻ります!お気持ちだけで結構です!」
鬼虎さんは元気だ。まあ、萩裏さんも疲れてるようには見えないが…
「私はせっかくですので頂きます。少し我流先生と話したいことがあるので。」
「え!」自然と声が出てしまっていた。ちなみに声を出したのは私だけでなく我流先生や鬼虎さんもだ。
「何ですか? 何か困ることがあるのですか?」
「いえ、なんにも~」
美夜先生はそう言いながらコーヒーを入れ始めた。
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今2人は患者さんがいないので待合スペースで話していた。といっても一方的に荻浦さんが美夜先生に結果を報告しており、この内容で掲載するかどうかの判断を仰いでいる状況だ。美夜先生は、先日おみやげでもらったという猫のクッキーをカップに取り付けたり外したりしながら聞いていた。この猫のクッキーはしっぽや足の部分がうまくカップにかけれるようになっており、人気があると美夜先生は言っていた。まあ、私は知らなかったけど…(美夜先生に驚かれた)
「…ということで、あとはこちらにサインと印をお願いします。」
「は~い。」
美夜先生は心なしか嬉しそうにサインをしていた。そんなにつまらなかったんだろうか。
「ところで、我流先生は今回初めて実習生を受け入れるそうですね?」
「はい。それが何か?」
「いえ、ちゃんとマニュアルを守っているかどうか気になったので。最近守らず、社会人になってから苦労する医療従事者たちも多いですからね。」
やっぱりそう見られるよねえ… 私から見ても美夜先生はマニュアルを守るタイプには見えない。
「萩裏さん、ハーレムビートを見たことがありますか?」
「ありませんが… 映画ですか?」
「いえ、バスケの漫画です。」
私はその瞬間血の気が引くのを感じていた。
「主人公の成瀬はハイループレイアップを先輩の馬呉に止められたときにアドバイスでお前はマニュアル通りにやってるから行動が読まれやすいんだといわれました。」
「それ…」
「ええ、わかります! 基礎は大事です! ですが、それだけじゃいけないと思うんですよ!だってアドラーも言ってたじゃないですか! 教育とは自立を促すためのものだって。そう、私はあお…桜庭さんにはどんな状況にも対応できるようになってほしくてこんな感じでやってるんですよ!」
美夜先生は一気に言い放った。それを萩裏さんはじっと見つめている。そして私には数秒とも数分とも数時間とも感じられる沈黙が続いた。その沈黙は「にゃあ~ん」というキサラちゃんの緊張感がなくなる鳴き声によって終止符が打たれた。
「ふふ、まあそういうことにしておきましょう。今日は2人ともご協力ありがとうございました。また何かありましたら、遠慮なくご相談ください。そう言いながら席を立ち、帰っていった。
気のせいかもしれないが帰り際にキサラちゃんに「あなたも頑張ってね。」と言ってるように聞こえた。
「あ~疲れた。今日はもうしめようかしら」
「先生、まだあと1時間はありますから、頑張りましょうよ。」
「わかってるわ。冗談よ。でも葵ちゃんも疲れてるでしょうから、今日は17時30分になった瞬間に帰っていいわよ。」
「ありがとうございます。とりあえず今のうちに日誌書いときますね。」
今日も本当にいろいろ会った。いきなりクレーマーに絡まれたのは不幸かもしれないけど、実習3日でここまで濃い体験ができることはあまりないだろう。おかげで日誌に書ける内容が深くなった。まあ、あんまりうれしくはないけど…




